第7話 異世界フリースタイルダンジョン(ラップ要素はない) 

 いや、確かにこのご時世、別に性行為の経験の有無なんて大したことじゃない風潮にはなっているさ。全然、普通なことになりつつあるよ。その人が強いて他者とのお付き合いとかチョメチョメとか望まないのなら、その気持ちは尊重してあげないと。

 でも、俺は嫌なんだよ! 童貞のまま死ぬのが‼

 女子と一度もお付き合いしないまま死にたくないんですけど!?

 いや、待って。マジで死ぬの嫌なんですけど?

 このまま喚き散らして、みっともなく足掻こうかと思っていたら、ノイルがすっと立ち上がって三賢者たちの前に立ちはだかった。すでにその顔には先ほどのような動揺の色はない。


「お言葉ですが、皆様。たとえこの者が魔王でなかったとしても、別に構わないのではないでしょうか? それに匹敵する力が備わっていれば、なおのことよしという程度でしょう」

『何を馬鹿なことを言う⁉ 魔王の生まれ変わりではない者を魔王にするなど――』

「おや? 随分と保守的な言い草ですね。まるで人間のよう……」

『ぐっ……』


 その堂々とした振る舞いはフリースタイルを仕掛けるラッパーのよう……ではないな別に。ごめん、やっぱ今のカットで。


「この者は胞胚を埋め込まれたとはいえ、覚醒してから間もないというのに、すでに気体、液体、固体で活動ができております」

『だが我々を始め、そのようなことをできる者はいくらでもおるぞ。やはり、ここは正統なものでなくては魔王に相応しくない』

「混沌はすべてを受け入れる。偽りも正しさも。破壊も創造も。災禍も幸福も。悪しきも善きも。魔王の生まれ変わりでない者が魔王となる。これこそ我らが願う混沌への新たな一歩ではないでしょうか」


 三賢者たちは次第にうつむきがちになってゆく。


「そもそも、本来私たち混沌の魔族にとって序列などあってないようなもの。私たちには上も下もない。人間のような理屈を並べ立てる貴方たちこそ、三賢者に相応しくない」


 強い、こいつ強い、ノイル強い、もう何も言うことねぇわ。

 どうやらクリティカルの模様。魔族の間に起きたビーフは収束を迎えたようだ。


『しかし、半端な者では勇者の侵攻は止められまい。そのことを憂慮しているのは何よりもお前ではなかったか、セブンス?』

「そうですね。確かに今のままではコスミシアと隣接する地に住まう魔族を救えません。だから、この者には王の従者たる大罪武君セブンハンズを集めさせようと思います。いずれにせよ必要なことですし」

『あの、まつろわぬ者たちを従えさせると? この凡夫が?』

『まがい者が?』

『いまだ何事も成し遂げておらなさそうな、見るからに冴えないこの者が?』


 おい、ノイルに負けたからってこっちdisってんじゃねえよ。傷つくだろ。


「はい」

『ふん、やってみるがいい。だが、我々はそう気が長くないぞ。約束の日までに全員を従えられなかったら、こ奴は処刑する』

「いいでしょう」

『いや、待って⁉ 俺の方に全然、意思決定権が回ってこないんだけど⁉』


 三賢者の視線が俺に向けられる。

 なんだこの圧迫感。ノイルにレスバトルで負けても、やっぱりこの三人にはすさまじい力があるのだろう。てか、単位は人でいいのか?


『約束の日を設けよう』

『我らは気が短いぞ』

『期限は200年後だ。それまでにまつろわぬ者どもを従えてみよ』


 ……。

 …………めっちゃ待ってくれるやん。


『せいぜい急くことだ』


 あー、そうだな。急がないとまぢヤバいわぁ。全然、時間を有効活用しないといけないやつだわ。とりあえず部屋に戻って寝よう。そんで早起きして超集中状態FLOWにアクセスしないと。

 よーし、明日から朝活するぞ~。自分変えちゃうぞ~。


『というか、すいません。魔族に上も下もないってのは本当ですか?』

\そうだ!/


 だから仲良しかよ。合わせるな。


『じゃあ、魔王とかぶっちゃけ要らなくないですか?』

\要るよ!?/

「要るわよっ!?」 


 ノイルまで混ざった。


『でも、序列なんてあってないようなものなんでしょ?』

『魔王、かっこいい』

『テンション上がる』

『崇め奉るのが好き』


 味わうように己の言葉を噛みしめる三賢者たち。


「そうね。あなたが言うことも、もっともよ。でも一応は魔王、三賢者、そしてセブンハンズは他の魔族と比べると別格なほどに混沌に近い存在なの。だから、特別と言えば特別なの。でも、私たちの間に能力主義はない。混沌に近いからといって尊敬されることはあっても、権力に結びつくことなどありえないの」

『それはまた、なんとも先進的な価値観で』


 いまいちピンと来ないが、ひとまず魔族は自分が知っているような欲深いモンスターという感じではないのかもしれない。


『魔王、崇めた~い』

『もう、待てな~い』

『偽物、冴えな~い』


 だからdisってくるんじゃねえよ。フローもライムも単調で、全然なってねえし。

 おとなしく、あと200年待ってろ。


 それからは特に何事もなく、俺たちは三賢者の間から出て再び宮殿の上部へと戻ってきた。なんとなく黄泉の国から戻ってきたイザナギの気分。

 ジャケットを羽織ったノイルが盛大にため息をついた。


「はぁ~、あの馬鹿どもは別にいいとして……もう、なんなのよあんた」

『俺もノイルの心変わりに結構キテるんだけど……もうちょっと優しくして』

「優しくする理由がどこにあるのよ。たくっ、完全に見てくれに騙された」

『いや、君の美的感覚おかしいって……眼科行こう? ね? お母さんと一緒に眼科行こう? 目薬差すだけでも違うから』


 なんで、あんな悪の煮凝りみたいなやつを好きになるんだよ。


「本当にがっかりした~。てか、さっき気絶したの、どうせあれでしょ? 床に映る私のスカートの中を覗き見て気絶したんでしょ。マジでキモいし、失礼」

『あぁぁぁぁぁ! バレてたぁあああ⁉ 殺してくれぇええええええ‼』


 やっぱ今すぐ三賢者さんに土下座して抹殺してもらおうかな。いや、マジで。身から出た錆が痛すぎるよぉ。どうして俺だけこんな目に遭うの?


「正直、魔王様の生まれ変わりじゃなかったこと自体は、そこそこどうでもいいの」

『え?』  

「ただ、あんたのそのキモい行動のせいで『魔王様なのに、どうしてこんなみっともないことを……』って傷ついちゃったじゃない! その時の気持ちを返して! 魔王様に失望してしまった罪悪感に傷つく前の私を返して! あと、歴代の魔王様たちにも謝りなさいよ! てか、まじで最低。『命令しても頼んでも、どうせ自分なんかは女の裸さえ見せてもらえない弱者です』って認めている感じが卑屈でキモいの。情けないし、頼りないわけ。そんな『バレなければいいや』だなんて矮小で卑怯な性根は捨てて、面と向かって堂々と『君の裸が見たい』ってキリっとした顔で言えないの!? この意気地なし‼」

『あぅ……』


 三賢者さん。これ、あれだね。何も言うことねえわ状態になるわ。

 てか、面と向かって堂々と言うのもどうなのよ?


「でも、極めつきは相手の姿が気に入らなかったからって気絶することね。本当に、最低……」

『気に入らなったわけじゃ……よく見えなかったし……てか、お前だってよくも魔族にしてくれたな! 俺を元の姿に戻せ! そんで地球に返してくれ‼ このまま彼女いない歴、生まれてからずっとの童貞で人生終われるか‼』

「はぁ⁉ あんただって、拒否しなかったじゃない。来てくれって言ったときも『はい』って言ったの、忘れていないんだからっ‼」

『あれは疑問形の「はい?」じゃ! 可愛く小首かしげてただろうが! そもそも目の前で人がミンチになってるのに、冷静に判断できるわけないだろ‼』

「あんたは首をかしげてなんていなかったわよ! 気絶して横に倒れただけでしょうが! 本当に意気地がないのね‼」

『おたくとは文化と倫理観と死生観が違うんですぅ~』

「言っておくけれど、あんたの世界の状況も大概よ。やたらと文明は発達していたけれど、社会問題抱えるのが趣味なのかしらってくらいの酷い有様じゃない!」

『それは否定しないが、今は関係ねえだろ! いいから、俺の身体を返せ‼』


 それからもノイルと俺は、ときに深刻な、そしてときに不毛な諍いに時間を費やした。

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