第21話 人間嫌いなのは誰か?

 結論から言おう。


『男だ……』

「魔王様!?」

「放っておきなさい、ルーザ。どうせ、勝手に邪まなことを考えて期待が外れただけだから」


 おぉっ……今回はむさい男と抱き合わねばならないのか。

 いや、でもフリーハグに性別は関係ない。目的をはき違えるな。俺は邪まな思惑からフリーハグをするのではない。平和を愛する一市民として、出来る限りのことをしたいのだ。むしろ、女性とハグするのは現状では余程の極悪人じゃないと緊張しちゃうし、野郎の方が肩の力を入れずに済むからよいのかもしれない。

 俺たちがシ・ヘイに着いてから五日経ってから人間たちは森へとやってきた。そして今、木々を乱暴に切り倒している。

 数は多く40人ほどはいるだろうか。

 それに対してこちらはノイル、ルーザ、俺、そして集落のウォルフガンド5人の計8人。まぁ、戦力としては大丈夫だろう。敵の中に強そうなのはいないし。


「魔王様。ノイル様。あそこでロバにまたがっているのがレブリス。この地方の伐採や乱獲、その他、魔族の集落への侵攻を指揮する首領です」

『あの、メッキみたいな鎧に絨毯みたいなマント付けてる太いのがそうか。期待を裏切らない小物感だな』


 乗っているロバがへばっているではないか。かわいそうに。移動中じゃない時くらい降りてやれよ。


『とりあえず、今回はルーザちゃんが安心して戦えるように、俺がそばにいて援護するから』

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 もう、どんどん迷惑かけて!


「魔王様。この度はルーザのためにありがとうございます。我々だけでは抑えきれず、ルーザにサードとしての経験を積ませて上げることが中々できませんでした。な何卒よろしくお願いいたします」

『あぁ、君たちも周囲の警戒と援護を頼むよ』

\はっ!/


 うむぅ。しかし、両面宿儺のごときワーウルフたちを従えるとはこれ如何に。結構怖いが、皆を従えて国一つ滅ぼすのも悪くないような気分になってくる。いや、彼らはそんなことしたがらないだろうけど。

 そんな気分に浸っているとノイルに手招きされ、集団から少し離れる。


「ちょっと……あんた本当に大丈夫なの?」

『任せなさい、ノイル君。少なくともここ数日で、この身体のパワーと頑強さは実証できた。暴走状態に陥っても止めてみせる』

「はぁ……しょうがない。では、魔王様。ご武運を」


 段々と雑になってゆく接待モードのノイルに見送られ、ルーザと俺が前に出る。

 足音を意図的に立てると人間たちはこちらの接近に気付いた。


「お前ら、魔族か!?」

「魔族が出たぞー! 武器を取れっ‼」


 人々が次々と作業の手をやめ、素早く武器を手にして陣形を取る。

 武器は槍に剣に弓矢と、ごく一般的な中世風のものばかり。


『さて、ルーザちゃん。思い切りやればいい。たとえ君のハンドが暴走しても俺が――』

「……――……っ――…………――」

『……?』


 うつむいた状態で彼女は喉の奥で独白するように何かを呟いている。


『ルーザちゃん……?』


 おもむろに彼女は帯と腰紐を解き、装束を脱ぎ捨てる。


『ちょっ? 人目があるところでそんなっ?』


 目を閉じ、でもやはり薄目を開きつつ、有象無象の視線を遮るように彼女の前に俺は立った。

 一糸まとわぬ彼女の身体を見て絶句してしまう。

 その薄い胸元の二つの中心から下腹部にかけてはバニースーツのごとく、分厚い蛇の腹板のような鱗によって覆われていた。ご丁寧に生殖を必要としないことを示すように、乳頭もへそも存在しない。

 そして鱗は太ももから足首にかけても覆っていた。

 人の形をしていても、その姿は間違いなく魔族のそれである。


崩壊への暁鐘ディケイ・トリガー


 彼女のその言葉とともに、周囲につむじ風が起きる。そして瞬く間に雪が巻き上げられた。

 超大な熱が発され、湿った地面が乾いてゆく。


『へ?』


 その小さな体躯は変質し、代わりに筋骨隆々の巨大な影が立つ。

 首は蛇のように伸び、その先には巨大な狼の頭。口先の皮は唇ごと、すべてめくれて赤々とし、一つ一つが凶器である鋭い牙を露わにしている。

 さらに両手の先も狼の頭となり、三つの頭を持つその姿はさながらケルベロスのようであった。

 全身は蛇の鱗で覆われ、局所的に毛皮が生え揃う。ウォルフガンド族の特徴である常緑樹の覆いもまた、足の甲と三つの首の頭頂部に茂っていた。

 そして首から生えた頭が大きな口を開くと、長い長い蛇のような舌が這いずり出る。その先には白目を剥き、血涙を額へと垂らす、ルーザの逆さ首が付いていた。

 その姿はまさしくウォルフガンド、否、それを遥かに凌ぐおぞましさを持つ、見るものを凍り付かせるような歪な化け物であった。


『くたばれぇえええええええ! 人間風情がぁああああああああああああああああ!?』


 その首から放たれた咆哮は地を割らんばかりの勢いで、雪の吸引効果を蹴散らしながら銀世界中に響き渡る。

 そして地面を砕くような踏み込みと共に、その巨躯は飛ぶように駆け、陣形を取る人間たちを襲撃した。


『ルーザ……ちゃん……だよね?』


 なに? 暴走するのってハンドの方じゃなくて、ルーザの方なの?

 ハンドに操られてるとかじゃなくて?


『ノイルさん?』

「ルーザはアンチ人間の急先鋒よ」


 へぇ、そうなんだ~。なるほどね~。そっかー。

 さてと、じゃあ止めるとしますか。

 しかし、目の前では人間たちが次々と襲われ、その五体を風船のように軽々と宙へと放られている。

 いや止められねぇな、これ。

 帰るか。


「ひっ……化け物……」


 そうこうしている内に、ルーザが腰を抜かしたレブリスに迫り、その狼の首そのものとなった右腕を振りかざす。

 それは確実に命を奪う勢いで振るわれた。


「止せっ!」


 その一撃を止めたのは彼女と似たシルエットを持つ魔族たちだった。


「もう十分だ。これ以上やっては死者が出る」

「怒りを収めてくれ。ルーザ」

「ちょっと手荒になるが、我慢してくれよ」


 三人がかりで止めた拳。どれだけ威力があるんだ。

 ルーザの後ろにも同胞が二人控え、ゆっくりと彼女を五人で囲ってゆく。


\ディケイ・トリガー!/


 ウォルフガンド達の身体から熱風が吹きすさぶ。

 彼らの纏うオーラが色濃くゆらめき、その体躯をさらに歪めてゆく。

 割れた頭から蛇の大群のような触手を出す者もいれば、全身を骸骨化させる者もいる。

 先ほどルーザも変身していたが、なんだこれ。大剣と二丁拳銃を駆使して悪魔を狩る半人半魔の銀髪ヒーローか!?

 俺もそれ、やりたい!

 そのなんとかトリガーってどうやるの?

 その引き金どこにあるの?

 あれれ~、ないぞ? 僕のやる気スイッチはどこにあるんだろう?

 スイッチじゃなくてトリガーね。


「化け物の群れだぁ!?」

「いやだぁ、死にたくないっ!」


 自分たちを助けてくれた者たちに対して、恐慌に駆られた人間たちはその本質を理解できない。ただ、その姿形に恐れ、苛まれ、一心不乱に互いを押しのけ合いながら逃げるだけ。

 なんて馬鹿らしい。でも、彼らの醜態を嘲ったら、それは自分にも返ってきてしまう。俺だってルーザや彼らの姿に、恐れを抱いているし、嫌悪感すら滲ませてしまうのだから。


共感なき薄命の繁栄カラ・ド・レッド


 ルーザの頭上に赤い円が地面に対して水平に引かれる。

 その淵から血のような赤い液体が滴り、円の内側にも広がってゆく。

 最終的に彼女の頭の上には深紅の水盆が浮かんだ。それは血の雨から持ち主を守る笠のようであった。


「なんでっ!?」

「身体がっ……言うことを聞かない?」


 蜘蛛の子散らすように逃げ去った兵士たちが、なぜか一人残らず戻ってくる。

 各々、歯の根が合わないほどに怯え、今にも武器を取り落としそうにしているのにも関わらずだ。


『お前らが始めた虐殺だろう? 旗色が悪くなったら逃げるだなんて、随分と都合がいいな、人間』

「助けて……くれ」

「勝てるわけねぇよぉ……」


 狼の舌の先にある逆さ首は、地の底から響いてくるような響きをもって人間たちに宣告する。


『死ぬまで立ち向かって来い。逃げることも、命乞いすることもできなかった者たちを殺めた貴様らには、お似合いの最期だ』


 人間たちは誘蛾灯に群がる羽虫のように、赤い円盤を頭上に浮かべたルーザのもとへと誘われてゆく。


『ルーザ。もう、相手に戦意はない』

『これ以上いたずらに苦しめることはない。彼らを逃がしてやろうじゃないか』


 ウォルフガンド達は近づいてくる人間たちとルーザとの間に立ちながら、どうにか彼女を説得しようと試みる。


『人間は殺す』


 その腕が振るわれる。

 乱戦の中、ルーザの力は突出していた。一回りは大きいウォルフガンドたちを次々となぎ倒していゆく。ここまで一方的な理由としては、彼らにルーザを傷つける意志が無いことと、強制的にルーザに挑まされる人間たちを庇いながら戦っていたことが大きかっただろう。


陶酔の宣教師ノワール・ド・エール


 ダウンの形から解き放たれたエールがノイルの手の中で大傘となる。

 紫色の髪が大きく翻り、彼女の痩躯が戦場に飛び込んだ。

 やっぱり異世界は地で中二バトルができるからいいなぁ。俺もなんか欲しい!


「少しは落ち着きなさい」


 ノイルが傘を放ると、それは中空で巨大化して乱戦に大きな影を落とした。

 やがて傘の裏から大量の黒い雨が降り注ぎ始め、一気に地面がけぶる。

 墨を垂らしたような雨により、雪が黒く溶かされてゆく。

 魔族も人も、そして笠に覆われているはずのルーザでさえも、乱れていた呼吸が整いつつあった。そして、それぞれの瞳から力が失われてゆく。


『ダウナー系のドラッグかな?』

「人聞きの悪いこと言わないでくれる? フィードバックなしの良質な鎮静効果を持つ成分よ。解析は誰にもできていないけど。先日もこの技のおかげでみんなを無力化できたんだから」

『いや、怖い怖い』


 でも助かった。

 これでルーザも正気を取り戻しやすくなるのだろう。

 なるよね?

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