第23話 傷つけるよりも、傷つけられる道を。
人間嫌いの旧ケモ耳娘、現狼型モンスターが一言も発さずに木にもたれかかっている。
さて、あなたならなんて話しかける?
命がけのギャルゲーの始まりだ。
「なにか話しかけてあげなさいよ」
『落ち込んでいるのか、怒っているのか分からない子に気の利いたこと言えるようなら、長らく童貞なんてやっていないよ……』
「あなたがふっかけたことでしょうが」
ノイルに尻を叩かれ、おそるおそるルーザに近づき、隣に腰を下ろした。
『その、ごめん。君を止められなくて』
こちらがそばに座ってもルーザは顔を上げるそぶりはない。
『ルーザちゃんがそこまで人を憎む理由は分からないし、頭ごなしに否定するつもりはないよ。人間がろくでもない存在だなんて、俺たちの世界では普通の認識だし、滅んじゃった方がいいだなんて思うことも何度もあった』
人間の良いところよりも悪いところをあげつらう方が簡単だしな。
それに自分たちの住まう場所を荒らされているのだから、その怒りは当然だろう。
本当は彼女の話を聞いてあげたい。でも、いくら待っても彼女が語り出す気配はない。しょうがない。こちらが続けるしかないだろう。
『でも、君は変わりたいと思っている。そうでしょ?』
恨み続けるのもエネルギーがいる。そう楽しいことでもないはずだ。
『どうすればいいかは分からないけどさ、もしも、殺したくないと思った時は目の前の人間にも家族がいるということ考えたらどうかな? 君と同じように、大切なものがある人たちなんだと想像するんだよ。たとえ君にとって血も涙もないような存在に見えてもね』
無責任だ。楽観的すぎる。
でも、今思いつくのはそれが精一杯だった。
『誰かを傷つけるくらいなら、傷つけられる方がよっぽどマシ。少なくとも俺はそう思う』
最後に取り留めもないことを残してしまった。結局、ルーザが俺に何かを返してくれることはなかった。
彼女から離れ、肩を落とす俺にノイルが付いて来る。
「……あんた。魔王の記憶を取り戻したの?」
『いや、全然。なんで?』
「そう……そんな考え方、元いた世界からしていたの?」
『まぁ、そうかな。だって、加害者になるのはしんどくない? なら、被害者の方がまだマシだよ』
「ふーん」
それだけ言うとノイルはそそくさと離れていった。
わけが分からん。変なこと言ってしまっただろうか。
集落へと戻る準備は進められていく。
「ノイル様。片づけと周囲の木々のケアが終わりました」
「ありがとう。ひとまず戻りましょう」
臨戦態勢から通常時に戻ったウォルフガンドたちも、集落に戻るとあって表情がいくらか和らいでいる……のか?
『そう言えばルーザもみんなも、その……なんとかトリガーって使ってたじゃん? あれってウォルフガンドの特別な技なの?』
「いいえ。魔族なら個人差はあれど誰でも可能で、魔族として完全体となるための技です」
『俺もやりたい。変身したーい』
「魔王様はもうすでにトリガーを引いたままの状態なので無理です」
『そげなっ!?』
やだやだ、小生やだ。
舐めプして、苦戦する振りをして、真の姿を現わして逆転とかしてみーたーいー。
『ノイルもできるの?』
「私は人とのハーフなので、できません」
『そっか。なら俺とお揃いだね』
「――っ⁉ ばっ、バカぁ!」
『おぶっ!』
なぜかノイルに背中を叩かれた。なぜ?
そんなやり取りをしていると、異変に気づいた。
『あれ? ルーザは?』
先ほどまで木の根に腰掛けていたあの子の姿はどこにもなかった。
「まさか、人間たちの本陣へ向かった訳じゃないわよね!?」
「今、ガンド様に所在を確かめてもらいます!」
リーダー格の者がこめかみに手を当てて目を閉じる。
『何してるの』
「念話よ」
便利じゃん。
それから数分経っただろうか。やけに時間がかかる。いや、スマホ一つない状況で人一人探すのだ。当然だろう。
「分かりました。ノイル様の推測通り、ここから東方にある人間たちの砦に向かっているとのことです」
『追いかけないと!』
「待って。このまま何度も止めるだけじゃじり貧よ。どうにかして、あの子の芯に響くような方法を考えないと」
『それってどうすればいいの?』
逡巡するノイルに対して、こちらは気持ちが急くばかりだ。
しばらくして、枝葉に積もった雪が落ちる音にうんざりするようになった頃、顎にやっていたノイルの手が離れた。
「みんな。そりと磔台を用意して」
「ノイル様。それは、もしや!?」
ノイルが華麗にターンするとワンピースの裾がわずかに翻り、舞台役者のように腕が前に伸ばされた。
「えぇ、アグフェリアスの献身の再現を行うわ!」
はい?
こちらが疑問符を頭上に浮かべていると、にわかに周囲がどよめきだした。
「あの、高潔な屈辱の再現を⁉」
「いと慈悲深き混沌の御業を!?」
『ハイコンテキストな会話やめて!』
めっちゃ魔族たちがテンション上がっている。いや、動揺が広がっているのか。
アグフェリアスって誰?
あるいは、何?
それぞれが自分の仕事に夢中になる中、俺は一人取り残される。この疎外感、何よ?
「さて、魔王様」
『ひっ!?』
ものすごく不穏な笑顔をノイルが向けてくる。絶対、良からぬことを企んでおられる。
「ちょっと協力していただけますか?」
『いや……ちょっと今は難しいかなぁ……なんて』
「いただけますよねぇ? あんまり活躍できていないのですもの」
『…………痛くしないで』
彼女は微笑を一つこぼすと腹に手をやる。
するとワンピースの下から4体の赤々とした何かがぼとりと落ちた。それは前腕ほどの太さを持つ巨大なヤスデのような生き物だった。
「では、固体化してください」
『あの姿は怖いから、できれば避けたいんだけど』
「ここには鏡はありませんよ」
そうだった。逃げ場がない。
そして、見る見るうちに雪の上で四体のヤスデがさらに巨大化してゆく。
『それで一体、何をするつもりなの? てか、そりと磔台って何!?』
「ルーザのためです、大魔王様。きっと、これを行った暁には、ルーザは貴方の虜となるでしょう。そうしたら、あの子をお好きになさっていいのですよ。想像してみてください。それこそ夜、寝室で一糸まとわずリボンを身体に巻いたあの子が待っているところを」
おもしろい。やってみよう。
『――――っ!? 見え――』
「やっぱ、想像すんな!」
『膝っ!?』
膝カックンが決まった。それは理不尽というものではないだろうか。
渋々ながらラスボス形態に変身。すると巨大ヤスデが予想通り絡みついてきた。
死ぬわ、俺。
どうせ犯すんでしょ? エロ同人みたいに。エロ同人みたい――にっ!
そりが用意され、その上に十字架が立てられる。そして俺はなぜかB級映画に出てくるような、巨大アナコンダくらいにまで大きくなったヤスデにより、磔台に縛られた。
足が多い……カサカサしてる……すごくグロぃ。こわぃ。
「……っ!? あぁ……やだっ……もうっ……」
\おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?/
『なんで、ノイルは俺が磔にされてるのを見て、ファーストキスした直後の女の子みたいに気恥ずかしそうに頬を赤らめてるのぉ!? あと、なんで魔族のみなさんは日本代表がW杯で初優勝したかのように号泣しているのぉ!?』
いや、まじでどこに照れたり感動したりする要素があるのよ。
形容しがたいグロイ見た目のラスボスに、形容しがたいグロいクリーチャーが巻き付いて十字架に磔にされているだけだぞ。
「これは、やばいわ。早くルーザに見せてあげましょう!」
\はい!/
ノイルがそりに立った状態で乗り、前後をウォルフガンドが囲う。前の者たちには綱が付けられ、四足歩行モードだ。後ろの者たちはそりを押すようだ。
「行け!」
「はっ!」
あの、これってちゃんと固定されてる?
大丈夫?
ブレーキとか安全装置とかは!?
そんな疑問を言葉にする余裕もなく、そりは走り出した瞬間、音など容易く置き去りにしかねない速さに到達した。通り過ぎる景色は白一色となり、さらに速度を増して――いや、はやすぎっ!?
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