第17話 魔王裁き

「~~~~~~~!?」

「ばっ……ばれ?」

(訳:あっ……あれ?)


 ん? 抱きしめたはずのシスターの姿がどこにもないぞ?

 あぁ、しまった。自分、液体でしたわ。

 どうやら、ハグの勢いでこちらの体内にシスターが入ってしまったようだ。急いで取り出さないと。

 体内に手を突っ込むとシスターを引き抜いた。こっちは都合がいいように相手に触れられるのに、相手は掴めない。なんともご都合主義な能力だ。


「がはっ……おえっ……げぇええええええええ!」


 人型のゲロ(のような存在)から取り出されたシスターは、美人な顔を台無しにして、鼻からも口からも粘性のある液体を垂らして、せき込んだりえずいたりと忙しい。


「もうっ……やめ――」

「ざあっ、ぼぐどいっじょに、ばぐぅうううう!」

(訳:さぁっ、僕と一緒に、ハグぅうううう!)


 しかし相手に呼吸を整える時間などくれてやらない。

 再びのフリーハグ。

 そうだ。差別も偏見も暴力もカルトもいらない。

 そんなものに頼らなくても、俺たちはクリーンな手段で一つになれるんだ!

 吐しゃ物の海に深く沈むシスターを何度も何度も取り出し、何度も何度もハグをした。

 どうか世界が平和になりますように。

 光あれ。

 

 しばらくして地下室に静寂が戻る。

 床では吐しゃ物まみれになったような姿でシスターが気を失っていた。


『ふぅ……なんだかスキンシップも慣れてくると、気恥ずかしさよりも感動が勝るな』


 人生初のフリーハグを終え、俺はガスとなり鎧に戻った。

 相変わらず、セブンハンズの一角であるオールドローズの棺は、ケタケタ笑うように蓋を開け閉めしている。主を倒した相手に反撃するつもりは無さそうだ。

 そう思っていると、魔族を焼いていた方の棺から緑色の光が発される。中からは元気よくウミウシにも似た魔族が四体出てきた。

 それぞれが犬のように駆けて来て、こちらに飛びかかってきた。その光景に少しびびってしまったが、どうにか受け止めた。敵意のある行為ではないと信じたから。


「ピギュアー! ギュピユアー‼」


 実際に魔族たちはこちらの鎧にまとわりつき、嬉しそうに鳴き声を発している。

 これも種族の違いを越えたフリーハグだな。

 慣れると案外こいつらも可愛い。

 後ろを見やると、ノイルが正気を失った魔族たちの意識を損なわせることなく、床に折り重ねてその上に座していた。

 でも、その顔がやけに赤い。やはり一対三は大変だったのだろうか。それに、傷つけずに動きを封じないといけないわけだしな。


「あっ……あんた……こんなところで、あんなっ……淫らなことして」


 んんっ?

 顔を真っ赤にしたノイルの双眸がやけに潤んでいる。そして両膝を合わせて、もじもじとさせていた。


「それもっ……こんな奴に、あんなご褒美みたいなことっ……信じられないっ!」

『ご褒美て何よ……。どう見ても悪辣な暴力でしょうに……』


 見てくださいよ、このシスターの表情。

 おそらく数秒前の地獄を見てきた者だ。面構えが違う。

 何がフリーハグだよ。誰が人の形したゲロと抱き合って喜ぶんだ。

 他所の国の人間にこんなことしたら戦いの火の手が上がるぞ。


「あんたの感覚、どうかしてるわ」

『その言葉、そっくりお返しします』


 とりあえず勝ったのかな?

 そう思ったが、壁を見やると魔族の亡骸がいまだに照らされている。

 やっぱりこれで勝ったなんて言えないし、一件落着にはほど遠い。


『杭、外してやらないと』

「……うん」


 ノイルが倒れた魔族たちから立ち上がった瞬間、棺から鎖が放たれ、横たわった魔族たちを縛っていった。

 まだ、この趣味の悪い魔道具はやる気なのか!?


『てめぇっ!?』

「待って!」


 棺に殴りかかろうとした俺をノイルが止める。

 正気を失った魔族たちが棺に入れられると、先ほどと同じように中が緑色に発光し、彼らの傷を癒していった。そして、他の鎖は杭を抜いてゆき、魔族の亡骸を優しく床に横たえていく。


「トリア。こっちに付くってことでいいのよね?」


 何度も棺の蓋が開閉される。


「じゃあ、宝石ちょうだい。あんた持ってる? それとも伸びてるこのあばずれに渡してるの?」


 ノイルが問いかけると棺の中から桜色に輝く宝石が出てきた。それは浮いたままガントレットの穴へと納まった。


「セブンハンズ二人目ね」

『この趣味悪いのが仲間になるのか……』


 二つの石からススワタリのような妖精と、小さな桜色の正四面体が複数体現れる。そして、ガントレットの上で交互に並び、マイムマイムみたいに踊るように回り始めた。

 仲良しかよ。


「随分と素直ね。そんなに、こいつの気化と液化が気に入った?」


 激しく肯定といった様子でモラトリアムの本体は全身を揺さぶった。


『いや、こいつもノイルと同類なの?』

「まぁ……あのヴィジュアルは確かに反則……」

『シスターは液化状態見ただけで、この世の終わりみたいな顔してたのに……』


 なんで化け物にばかり好かれるのん?

 棺萌えとか、そんなニッチな性癖は持っていないのだよ。でも、対物性愛者の人も実際にいるしなぁ……。


『なんか、さっきまでの残酷さを思うと、これから一緒に行動するのが結構怖いんだけど?』

「とりあえずは大丈夫。こいつが率先して獲物を回復させた上に解放するなんて、滅多にないことよ。相当、惚れられたわね」

『そんなに珍しいことなの?』


 ノイルは少し考えこみ、やや重たげに口を開いた。


「トリアにとって獲物を回復した状態で解放するって行為を、人間で例えると……トイレに吐き戻した吐しゃ物をトイレの水ごと、腹に収め直すような感じかしら」

『えっぐ!』


 そしてノイルのたとえに賛同するように、棺が蓋を開閉させる。


『お前のこと便利なヒーラーになりそうだと思ったけど、ちょっと担当させるの気後れするな』

「いや、今後は徹底的に回復要員やってもらうわよ」


 ノイルのその一言に棺は「嘘でしょ?」と言わんばかりに固まり、力なく蓋が地面に落ちた。


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『ダメだ』

「どうしてでしょうか?」

「我々に罪を贖わせてください! 魔王様!」


 俺の前で土下座するトードマンと蔓の魔物。

 こちらの背後では「いつでもいけまっせ!」みたいな様子でモラトリアムが棺の形態で控えている。お前じゃねえ、座ってろ。

いや、まぁ呼び出されてるのはお前なんだけどさ。でも、戻ってて。回復役やらせるぞ。


「我々はクスリに犯されていたとはいえ、欲望に抗いきれず、同胞を手にかけてしまいました。どうか、セカンド様の御力で身を雪ぎ、彼らへの手向けと、そして遺族へのけじめとさせてください」

『甘えるなっ!』


 あー、なんでこんな真面目なことをしなくちゃいけないのだ。

 でも、見過ごせない。


『罪を償いたいのなら他の行為で示せ! 自分をいたずらに傷つけて罰せられた気になるなんて自分勝手にもほどがある』

「そんなっ!? しかし、これまで悪の道に落ちてしまった者たちの多くは、モラトリアム様の御力で見事その罪を雪がれたのです。我々もそれに習いたく――」

『くどい!』


 あぁ~、なんか叱りつけるの楽しいわ~。本当はもっと冷静に言わないといけないのに。

 でも、この説教甘いわ~。自分で他人に甘いって言っておきながら、俺が一番、自分に対して甘いわ。


『じゃあ同胞がお前の家族を殺したら、その者がモラトリアムの中で生き地獄に遭えばいいと思うのか?』

「そんなことは望みません! 決して‼ しかし、その者が自ら刑に処されたいというのでしたら私は止めません。その者の意思を尊重してやりたい。それこそが混沌の――」

『ド阿呆! 相手の思いよりも貴様の奥底の感情に目を向けてみろ』

「っ!?」


 やばい、着地点が見えない。どうしよ。


『……えっと……お前は……その者が地獄行きになったらどう思う?』

「自分は……その者に苦しんでほしくなどありません。それが人間でもです。同胞ならなおさらのこと。どのような者であれ、誰かが苦しむことを喜んだり、受け入れることなどできません!」


 ごめん。俺はちょっと君に説教して苦しんでいるところを見るの、楽しんでたわ。

 てか、すごいなこいつら。仇である人間さえも許す気満々なのかよ。懐深すぎだろ。三賢者より、こいつらの方が余程賢者じゃね?


『ならば自分も許してやれ。自分を許せぬ者が誰かを許すことなどできないぞ』

「――っ!? あぁっ……ありがたいお言葉……」

「魔王様万歳!」

\大魔王!/

\大魔王!/

\大魔王!/

『……なんか着地できた。いや、これでいいのか?』

「流石は魔王様っ!」


 ノイルは相変わらず、他の魔族の前では俺のことを魔王扱いする。

 この変わり身の速さ、慣れないんだよなぁ。

 とりあえず一件落着というわけではないが、ひとまず彼らは大丈夫そうだろう。

 取返しのつかないことはある。それでも、心優しき魔族たちはきっと、これから繁栄してくれるはずだ。


「予定が遅れてしまいました。シ・ヘイへ行きましょう」

『あぁ』


 本来の旅の目的に戻ろう。

 いざ、ケモ耳娘に会いに!

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