第10話 お好みのモンスター娘を求めて――。

 目の前で爆発が起きた。

 いや、何この威力?

 コロシアムのような修練場で、俺は自分にできることを把握せんとしていた。

 ただノイルに促されるまま、手を前に出してよくあるエネルギー波みたいなのを発しただけだった。それで目の前の的が爆裂四散した。以上。


「……驚いた。この人形は人間たちの強度の四倍に作ってあるのよ。それをこう易々と破壊するとは、腐っても胞胚を宿した身ね」

『これ、普通に死んじゃうよね? 当たった人』

「そうね。勇者なら一発くらいは耐えるでしょうけど」


 ノイルは「何をいまさら」といった様子で嘆息する。


「殴るのも駄目。魔法みたいなのも駄目。本当にオーバーキルすぎるだろ、魔王の力は」


 固体状態で壁殴りをしただけなのに、コロシアムが半壊しかけたのは納得がいかない。本当に物理攻撃も魔法攻撃もどちらも規格外すぎる。

 超大な力を手にして刺激されたのは暗い支配欲ではなく、取返しのつかないことをしでかさないかという恐怖心だった。


「戦争なのよ? 殺めることを恐れてどうするの? もっとも、魔族は余程の理由がない限り、殺生を禁忌としているけれど」

『じゃあ、俺も今日から魔族です! 不殺の決意でござるっ‼ 戦場では「戦争反対!」の幟を掲げてラブ&ピースを叫び続けてやる!』


 暴力ダメ絶対。


「情けない……自分の気弾の威力に臆するなんて」


 修練場から逃げ帰り、部屋のベッドに鎧ごと倒れ伏す俺は意気消沈中。

 こっちの背中を滑り台のようにして遊んでいる、小型のエールたちに反応する気力も起きない。

 身体はクリーチャーになっても心は平和ボケした島国の民のまま。

 いいじゃないか。平和ボケ。人を殺すことにためらい、少しの勇気が湧けばNOを突きつけ、平和を望むことの何が悪いというのだ……。

 異世界転生ラノベに出てくる、どこにでもいる普通のサイコパス高校生と一緒にするんじゃねえよ。

 これから自分は人を殺す。あるいは人に殺されるかもしれない。考えるだけで恐ろしい。

 自分がすごい力を手に入れたら、ヒーローのように悪と戦えるだなんて妄想したこともあった。けど、こうやって修練場で人形を吹っ飛ばしただけで心が折れてしまう。


『戦争反対……』

「なにも人類を滅亡させてだなんて言わないわよ。勇者も含めて、基本は穏便に済ませるために交渉するし。もっとも、人類がこちらの言葉に耳を貸すことなんてほぼほぼないけどね。だから、間違いなく襲ってくるわ。その時のためにも、あんたはそこそこ自衛する手段を身につけないと」

『自衛したら目の前で人が爆裂四散するとか勘弁だよ……。もうちょいこの身体はデチューンできないの?』

「まぁ、力の制御が難しいのは認めるわ。それでも、あなたにはやる気になってもらわないと困るのよね」

『そんなこと言われても……』


 殺したくもない。殺されたくもない。このまま死んだら、まじで俺の人生なんだったのだろうか。いや、もう人生は終わってるのか。人間やめたんだった。


『地図と栞すらあんなリア充なのに、俺ってどうして一人なんだろう。死ぬ前に一度は誰かとイチャイチャしたい。彼女欲しい』

「メディナ族のことね。じゃあ休憩がてら魔族の女の子にでも会いに行く? 多分、選びたい放題よ。その……見てくれは、悪くないんだし……」

『……人間に近い子たちがいい』

「はいはい。今から近くを回ってみましょう」


 ちょっと元気出た。顔を上げたら兜の上を登頂していたエールの一団が降ってくる。


『行きますっ!』


 うおおおおおおおおお!

 女だぁああああああああああああ‼

 と、無理矢理にでも気合を入れてみる。


--------------------


『全然、違ぁああああああああああああああああああああああう‼』


 彼女探しは困難を極めた。

 全身が夥しい目と口で覆われた、紫色の肌をした妖異。

 異常な形状をした臓器と骨格を、透明な身体に透かす人の形をしたアメーバ。

 気体を閉じこめるミイラ男もとい透明人間。

 花人間みたいな子は、人間の比率が1割にも満たない。ハナカマキリとかの方が近くない?

 でも、ここまでは良かった。

 人間とはかけ離れているから、まだ良かった!

 極めつけはこの方!


「……その、魔王様……そんな風に見下ろされると、恥ずかしぃ……です」


 やっと出会えた。

 目は二つ。鼻一つ。耳二つ。口一つ。肌の色は薄い橙色。カールしたブラウンの髪をミドルロングにしている。そして首から下には見慣れた胸元の膨らみがあり、フリルの付いたピンクのブラウスの奥へとしまい込まれている。

 え?

 これ、きたんじゃね?

 末永くお付き合いしたいでしょ?

 そう思っていた時期が僕にもありました。

 床に寝転がった彼女。人と会っているのにその体勢は中々ふてぶてしいな。でも、可愛いから許しちゃう!

 その大量の袖と裾の付いたブラウスから八本の腕と四本の脚が伸びていなければな!


「テンタクル族の中でも人間の容姿に最も近いトーレよ。まだ独身で趣味は編み物ね」


 頭と胴体は人間。

 しかし、その胴体からは計十二本の四肢が伸び、そしてウネウネ不規則に動いている。その一つ一つが人間のそれと遜色ない形をしている。だからこそ、逆に気味が悪い。

 彼女は自慢と思しきその手足を四方八方に広げて、動かして床の上をゆっくりと回転している。方向転換するルンバのごとく。


「ノイル様……ほめ過ぎです……」


 恥じらうその顔はとてもかわいい。

 だが、何度でも言おう。人間の手が八本。足が四本。

 彼女は気持ちが高揚してきたのか、床を蹴る速度が上がり、床の上を平面的に高速で回り始めた。独楽のように。


『お邪魔しましたぁあああ‼』


 ごめんなさい。

 でも、その姿に耐えられなかった。

 人間に近いのが逆に恐怖心を煽ってくるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る