第12話 誘拐
夜の巡回は心地がよい。空気が澄み、しんとした帳の静寂もいいものだ。
ただ、今は集落全体が警戒態勢にある。普段は絶対に使わないかがり火を集落の四方に焚き、物々しい雰囲気となっている。
ここ数日、村から行方不明者が出続けているのだ。原因は不明。
これまで共に歩んできた森であるのに、今はその奥の暗がりがそっけなく、それでいてひどく恐ろしいもののように思える。
その思考が何者かを呼び寄せでもしたのか、茂みがガサガサと揺れた。
「誰かいるのか?」
声をかけるが応答はない。
自然と手に力が入る。
茂みからそれは現れた。
「――っ⁉」
イボガエルのような肌を持ち、かつて存在したと言われるドワーフとゴブリンを足して二で割ったような見た目をした小柄で横長の者だった。前開きにした外套から覗く腹には宝石がいくつかはめ込まれているが、多くの穴は寂しくその隙間を晒している。
その茂みから出てきた者と目が合う。
「なんだぁ……帰ってきたのかぁ……てっきり人間が出てきたのか思っちゃったよ」
ほっと胸を撫でおろす。その姿形は自分と同じものだったのだから。
出てきたのは私と同じマテ族の者だった。それも先日、最初に行方不明になった同胞三人の内の一人である。
「傷ついた仲間を見つけたんだ。二人で早く集落に運んでやりたいから来てくれないか」
「なに? それは大変だ。行こう!」
同胞に連れられて深い深い森の奥を進む――――。
――――ん?
自分は一体?
先ほど、傷ついた同胞のもとへ案内されていたところから意識が途切れていた。
暗い石造りの部屋は蝋燭で照らされている。身体は壁に縫い付けられるように、ところどころ杭を打たれて動けそうにない。
「さぁ! 連れて来たぞ‼ 頼むよぉ。その瓶を投げて寄越してくれぇ」
「マハサガを三体も連れて来ました! ください‼ ください‼」
「もう、我慢できないんだよぉ!」
先ほど、自分に声をかけてきた同胞が膝をついて、暗がりに向かって懇願している。
最初に行方不明になったもう一人のマテ族の者と、ラカリー族の者もいた。つまり最初の行方不明者が全員ここにいるということだ。
ラカリー族は細い木の枝が寄り集まって出来たような人型の植物系魔族だ。そのリースのように輪っかを作る両腕を必死に上げ下げしている。二つ埋め込まれた視覚を司る紫色の玉石は濁りきっていた。
その一心不乱さは正気のようには思えない。
「ちょっと待ちなさいよぉ。まずは新入りさんに、仲間に入る意思があるかどうか確認しないと」
明かりの下に姿を現したのは人間の女であった。
先日、あの方を伴って集落にやって来た人間たちの中にもいた。
「自分たちに何をするつもりですか?」
「んー? 私はねぇ、魔族のことを知りたいのよ。色々とね」
「教えろと言われれば教えましょう。だから、手荒な真似はしないでほしい」
こちらの言葉を聞き、人間の目に嗜虐的な色が浮かんだ。
「貴方の口から教わらなくてもいいの。直接身体に聞くから。そのためには、お仲間にならない? この子達みたいに」
人間の足下で卑屈に喚きたてる同胞たちを見て、いい予感はしない。人間は透明の液体が入った小さな瓶を掲げると、こちらに見せつけるように振った。
「それは……麻薬か?」
「そうよ。私ね、魔族をクスリ漬けにしたらどうなるか実験しているの。協力してくれるのなら、命は助けてあげる」
「自分たちはそのような物を嗜まない」
魔族はあらゆるものを是認する。善きも悪しきも。だが、それは自分たちが自らの頭で考え、主体的に勝ち取る判断であるから素晴らしいのだ。自分が自分で無くなってしまうような代物を我々魔族は嫌悪している。
「あっそ。まぁ、別にいいけど。じゃあ、もう一つの実験をしましょう。魔族は殺生を禁じているわね」
「……そうだ。天寿を全うすることは喜ばしいこと。だから、魔族は敵である人類も殺さないようにするし、食事から栄養素を摂らずに済む身体となった」
「善良ねぇ。でも人々は魔族の優しさを、こちらを油断させるための罠だと捉えて信じようとしない。教会がみっちり大衆に叩き込んだからよぉ」
「あぁ……知っているとも。人間たちにどれだけこちらが友好的に接しても、みなが口を揃えてこう言う。『悪魔はみんなそう言うのさ』と」
それは魔族たちにとって目の上のたんこぶだった。
自分たちがどれだけ人類と友好的な関係を築こうとしても、彼らは受け入れてくれない。魔族を悪魔の化身であると信じて疑わないのだ。
「あなたはそれを分かっているのなら、どうして協力してくれない? 人と魔族が手を取り合えば無駄な争いは起こらず、豊かに暮らせるようになるのでは?」
「おめでたいわね。魔族を人類共通の敵としているから、人同士の争いが最小限で済んでいるのよ。あんたらは精々そのお綺麗な御託を並べて、人類の怨嗟を受け止める存在であり続ければいいの」
「なっ⁉」
人間が瓶を懇願する三人へ見せびらかすと、絶叫が生まれた。それぞれが跪いたまま両手を伸ばす。
「話しすぎちゃったぁ。じゃあ、別の実験を始めましょう。不殺の魔族は離脱症状に陥った状態で『仲間を殺せばおクスリあげる』と言われたら信条を曲げられるか」
「そんなっ⁉ やめてくれ‼」
「やっぱり、私ぃ…………てめぇらみたいなキモいのが頭よさそうに喋ってんのがムカつくんだよ!」
豹変したように人間はその琥珀色の瞳に黒い渦を浮かべた。
ガラスの蓋が外され、鼻を突く臭いが一気に充満する。
「さぁ、僕たち。こいつを殺したら、これ、あ、げ、る」
「があぁああああああああああっ!」
獣のように喉を震わせて三人が一斉にこちらへと襲い掛かってきた。
どうしてこんな非道が思いつく?
人間は一体、何のためにこのようなことをするのだ?
仲間たちに全身を引きちぎられ、痛みを感じながらも、人間の暗い思慮と変わり果てた仲間の行く末を想い、辛くて仕方がない。
「カエルの解体ってもう見飽きたのよねぇ」
薄れゆく意識の中、せめて彼らが正気を取り戻した時、この罪に押しつぶされてしまわぬことを祈った。
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