第22話 名実ともに下町名物

「というか、あなた随分と察しがいいなと思ったけど、勘違いしていたようね。あの子は筋金入りの人間嫌いなのよ」

『あんなにかわいいのに……』

「むしろ人に近い姿をしている者ほど、人間らしい負の感情を抱きやすい傾向にあるわね。私もだけど。カオスにより近い魔族の方が性格は温厚よ。無頓着とも言えるかしら」


 なんという体たらく。

 不意を突かれたとはいえ、あんだけ息巻いておき、いざとなったら動けないとは情けない。

 結局、ノイルと魔族の皆さんに丸投げする形になってしまった。


「まぁ、ちゃんと説明しなかった私も悪かったわ。ごめんなさい」


 決まり悪そうにしつつも、ノイルは顔をそらすことなく面と向かって謝罪の言葉を口にする。

 的外れな見立てをしたのはこちらだというのに。


『いっ、いや。悪いのは質問しなかった俺の方だよ。ごめん』


 本当に報連相って大事。社会人としてやっていけるのか不安になる。

 あ、俺もう人間じゃなかったわ。社会魔としてやっていけるのか不安になる。

 社会魔? 現代病理の一種かな?


「じゃあ反省も終わったことだし、この状況をなんとかしないとね。というかあんた、このまま役に立たなかったら最高にかっこ悪いからがんばりなさいよ!」

『レンジャー!』


 相変わらず目の前では幾分落ち着いたとはいえ、ルーザは人間を狙い、魔族達がそれを止め、人間たちは今にも逃げたそうにしながら、なぜか無理矢理ルーザに立ち向かわされている。


「レッドの能力は相手の狙いをすべて自分に集中させるというものなの。その力が発動すると、周囲にいる者の中で少しでもあの子に敵意を抱く者は、ずっとあの子に立ち向かっていくことになる。たとえ、撤退すべきであったり、仲間の援護に回らなくちゃいけなかったりしたとしてもね」

『チート級のヘイト管理か。タンクの申し子みたいな能力だな』

「えっと……それ今から思い出すわ。なんだっけ?」

『いや、いいよ。重要なことでもないし』


 なんとか話を合わそうとするノイルの健気さよ。こっちの世界に来ている間、ネトゲとかにも触れたのだろうか。


「ちなみに、レッドの基本戦法としては相手の注意を自分に向けさせ、がら空きになった敵の背を味方に斬らせるというものがあるわ。結構強力よ」

『ルーザの相手しかできなくなるから、周囲の攻撃からは無防備になっちゃうってこと? 集団戦だと最強じゃん』

「ただ、能力の反作用として自分に向かってくる相手の戦闘能力を底上げしてしまうデメリットもあるわ。だから使用者は並々ならぬ覚悟を持って敵を引きつけ、その猛攻を凌ぎきる必要があるの」

『厳しいな、それ』

「セブンハンズの中でも、ノワール・ド・エールとカラ・ド・レッドは王の二大盾として畏怖されている」


 ノイルの周囲を取り巻く影が、やる気を見せつけるように黒い螺旋を描き、空へと吹き上がってゆく。


「未来のあなたを守るための力よ」

『現在の俺のことも守ってほしいのだが』


 なんて、軽口も叩いてしまいたくもなる。

 ノイルの力強い言葉に、心底頼もしいと思ってしまったのだから。

 

「というかエールはエネルギー無駄遣いしすぎ! ハウス‼」


 逆巻いていた影たちがシュンとして、彼女のワンピースと傘の中へと、すごすご戻ってゆく。

 かっこいい演出だったよ。気にしないで。


「とにかく、人間たちがいつまで経っても逃げられないのはそういう理由。どうにかしてレッドの能力を解除させないと」

『主導権はどちらにあるの? ルーザ?』

「今はそうよ。レッドも人間を解放することを望んでいると思う。何か、あの子の気をそらせられたら良いのだけど」

『ねぇねぇ、ルーザの好みのタイプってノイルと近い? 俺の姿を気に入るかな?』

「あんたねぇ、この期に及んで色恋の話? あの子は気体状態よりも固体か液体状態の方が好みかもね。それが?」

『ならばっ! ルーザちゃん、俺を見ろ‼』


 乱戦状態の戦場へと駆け、鎧から抜け出す。そして、霧状になった身体を液体にっ! 

 ゲロ人間イン雪国!

 この冬トレンドのドロドロ、ドロヘドロなフォルムで登場。これで、雪原のあの子の視線も釘付け。

 って……。

 液体になった途端、身体が重たくなって動かなくなった。全身が端から順に霜がかり、やがて身体の芯まで凍り付いてしまう。その間、わずか10秒。


「何をしているの、お馬鹿っ!? トリア!」


 カッチンコになり、ガリガリ君ゲロ味として地面に横たわる俺を桜色の粒子が包む。そして現れたオールドピンクの色をした棺にそのまま入れられた。

 残念ですが、ご臨終です。あるいはコールドスリープかな?


『あっぢぃぃいいいい!』


 いい感じに暗くなり、眠りに落ちようとした瞬間、噴射された炎によってたたき起こされる。水蒸気など一瞬たりとも存在させないとばかりの火力だ。


『あぢゃああああああああああああああああ!』


 だめっ!

 このままじゃ……下町名物になっちゃう!?

 蓋が開き、青空と感動の再会。

 ご丁寧にトリアの手によって固体状態。つまり、魔王フォルムに強制変身させられ、外に吐き出された。

 魔王の棺包み焼き。普通に笑えない。


「こんなところで液化したら凍るに決まってるでしょうが!」

『理科の授業、受け直してきます……』


 いや、それにしては早すぎない?

 異世界補正かな? 魔族になって寒さの感覚がバグってるけど、こっちって地球よりもかなり寒い説ある?


「でも、どうにか止まったわ」

『ん?』


 先ほどまで怒り猛っていたルーザは同胞たちに組み伏せられ、人間たちも腰を抜かして放心状態となっていた。

 ルーザが止められ、レッドの能力が解除されたのか?


「あなたの姿を見たルーザがときめいた隙をつき、レッドが主導権を奪い取ったようね」

『役に立てたようだけど、なんか複雑!』


 グロテスクなラスボスにガチ恋するケモ耳娘なんてやっぱり嫌じゃ。いや、ウォルフガンドに性別はないんだけどさ!


「おっ、お前等! 何をしている⁉ とっととこの化け物を殺せ!」


 さっきから何もやってない金メッキ将軍は、しれっと目を閉じながらも俺を指さして部下たちに指示を飛ばしている。

 しかし、誰も彼も武器を取ることはおろか、立ち上がることすらできずにいる。それどころか空から小惑星が降ってきたような顔をしていた。


この混沌に惑う者ディスオーダリーめっ! なんて醜い姿をしているんだ!? 儂に手を出したらどうなるか分かっているのか? 今、この北方の地に来て本部で指揮を取っているのは首切り大将グスタフだぞ! お前のその汚らわしい生首を北方諸国の関所に飾ってや――ガッ!?」


 目を閉じている癖に威勢のいいことばかり言う丸い顔面に、コンバットブーツのつま先がめり込んだ。


「かはっ……」

「お前、今このお方になんて言った?」


 ヤンキーよろしく蹲踞の姿勢を取り、ノイルはその将軍の胸倉を掴む。表情は見えないが、そのドスの利いた声には思わず身震いしてしまう。


「醜い? 首を取る? このお方を誰と心得る! 魔族を統べる混沌の魔王様であらせられるぞ‼」

「は……ひ、ふぇへ」


 その剣幕に恐れをなしたのか、天を仰いだ男は気を失い、その場が途端に静かになる。


「豚が」


 ノイルは乱雑にその男から手を離すと、汚らわしいものにでも触れたかのようにワンピースで手のひらを拭った。

 エールが「えぇ……」と顔を青ざめさせているように感じた。


「あんたたち。怪我人の手当はこちらでしてもいいけど、どうする? あるいは、このまま逃げても構わないわ」


 人間たちは顔を見合わせ、恐る恐る立ち上がると、指揮官を抱えて去る準備を始めた。


「あぁ、それと」


 ノイルの言葉に彼らの背が震え上がった。


「その子は置いていきなさい」


 応答の声など一つもなく、人間たちはロバ一頭を残して逃げ去っていった。


「よしよし。大変だったわね」


 ロバは頭をノイルに撫でられると心地よさそうにしている。大分、人慣れもとい魔族慣れしている様子であった。段々とロバはノイルに鼻先をこすりつけたり、その繊細な指先を舐めたりして彼女に甘えている。


「こらっ。もぅ」


 いいなぁ……来世はロバになりたい。


「集落でこの子の世話をお願いできる?」

『もちろんです。健康面を確認して体力が十分回復したら、手頃な地へ放ちましょう』


 取って食いそうな見た目の魔族のくせして超優しいな。さすがは森の守人だ。

 森を襲っていた人間は追い返し、使い潰されそうになっていたロバも無事保護した。

 あとはルーザだ。

 人が去ってからというもの、木にもたれかかって座ったまま一言も発さない。おまけに魔族として覚醒した状態のままなので、とても怖い。

 どうしよ……。

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