第26話 君が君を好きでいられる姿で――。

 やぁ、童貞諸君。元気にやっているかい?

 童貞大魔王だよ。

 今日はモテない君たちに、女心ってやつを教授しようと思う。

 あぁ、石とかゴミとか投げないでください。

 さて、君たちはコンプレックスを抱えている女の子がネガティブになっているとき、何て答えるのが正解だと思う?

 例題はこうだ。


「私、太ってて。特に太腿とか、やばくて」


 まぁ先生は太腿は太いから太腿なのであって、いくらでも太くていいと思います!

 最高だよね。むっちりした脚。

 でもそういう風に回答するのは間違いなく童貞だ。今すぐ心を改めろ。

 じゃあ、こう答えてみよう。


「俺は太ってるA子も好きだし、かわいいと思うよ」


 これは正しい返し方だろうか。

 答えは否だ。

 なに分かった気になってんだ!

 いいか、こういう風に答えるのは確実に童貞かあるいはキョロ充だ。そして女はこういう奴に十中八九殺意を抱く。青筋をマッターホルンにしながらね。

 自分が嫌いな自分を相手に肯定されたからって喜ぶ馬鹿がどこにいる?

 おまえらに置き換えてやるよ。「俺、短小包茎なんだよね」って言ったら、女子から「私、短小包茎好きだよ」って言われて嬉しいか?

 絶対、馬鹿にされてるって思うよな?

 もっと分かりやすくしてやるよ。


「俺、童貞なんだよね」

「私、童貞好きだよ。かわいいじゃん」


 馬鹿にしとるやろ!?

 めっちゃ腹立つやん。男としての自尊心木っ端みじんだろ⁉

 だから、お前らの前で女子がネガティブな発言とかコンプレックスを吐露するようなことがあっても、やんわりと「え~、そうかなぁ。俺はそうは思わないけど」みたいにさらっと言いつつ「でも、自分の体型とかって気になるよねぇ。俺もイスに座るときしか、腹筋が三つに割れないんだよねぇ」と小粋に言うんだよ。そうすれば女子が「それ、筋肉じゃなくて脂肪じゃん!」って返してくれる。そして二人でhahahahaみたいな感じで締めればオーケーだ。

 世界は平和になった。

 分かったか?

 念のため、男子の悩みの方でもやってみるか。


「俺って短小包茎なんだよね」

「え~、そうかなぁ? 私はそうは思わないけど」


 いや、童貞じゃねえなこれ。

 すでにキックオフしてるよ。アンリ、アンリからのブッフォンだよ。

 それともあれか?

 怖い女子たちに体育館の倉庫に連れ込まれて、いびられ、挙句の果てにはズボンとパンツを下ろされて「ギャハハ、こいつチビのくせにずるむけじゃねえか!」みたいなパターンか。うっわぁ……吐きそう。間違えて新しい扉を開きそう。

 ……もう一つの方でも置き換えてみるか。


「俺って童貞なんだよねぇ」

「え~、そうかなぁ? 私はそうは思わないけど」


 彼女は一体、俺の何を知っているんだろう?

 ……え~結論。童貞を卒業したかったら、おっぱいは大きい方がいいとか、むっちり太腿に挟まれたいとか、低身長で黒髪で従順な子がいいとか、マニキュアはしないほうがいいとか、肌ぶつぶつにする写真加工しない方がいいとか、そういうこと言わない。

 そして相手のコンプレックを「俺は好きやで」とか安易に肯定したりもしない。

 女子がなりたい自分を応援してあげよう! あと、男の子だってときにはかわいくなりたいんだからね☆

 分かったか、俺!


『そっか。ルーザは今後その姿でいるんだね……』

『はい! これまではトリガーを引くと、間近に人がいなくても殺人衝動が抑えられなかったのです。だから、あのようなみすぼらしい姿で過ごしていたのですが、こうして晴れて制御できるようになったので、ずっと完全体のままでいようと思います』

「常にトリガーを引いて完全体でいられるのは、魔力が底なしのような者だけだからな。オブスキュラ・ミストの奥地に住む魔族であるなら珍しくはないが、ウォルフガンドの中では希少だ」

「やはり、ルーザこそサードにふさわしい!」


 魔族たちがルーザをほめそやす。完全なる魔族の容姿をしていてもルーザが照れていることは、なんとなく察せられた。


『これで魔王様のおそばに控えさせていただくときが来ても、恥ずかしくないです』


 あぁ、そうね。確かに固体フォルムの俺と並ぶといい感じだね。

 たとえばゲームシリーズの2と5のラスボスが並び立ったみたいな感じでね。

 一件落着してここは集落の最奥。特大狼のしゃれこうべ、もといガンド王の聖域である。

 そこにラスボスフォルムの化け物が二体もいたら、ゲームのやりこみ要素待ったなし。ラスボス倒した後、隠しダンジョンの奥で歴代ラスボスと戦ってレアアイテムゲット!


『やはり、魔王様は以前の私の姿の方がよろしいでしょうか?』


 こちらを伺うようにルーザがおずおずと尋ねる。

 それは、そう。

 だが、俺のためにケモ耳娘の姿に戻ってほしいだなんて言えるだろうか?

 それは頑張ってダイエットしている子に対して「俺はむっちりしている方が好きだから、このままでいいんじゃね?」って言うようなものだ。

 いや、違うな。ダイエットに成功した女の子に「前の方がよかったなぁ」って言うクソ発言と同等レベルの醜悪さである。

 世の男子に問おう。朝、目覚めたら超絶イケメンである麦津川白師みたいなイケメンになっていたとする。でも、彼女から「前のフツメンの顔の方が好きかな」って言われたらどうだ?

 いや、ぶっちゃけ揺らぐかも。彼女のためならフツメンに戻ってもいいな。

 彼女じゃなくてクラスの女子くらいにしておこう。

 どうだ? 

 元の顔に戻りたいか?

 答えはノーだ。俺は麦津川白師ばりのイケメンとして過ごしたい。だって、そっちの方が世間で評価されるだろうし、自信もつくだろう。

 勿論、顔だけじゃなく清潔感とか、似合っている装いをするとか、姿勢とか、話し方とか、そういうのも含めての美しさを身に着けることで、より周囲から評価される存在になれるのだろう。

 ただ、やはりベースとなる見た目が良いのと悪いのとではスタート地点が違うのも事実。自信の付きやすさに雲泥の差があるのは想像がつくだろう。

 というわけで、ルーザが望んでいないのにも関わらず、元に戻ってくれと願うのはとてつもない暴力だ。彼女は自分のなりたい自分になれた。それでいいじゃないか。


『ルーザが胸を張って生きられる姿が一番だと思うよ』

『魔王様……』

「あぁ……ご立派になられて」


 全俺が泣いた。

 ついでにノイルも後ろでちょっと涙ぐんでる。エールってハンカチにもなれるんだね。

 はぁ、これで恋人探しは振り出しだなぁ。


『あ、でも魔王様』


 ルーザが耳打ちしてくる。


『今度会うとき、二人きりであれば、トリガーを解除した姿をお見せしましょうか?』

『……いいの?』

『はい……少しだけでしたら』


 ……俺…………ごのぜがいにぎで、よがっだぁ。


『ルーザは本当に思いやり深い、いい子だなぁ』


 そう言うと、ルーザはなぜか呆れ顔を浮かべた。


『魔王様。私よりも、あなた様のことを想っている方がいることに、そろそろお気づきになってはいかがでしょうか?』

『へ?』

『もう。ちゃんとしてくださいね!』


 蛇状の舌の先で逆さまになっている血の気の失せた逆さ首が、いたずらっぽい笑みを浮かべたような気がした。そこに表情などないというのに。

 いや、何これ? 俺、鈍感系主人公みたいになってるの? 誰よ?

 もしかしてエール? それともトリア? 大穴でレッドか?

 俺はガントレットに輝く黒、桜、赤の宝石を見やる。おそらくだが全員が「ちゃうで」っていう顔をしている。

 こっちの世界に来て、少しずつ非言語のやり取りに慣れてきた気がする。 


「それでは魔王様。行きましょうか」


 俺たちは改めてウォルフガンドのみんなに向き直る。

 怖い見た目をしているが、自然をこよなく愛する優しい種族だ。こちらの旅路を温かく見送ってくれるだろう。


『新たな魔王様、これからもすべての魔族をよろしくお願いします。ルーザは来たるべきときに備え、いましばらくこの地で修行をさせます。準備が整い次第、従者として控えさせていただければ光栄です。あるいは、いつでも娶っていただいても構いませからね』

『リシュア様!? もうっ!』

『公の場ではガンドとお呼びなさいね。ルーザ』

『……はい』


 昨晩、ルーザの昔話を聞いた。

 二人の素朴なやりとりに胸が温かくなる。

 しかし、このガンド様が昔は人間なら誰もが魅了されるであろう、美形のケモ耳娘だったとは想像もつかない。人って……魔族って変わるなぁ……。


「じゃあ、ルーザ、ガンド様、みんな。行ってくるから」

『元気で』


 ウォルフガンドたちに見送られ、次なる場所へ。


「ルーザの姿をちゃんと認めてあげられて、偉いわね」

『うぅ……次こそは、必ず可愛い女の子とお知り合いになるんだぁ』

「やっぱり撤回するわ。ちなみに、これから向かう列島のコルマハラに着けば、懐かしい気分になるんじゃないかしら?」

『異世界のなんちゃって日本みたいなところなの?』


 醤油の香りが恋しいな。

 いや、別にそうでもないな。やっぱり食欲ねえわ。どちらかと言えば醤油顔の日本人の方が恋しい。

 神は俺から食欲と睡眠欲を奪っておきながら、どうして性欲だけは残したのだ?

 やるなら率先して性欲を取り去ってくれ。ひと思いに去勢して、俺をニルヴァーナに導いてくれよぉ……。

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