第33話 パーティーの男女比率は5:5であるべきだ

 ――あの日、私は二度と人間なんかと関わるものか。みんなと一緒に海の底でゆっくりと暮らすんだ。生を全うしていつか迎え入れられる螺旋の中で混ざり合おう。きっとその時にはお父さんの情けなさも、見えなかった良さもきっと分かるはずだ。

 そう思ったのに、あれよあれよとセブンスとなってコスミシアやら異世界やら駆け巡り、気付けば魔族と接する時間よりも人間と接する時間の方が長くなってしまった。

 邪悪じゃない人間もいた。善良じゃない人間もいた。邪悪で善良な人間もいて、邪悪でも善良でもない人間もいた。まぁ、私の感想だけど。

 ただ一つ確かなのは、やっぱり人間は嫌い。ただそれだけ。

 だからどうして……。


『……来たのよ?』

『そういうの、いいんで。おとなしくしてろよ』


 殴り飛ばされた勇者。

 悠然とたたずむ鎧の後ろ姿。

 鎧の奥底では、エバーグリーンの霧が凄まじい勢いで渦巻いているのを感じる。


共感なき薄命の繁栄カラ・ド・レッド


 鎧の頭上に赤き水盆が発動する。


陶酔の宣教師ノワール・ド・エール


 影が彼に付き従い、黒いオーラが纏われる。


永眠の枕元に立つ地獄モラトリアム


 そして右手のガントレットの上にオールドローズ色の正四面体が4つ顕現し、宙で回転し始める。


「てめぇ……」


 頬を押えて勇者が起き上がらんとしている。


『おい、そこの勇者ぁ』


 彼の指が勇者へと向けられる。

 こんな空気を纏ったこと、一度も見たことない。

 怖い。

 彼がその暴力に身をゆだねてしまいそうで怖かった。

 それは怒りそのものだった。


『お前……パーティーメンバー自分以外全員女とか舐めてんのかぁああああああああ⁉』


 その叫びは谷中に響き渡り、小石が崖の上から二粒落ちると乾いた音を立てた。


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 いや、ほんとマジなんなの?

 瑞々しい肌を惜しげもなく晒す、めっちゃエッチな恰好した盗賊娘と、ローブで身体の線を隠していて、奥ゆかしいエロスを感じさせる魔法使いの子が二人?

 旅どころじゃねえだろ。俺なら魔王討伐そっちのけで成人向けコミック始めるわ。


「なんだよ、お前」

『大魔王だ』

「はぁ?」


 勇者パーティーの間で「何言ってんのこいつ?」みたいな空気が流れだす。

 うっわ……リア充集団の白け具合だ。

 トラウマ思い出して吐きそう……。


「魔王ってんなら、お前殺せば全部解決ってことでいいの?」

『知らんが――なっ⁉』


 気付かぬうちに胸部装甲が貫かれている。

 まったく反応できなかった。


「言っておくが、鎧の中身が空なのは分かってるぞ。残念だが、俺は気体化した魔族を殺したことがある。この槍でな」


 え? 嘘? バレてる? 俺、これ死ぬんじゃね?


「気に食わねえが、この槍ならどんな分の悪い相手でも倒せちまう優れモノだ。なんの攻撃も通さないリキッドピープルも、霧化する大蛇もどういうわけか俺の方が弱ければ攻撃を通しちまう。まったく、腹立たしいもんだ」


 さらに二撃目を打ち込まれる。

 いや、まじで俺ここでおしまい?

 嘘でしょ? いまだに信じられない。


 とりあえず、俺は鎧を貫いた槍を握りしめた。


『あの~、まったくダメージ通っていないんですが?』

「は?」


 いや、ほんとに。

 どれだけ刺されようが中身の俺にはまったく損傷がない。痛みはおろか何か固形物が入ったような感覚すらしない。


『しっ!』

「――っ⁉」


 こちらを仕留めたと思い、完全に油断していた相手の顔面を捉えることなど造作もない。そう思ったが相手は瞬時にこちらの拳を避ける。


「二度も当た――ぼほっ!?」


 空を切った拳だったが、ガントレットから伸びた桜色の拳が見事、勇者の鼻っ柱を打ち抜いた。

 トリアがけたけた笑う様子が容易に想像つく。

 残念ながら俺が殴った時よりも勇者のダメージは大きそうで、仰向けになり起き上がれないでいる。

 脳内でゴングが鳴った。

 あっ、女の子たちが群がってやがる。そこはノックアウトした俺の方に来いよ! トロフィー授与して、記念撮影してくれよ!

 負けてもイケメンの方がいいってか? 

 まぁ、いいや。

 そんなことよりもノイルの方を振り返る。そこには如何とも形容しがたい色合いをした、堕天使のような魔族がいた。

 その姿には見覚えがある。


『ノイル』

『……見ないで』


 彼女が目を合わせてくれない。目はそもそもないけど、顔を背けているので分かる。


『トリガーを引けないってのは嘘だったんだな』

『醜いでしょ? これが私よ。あんたが忌み嫌う、魔族』


 ノイルは自暴自棄になったように言葉を紡ぐ。

 彼女にこんな卑屈なことを言わせているのは彼女自身じゃない。全部、俺のせいだ。


『醜くなんかないよ』

『嘘よ! 私のスカートの中を見て気絶した癖に‼』

『もう気絶なんてしない! お前を見ても気絶しないのが何よりの証拠だ‼ お前の村にだってもう一度行ってやる! そんで今度こそ、全員とフリーハグしてみせる‼』


 声がこだまする。

 随分と恥ずかしいことを言っている自覚はあるが気にならない。


『話したいことがあるんだ。あのど腐れリア充勇者をぶちのめしたら聞いてほしい』

『……』


 ノイルはそれに対して返してはくれなかった。沈黙は肯定として受け取っておこう。


『トリア。ノイルの治療を頼む』


 若干、不機嫌そうにしながらオールドローズの棺が顕現すると、ノイルがそこに収納される。


「てめぇ……一体なんなんだよ」


 ん?

 美女三人に抱き起こされ、勇者がこちらを睨みつけている。


「気化した魔族でもダメージは通るんだ。この槍には強者から弱者へのダメージ軽減。そして、弱者から強者へのダメージ増加って能力があるんだ」


 自分で言っててこいつ恥ずかしいと思わないのか?

 それって自分の方が弱いので、こっちのダメージは通るはずだって宣言しているようなものなのだが。

 いや、自分が弱いことを認められる強さというやつか!? そういうことなのか!?


「俺の攻撃がまったく通らねえってことは、お前が相当な弱者ってことになるぞ」

『へ?』


 ……あ、その理屈ならそっか。

 ぷるぷる、僕、悪い魔王じゃないよ。レベル5で、攻撃はたいあたりとなきごえだけです。


『いや、まあ、俺は殺し合いなんてしたことのないただの一般人だよ。だからか?』

「そんななりしてなに言ってやがる」


 いや、実際武術の心得も何にもないからなぁ。弱者判定されてもおかしくないのでは?


『てか、なんで魔族であるセブンハンズの癖に、人間に肩を持つんだよ』

「そこは歴史のお勉強だな。魔王の癖に知らねえのか?」

『じゃあ、今から図書館行ってくるから今日のところは終わりにしようぜ』

「勝手に言ってろ。おい、ジオ、ラーム、リア、こいつただの雑魚だからお前らが殺せ」

「任せて!」

「めんどくさい……」

「とっとと消えてぇ」


 三人娘から攻撃が放たれ、衝撃に包まれる。

 見た目は凄かったし、なんか上位のスキルっぽい。でも、俺にダメージはなかった。


「……どうして?」

『と、言われましても……』


 無傷のこちらに愕然とする勇者パーティーの面々。それを見て勇者は足元の石を蹴り転がすと舌打ちした。


「ジオ! 金目のものありったけ寄越せ‼」

「う、うんっ」


 盗賊娘が胸の谷間から革袋を取り出して勇者に渡す。

 あっ、そんなはしたない! 

 温もりがこもった革袋をイケメンが手にしているだとっ⁉

 俺も手に取りたい。盗賊娘の温もりを間接的に感じたい。


「これだけかよ」

「……しょうがないでしょ。こっちの地方はどこもしけてたんだから」

「だが、お前の仕事だ。なら、不足分は自分で払わないと、なっ!」

「きゃあっ⁉」


 勇者は盗賊娘の胸当ての前部と背の留め具を掴むと、服ごと胸当てを引きちぎった。

 胸元の白い肌が露わになった盗賊娘は、恥じらうように両手で胸を押さえる。


「お前のも素材にさせてもらうぜ」

「……いやぁ」


 鎖骨あたりの肌が次第にピンク色がかってゆく。

 胸をかき抱いた盗賊娘の顎に手をやると、勇者は白昼堂々その唇を塞いだ。


「んっ……んふっ……あっ……きゃっ⁉」


 それだけでは飽き足らず、薄い手をどかしてその豊かなふくらみを弄び始める。


「あんっ……やだぁっ……こんな場所で……」


 嬌声が漏れ出してしばらくの間、男女の身体は密接に触れ合い、やがて離れるや少女はその場にへたり込んだ。


「これだけじゃ済まさねえぞ。今夜は覚悟しておけ」

「……うん」


 息も絶え絶えに少女はただそれだけ返した。


「さて、ちょっと少ねえが、武器を増やすとするか……」


 そして、勇者は余韻に浸ることなく、しれっと足で金品を足元にまとめだした。

 だが、そんなことはどうでもいい。


『――――おっ……お前!? 一体、こんな日の高い時間に……何してだぁー!?』


 あれだけの行為をしておきながら、なに気取ってんだ。もうちょっとテンション上がるだろ普通! 女の子とイチャイチャして前かがみになってろよ!

 見せつけてくれやがって!

 見せつけてくれやがって‼


「この程度のことで興奮してんじゃねえよ。童貞みてぇな奴だな」

『え? ……は? ……はぁぁっ⁉ どっ……童貞ちゃうわっ‼』

「…………え? いや、まじで童貞なのかよ」


 なぜバレた!?

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