第8話 勇者を撃退するから女の子紹介して
「切りが無いわね」
『話も脱線し続けるしな』
なんで異世界に来てまでウォーターストレスの問題とか、太平洋に浮かぶペットボトルゴミの話で議論しなきゃいけないんだ。元の世界に戻れてから考えろよ。
「とりあえず、あなたを元の世界に戻すことは可能よ。そのためには私が次元を越えた際に使用したのと、同程度の膨大な魔力が必要だけど」
『その魔力って用意するのにどれくらいかかるの?』
「600年ほどかしら」
はい、解散!
いや、待て。こっちでの時間と地球での時間の進みが同じであると決まったわけではない。諦めるな。
『ちなみに俺の寿命は?』
「魔族の寿命は不明瞭なのよね。人並みな者もいれば千年以上生きている者もいるし。あなたの寿命はまったく想定できないわ」
『ひどい話だ……というか、君は人間と魔族がまじりあった姿をしているよね?』
「えぇ」
『じゃあ……なんで、出会った日は、その……服の下も……人間だったの?』
「あぁ、それは私たちにも分からないわ。仮説としては、そっちの世界に魔力がないから私は完全に人の姿になったというのが上げられるわね。でも私も、あの女も魔力はそこそこ使えていたから、ちょっと違うかもしれない。そもそも、次元を越えて別の世界に行けた魔族の伝承なんて残っていないし、これまでもいたかどうか分からないのだから、お手上げよ」
『それってノイルが一番最初って可能性もある?』
「かもね」
『それは素直にすごい』
まぁ600年間、集めた魔力で魔族一人飛ばすのがやっとなのだから、そりゃポンポン異世界になんて行っていられないか。
元の世界に戻る方法を探すのは優先度として低めに設定しておくか。
「その……ごめんなさい。責任逃れしちゃったけど、勘違いしてあんたを魔族にして、こっちの世界に連れてきちゃって」
『おっ、おう。俺も……その、覗いてごめん……ごめんなさい』
スケールが大きすぎる話をしたからか、頭が冷え、互いに謝ることができた。
謝り合った後、俺の方が先に謝るべきだったことを思い、胸が痛くなる。
「お互いのためになる契約があるんだけど、聞かない?」
『どうぞ』
手を差し出して先を促す。
「あなたは覗きを働いた罰として勇者の撃退に協力しなさい」
まぁ、妥当な条件だな。
「そして私はあなたを魔族にして、こっちの世界に連れてきてしまった罰として、恋人探しを手伝います」
『……まじ?』
「えぇ。そんなに童貞が嫌だの、彼女いないのが嫌だの言うんだったら、私が知り合いを紹介してあげる」
『それは……魔族、ですよね?』
「ちゃんと人間の姿に近い子を紹介するわよ」
『よろしくお願いします! ノイル様‼』
盛大に土下座をすると兜が床にめり込み、タイルがひび割れた。
「……あんた、そのエネルギーをもっと別のことに使えないの?」
何とでも言え。
女の子を紹介してもらえる?
なんて素敵なことなんだ!
ノイルがこれだけ美少女なんだ。ワンピースで隠された魔族部分は筆舌に尽くしがたい禍々しさを持っていた…………ような気がするが、すべての魔族がこうだというわけではないだろう。
サキュバスとか、ラミアとか、単眼娘とか、邪神娘とかね。そういうのでいいんだよ。
クリーチャー要素が少ない美少女魔族もそうさ! 必ず存在する‼
「契約成立ね」
『おう!』
互いに握手する。彼女ができるなら、元の世界のことは割とどうでもいい。親のことを思うと、少し申し訳なくはあるが。
いずれにせよ、俺の見てくれは悪くないらしい。これは上手くすればハーレムも夢ではないかも?
「あとは、セブンハンズを六人仲間にしないとね」
『あれ? 七人じゃ?』
てか、数え方は人でいいのか?
「そっか、言ってなかったわね。エール」
彼女の呼びかけに応じるようにワンピースが鳴動し、その影が粒子のように宙に散らばる。
反射的に俺は目を閉じたが、しばらくして薄目を開けると彼女は服を纏ったままだった。その装いは先ほどと同様にジャケットを羽織り、ブーツもそのまま。ただ、インナーが足首までを覆うマーメイドドレスに変化していた。
おそろしく速い生着替え。俺は普通に見逃した。
それでいいんだよ。
彼女の周りにはいまだに多くの黒い影がオーブのように舞っている。
「ノワール・ド・エール。私がセブンスとして止まり木となっているセブンハンズよ」
『止まり木? 人なの? てか、生き物?』
「魔族の中にはルーツに人間やその他の動植物、場合によっては無機物を持つ者もいるの。だから、あなたの感覚だと生き物と言われても、にわかには信じがたい者もいると思うわ。そういえば、エールってもとは何だったのかしら?」
ノイルが影に話しかけるが、言葉で返ってくることはない。ただ、影はかすかにゆらめいているだけ。
「そう。忘れちゃったの」
『いや、適当かよ。長生きし過ぎか?』
「そうかもしれないわね。で、どうかしら、エール? このスケベな小心者はお眼鏡にかなう?」
黒いオーブたちがこちらにまとわりつく。
実体のあるオーブから三本やら四本やらシャーペンの芯のように細い脚が出てくる。それはジブリに出てくるススワタリのような姿だった。ただ目はなく、本当にまっくろだ。
あっ、ちょっと、鎧をコツコツしないで。なんか拍子を取り始めた。
黒い妖精は無数に増殖して甲冑と兜の上で踊り出す。なにこれ、タップダンス?
めっちゃ中に音が響いて気持ち悪いんだけど。
「よかったじゃない。気に入ったみたい」
『いや、うるさいからやめて……』
「左手を出して」
『……うぃ』
ノイルは俺の手を取ると、ガントレットの甲に開いたくぼみに黒い宝石をはめこんだ。
すると、けたたましく俺の上でイケイケドンドンしていた影たちが、その石の中に入ってゆく。
「この石はエールの分身よ。ハンズに認められ、これを身に纏う者にはその力の一部が貸し与えられるわ」
『ありがとうございます』
よく見ると籠手には右に三つ、左に四つの穴が開いている。
「ここに晴れて七つの石が集まれば、あなたは正統な魔王として認められる。死にたくなければ頑張りなさい」
『はい』
「それとあの三馬鹿は200年も、のうのうと待ってくれるけど、人間たちは待ってくれないから。今この瞬間もミストの外れでは、人間による魔族の虐殺と自然環境への搾取がはびこっている」
『それって……えっと、魔族が人間たちに脅かされているってこと?』
「そうよ。あなたの世界にある物語は参考がてら読ませてもらったけど、大半は人間が正義で魔族が悪者。でも、割と新しい作品は魔族を良い存在に描いて、逆に人間の欲深さや視野の狭さを描いた作品も多かったわね。この世界は後者と似たような状況よ」
『信じがたい……』
姿かたちは化け物になっても俺の中身は人間だ。自分の姿を見たら、どう考えてもこっちが悪役だと思う。いまだにそうだ。
「すぐは信じられないでしょう。それに、分かりやすい善悪の基準なんてないしね。だから、直接見て判断すればいい。この世界のことを何も知らないあなたに、一方的にこちらの考えを植え付けるのは洗脳でしかないわ」
『なんて、思慮深い』
偏見で物事を見ている自分が恥ずかしくなる。これ、本当に魔族の方がいい奴パターンだぞ。
『ノイルはとても賢いな。それに、器も大きい』
「はぁ? 何その甘言……。そんなこと言われたって……もう一度す――んんっ!」
なぜか慌てだしたノイルは言葉をあからさまに切るや、せき払いしてそっぽを向いてしまう。
割と心からそう思ったのだけどな。
「……なに見てるの?」
『いや、すいません』
「すぐ謝るのやめなさいよ。しゃんとしなさい」
彼女が先ほどのように、俺に微笑んでくれることはもうないだろう。化けの皮が剥がれてしまったのだから。でも、とりあえずはこちらを見捨てずに、協力関係を築いてくれるだけでもありがたい。
「改めて、私はあなたに恋人ができるように協力する」
『俺は勇者の撃退に力を貸す』
二人の間で契約が交わされる。
満足そうに彼女は表情を緩め、前に向き直るとドレスの裾が翻った。美しく弧を描く彼女の細いシルエットに、性懲りもなく視線が釘付けになってしまう。
だが、その美しい黒装束の向こう側は……魔境だ――。
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