第11話 人魚姫(像)の恋

「何が気に食わないのかしら? 人間に近い者たちを紹介したというのに。みんな、あなたに見初められなくて残念がっていたわよ」

『トーレさん以外は気に入られたかどうかなんて分からなかったよ⁉ 言葉も発してくれないし! そもそも、そっちの美的感覚と俺の美的感覚には大きな隔たりがあるんだよぉおおお……畜生! どういう美の基準なのか全然分からん‼』

「魔族は混沌を愛する者たちよ。あらゆるものとの境界を曖昧にすることを美点としているわ。だから、いろんなものと混ざり合わさった状態を求めるし、曖昧で不明瞭な存在であればあるほど魅力的に映るのよ」

『だからガスとか、口から戻した液体に近いやつとか、グロテスクなクリーチャーがトレンドなの?』

「トレンドというか、不変かつ普遍の価値観ね」


 おしまいだぁ。俺の恋路はもうおしまいだぁ。


「次はどうかしら。ノモリス族の集落よ」


 そこはごつごつした岩山であった。集落どこよ?

 そう思っていたら、にわかに周囲が沸き立った。


\まぁ、なんとお麗しい/


 辺りの岩肌が一気にポッと赤らんだ。この山一つが魔族とか言わないよね?

 その者たちの揃えた言葉がこだまする。


「コルリはいるかしら」

『ここに』


 岩山の隅っこにその子はいた。


『なるほど』


 それは地球人だった頃にも見たことがある。答えたのは人魚姫の像だった。


『ご無沙汰しております、ノイル様。そちらの、その……素敵な殿方は、一体どなた様でしょうか…………』


 お前もか。

 ガス状態で鎧を着ているのに、なに基準で惚れてるのよ?

 しかしこの人魚姫像、とても色っぽくこちらを見ておられる。ポーズを取ったまま微動だにしない石像なのに、どこか魅惑的だ。


「次期魔王よ。美しい女をご所望でね」

『まぁっ……引く手数多でしょうに……そのような目的を持っていらっしゃるお方に、私のような醜女は、お目に触れないようにした方がよいでしょう……』


 人魚姫像こと、コルリという子は全身を火にかけたように赤々とすると、やがてしゅんと冷や水を浴びせられたように蒸気を発して元の石の色に戻った。

 なんだこれ?


「でもね、この人の好みとしてはあなたが一番可能性がありそうなのよ」

『そんなっ⁉ 夢みたい……』


 なんで恥じらってるの? 俺の中身、ただのガスだよ?


「お話してあげたら? あなたでもコミュニケーションが取れる子よ」

『おぉん……』


 気乗りしないが近づき、片膝をついて目線を合わせる。


『こっ、こんにちは』

『……こん、にちは……』

『なんか……緊張しますね』


 おい~!

 童貞に何やらせるんだよ。

 石像と話しているだけなのに、いやそれもおかしいのだけど、本当に女子と話している気分になってきた。というか上手く喋れね~。

 落ち着け。相手はただの石像だ。普通に話せばいいんだ。いや、石像に普通に話しかけるというのがそもそも難しいのですけど。


『……はい』


 相手も緊張している。ここでリードしてあげなくては。


『あっ、あの――』


 口を開いた途端、地響きがした。

 見上げると山頂から巨大な石が二つ転がり落ちてきた。


『えぇ⁉』


 一つの石は表面が滑らかで、苔一つ生えていない。

 もう一つの石は深く苔生し、ところどころひび割れて、隙間からは木が生えていた。


『ローリングストーン様よ!』

『コケムス様もいらっしゃったわ‼』


 辺りが姦しくなる。


「珍しいわね。ノモリス族の生ける伝説が二人も姿を表すだなんて」


 だから数え方は一人、二人でいいの?

 そもそも、生き物なの? ただの巨大な落石じゃん。


『未来が見えた通りになったぞ』

『私たちが転がり落ちるという未来だ』

『いつ転がり落ちるかは』

『言っていないがな』


 hahahaと二つの落石は互いに笑い合う。周囲の石くれたちもカタカタと身を震わせている。

 どこにウケる要素があったの⁉


『あぁ……んっ! お二方素敵……』

『あの~、コルリさん?』


 人魚姫像のコルリさんはその落石に夢中になり、もう俺の方に構ってくれそうになかった。


 部屋に戻り、再びベッドに突っ伏す俺。


『なんか知らんけど、振られた』

「あれは流石に相手が悪かったわ。どうしたらあそこまで石と混然一体となれるのかしら。それだけじゃない。どこか調和が取れているように見えて、実は多くの命との境を取り払っていたわ」

『お願いだから、分かる言葉で話して……』


 ん?

 ふと思い至った。というか、どうして今まで気付かなかったのだろう?


『メディナ族とかノモリス族とか色々な種族があるけれど、ノイルは何の種族なの?』


 灯台下暗し。幸せの青い鳥。

 こんなに可憐なノイルの種族だ。必ず、可愛い子がいるはず。


「残念だけど、私みたいなのが他にいると思ったら大間違いよ。私は魔族と人間との間に生まれたハーフだから」

『まじか』


 人間と魔族の間に子供って生まれるんだ。


「私はラフワムート族の女と人間の男との間に生まれたの。混血の者が他にいるかは分かっていないわ」

『じゃあ、唯一のハーフという可能性も?』

「あるわね」

『君って、ことごとく魔族の歴史をアップデートしていってるよね?』


 初めて異世界への転移を達成した魔族が、史上初の人間との間に生まれたハーフって、設定盛りすぎだろ。

 しかし、これは不味い情報だ。


「だから私みたいに人間と魔族の見た目を、両方持っている存在は期待しない方がいいわ。結局、一番近いのはやはりテンタクル族よ。それとも、試しにラフワムート族の集落まで行く?」

『えっと、どんな種族?』

「あなたの世界の生き物に例えると、ジュゴンとウミケムシを足して二で割った感じかしらね」

『イメージ付かないわ! ウミケムシって何⁉ 海に毛虫っているの⁉』

「あなたの世界にはいるわよ。長い任務だったから目の保養のために調べたのよ。そっちの世界の図書館に置いてある生物図鑑は素晴らしかったわ。特に深海生物や毒を持つ生き物をまとめたものなんて。よく公の施設に置けるわね。ちゃんと年齢制限を設けたほうがいいわ。あと植物図鑑も。腐生植物なんてとても素敵だった。いずれにせよ、あれだけの書物が一般に開放されているだなんて、ミストもコスミシアも見習うべきね」

『生き物図鑑をポルノ雑誌みたいに扱わないでくれないかな⁉』


 そっか。でも、なんとなく彼女の黒装束の向こう側のイメージが……いや付きたくない。

 想像しない、想像しない。おぼろげな記憶はそのままにしておくべきだ。

 彼女のことを醜く思うようで本当に申し訳ないが、こればかりは価値観が違い過ぎる。

 彼女もこちらに配慮して俺の前で露出度の低い服を着てくれているのだろうか。気を遣わせてしまっているな。いや、単に俺を信用していないだけか。所詮、俺なんて覗き魔だもんな……。


『いっそ、魔族のままでも人間の女の子と仲良くなれないかな?』

「無理ね。自分の胸に聞いてみなさいよ。何度も気絶を繰り返した自分の胸に、ね」

『少しは容赦してよぉ……きっと魔族フェチの子もいるって。ノイルのお父さんもそうだったんでしょ?』

「知らない。一度も会ったことないもの」

『ぬ……』


 どうにも踏み込んではいけない話題のようだ。


「あとは、そうね。やっぱり雪原のシ・ヘイに向かうしかないかしら。あの子がいるし」

『あの子?』

「美的センスが人間のあなたでも、もしかしたら気に入るかも知れない子がいるのよ。人間が見とれるくらい可愛らしい子よ。その分、魔族のクラシックな価値観からすると、残念ながらビジュアルのみではあまり評価されないけど……でも、勘違いはしないで。魔族の中に見た目を理由に蔑むような者はいないわ」


 そうか。いい奴らではないか、魔族。

 でもさ、君たち割と面食いだよね? 知ってるよ、俺。

 正確には面じゃないけどさ。

 でも、気になるなぁ。


『どんな子なの?』

「名前はルーザ。見てくれは人間に近いわ。ただ、銀髪で狼の耳と尻尾を生やしていて――」

『是非、紹介してください!』


 異世界でぇぇぇ……ケモ耳娘がぁぁぁ……きたぁあああああああああああ‼

 ようこそ異世界。永遠にさようなら現世。もう帰れなくていいわ、俺。この世界に骨を埋めることにする。


「なら……」


 彼女がいたずらっぽい笑みをこちらに向ける。


「戦えるようにならないとね」


 そういえばそこは戦地だったわ。

 やっぱりあれなのかな。人里に近いところの方が、人に近い魔族がいるってことなのかなぁ。嫌だなぁ。戦いたくない。

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