第14話 エッチなシスターは好きですか?

 廃村とはいえ煉瓦作りの建物は頑丈そうで、いくつかの家はまだ人が住めそうであった。欠けのない洋瓦の屋根や円筒のガラスを複数はめ込んだ窓を見ると、人の息遣いというか現役感が得られる。

 そして村には駐屯している兵士たちがいた。


『わ~、人だ~。ちょっと涙出てきた。海外旅行後に口にする白米みたい』

「敵よ。静かにしてなさい」


 そんなこと言われても郷愁の念には逆らえません。

 高い鼻に彫の深い顔。西洋人ぽいその見た目は、かつての自分なら気おくれしてしまっただろう。ヨーロッパに旅行した時、周りの人間みんなデカいし顔が良いしで、言葉が通じないことを除いても肩身の狭い思いをしたことを思い出す。

 でも、魔族に囲まれて過ごしたことで何かが変わったのか、今はなんのその。「おっす。てか、髪切った?」とか気安く話しかけられそうなくらい、安心感を与えるフォルムであった。いいね。人類。

 男を見ただけでこれなのだ。人間の女子を見たら僕どうなっちゃうんだろう?


「とにかくエールに敵の首領と、囚われているかもしれない魔族の居場所を探させるからおとなしく待ってて。捜索隊が来たことで監禁場所を変えているかもしれないし」

『へい。でも、向こうのセブンハンズに気付かれたら騒ぎにならない?』

「大丈夫、あの子とここにいるモラトリアムは仲良い方だから」


 なんか無駄に和むなぁ。もしかして穏便に済ませられたりして。


「言っておくけど、好戦的な奴だから戦うことにはなるわよ。強い奴と面白い奴は戯れて攻撃ってスタイルだから。邪魔が入らないようにサシの場を提供してくれるくらいには良心的だけど」


 良心ってなんですか?

 この世界に来て初めての荒事。緊張する。


『俺って剣とかで斬られたら普通に死ぬのかな?』

「一般兵になら間違っても殺されないわ。でも、人間の中にも強者はいるわ。モラトリアムが面白いと判断して力を貸しているような奴なら、今のあんたを殺せてもおかしくはないかも」

『まじ? 帰りたい』


 でも帰れない。だって蝙蝠の群れみたいになったエールの一部が戻って来てしまったから。


「集落の中央にある館の地下にまだいるそうね。行くわよ」

『ほら、呼ばれてますよ! 行ってらっしゃい‼ 俺はここで待ってるから』

「声がでかい! てか、あんたに言ってるのよ‼ なに石に話しかけてるの⁉」


 はっ⁉ しまった、ノモリス族と間違えて小石に話しかけていた。

 うっかり☆

 これ、怒られるのかなぁ……。

 おそるおそるノイルに聞いてみたら「ノモリス族の前でやったら、腹よじれるほど笑うか、泣いて喜ぶ」とのことだった。純然たる石に間違われたい一族。勉強になるわぁ。でも気を付けよう。

 エールに先導され、見張りの兵士たちの死角を縫うようにして俺たちは簡単に中央の館にたどり着いた。有能だな、エール。


『雑魚戦を避けてしまったから、ろくにレベルアップしてない。そして、もうボス部屋の前。バグ技禁止縛りのRTAでもしている気分』

「知ってるわ。あんたのそれ、ゲーム脳って言うらしいわね」

『お母さんみたいなこと言わないで……』


 エールもなぜか、サンテンドースウィッチのロゴを空中で作ってる。君たち、随分と地球に染まったようで。


「さっさと片づけるわよ」

『頑張る』


 地下室の扉を開けると、ランタンに明かりが灯り、中にいる者たちの影を石壁に縫いつけている。


『これは……』


 床に散らばった小瓶から漏れ出る透明な液体。

 明かりを照り返すその粘性のある水面に、魔族たちが手を浸し、指先についたそれを舐めまわしている。

 横に平べったいトードマンが二人。蔓で身体を覆った痩躯の者が一人。

 トードマンたちは血走った目をして引き笑いをこぼしている。蔓人間はこれでもかと身をしならせて、今にもその身体を引きちぎってしまいそうにしていた。


『ドラッグ?』

「……そうね」


 異世界でもその認識は変わらないのか。

 彼らは一様に向こう側の世界へと至ってしまっており、出入り口で立ち尽くす俺たちには気付かない。

 ふと視線を別のところにやったことを後悔した。


『――っ⁉』


 壁に縫いつけられていたのは彼らの影だけではなかった。その妙に立体的なそれは、まぎれもなく彼らの同胞である魔族たちであった。赤子の手のひらほどの大きさの杭で身体を打ち付けられ、八つ裂きにされたように痛々しい姿をしている。もう息はしていなかった。

 吐き気がする。でも、気体となった今、戻せるものは何もない。


「あれぇ? どなたかしらぁ?」


 地下室の奥から足音と共に、妖艶な声がした。


「~~~~~⁉」


 清廉な印象を抱かせるベールとローブ。それに肩からケープをかけたその姿はシスターそのものであった。ただしロザリオはなく、その代わりに胸元には革紐で括った小瓶が下げられている。

 金色の髪がベールから露わになり、燭台の光に煌々としていた。

 大きな涙袋の上で潤む琥珀色の目は男の庇護欲を誘っている。されど三日月になった口元が、そのあどけない表情の裏に巧妙に隠したはずの猟奇的な本性を露わにしているようにも思えた。けしからんことに、タイトに引き絞られたその布地は、身体のラインを淫靡に浮かび上がらせている。容易く腕を回せてしまいそうな細い腰に、両手では抱えきれそうにない豊かな双丘。極めつけは機能性という言い訳をもってあしらわれたスリットと、そこから惜しげもなく晒される白く、触れたらどこまでも沈み込んでいってしまいそうな肉感的な太もも。 

 うむぅ……駄目だ。久しぶりの人間の美女の登場に動揺してしまい、上手く言葉にできない。


『……っつ⁉ ……ッつ‼ ……ぁっ! ……ぉぁ‼』

「あんた、気持ち悪い」

『……っ⁉』


 隣にいるノイルから、まさかの攻撃が来た。言葉を失ってしまった相方をもう少し心配して……。

 いや、こんな凄惨な現場で女に反応している俺の方が不謹慎ではあるのは分かるのだけど。


「人間……じゃないわね。もしかして混沌に惑う者ディスオーダリー? あはっ! わざわざ苛められに来てくれるなんてぇ、素敵ぃ」

「まったく前線に来る人間たちは、どいつもこいつも口が悪いわね。それ、差別用語よ」

「――ちっ」


 舌打ちが地下室に響き、灯が大きく揺れた。


「……知るかよ、化け物。生き物扱いしてやるだけ、ありがたいと思え」


 やたらエロいシスターの豹変ぶりに俺は思わずノイルの後ろに隠れる。

 ノイルの身体からは強張りが一切感じられず、されど油断は微塵もない様子だった。

 あぁ小さい肩なのに、なんて頼もしいの……。


「思い出した。あなたが混血の魔族ね? あなたのことずっと探し続けたのに、一向に見つからないから、忘れちゃってたわ」

「別に私なんか普通よ?」

「普通じゃないわよ。これまで人間と魔族の間に子供が生まれることなんてなかった。ねぇ、あなたのことちょっと調べさせてもらえる? 身体の構造とかぁ、おクスリへの耐性とかぁ……」

「耄碌した頭でどう調べるってのよ。この年増」


 二人の視線が火花を散らす。シスターは左手を掲げると指を鳴らした。


「化け物ども。そいつら殺した奴にはもう一本追加してやる‼」


 シスターの号令に従って、クスリを舐めまわすことに夢中になっていた者たちが起き上がる。

 そして焦点の合わない眼差しを一様にこちらへと向けてきた。


「エール。鎌も矛もダメ。オリジナル形態でお願い」


 彼女のマーメイドドレスが丈の短いワンピースへと変わる。影が彼女の手に集約されてゆく。それは月も星も照らすことを諦めてしまうような、夜空よりも濃い黒をした大傘であった。

 彼女が振るった傘の風圧に魔族たちは怯み、その足を止める。


「あんたも似たようなもの持ってるじゃ~ん? じゃあ、こっちも。来い! モラトリアム!」


 シスターの後ろから、飛ぶように巨大な影が二つ飛来した。

 それはオールドローズの色をした棺桶であった。

 蓋にはレリーフがあしらわれている。頭が異様に膨れた人間に無数の蛆が湧き、干からびた手足にはナナフシのような虫が群がり、長い口で体液を吸い取っているという意匠であった。


「あなたも愉快なジャンキーにして、あ、げ、る」


 開き切った瞳孔と猟奇的な笑みを見て分かった。この女は俺たちを同じ命として見ていない、と――。

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