第6話 魔王の生まれ変わりでもなかった
彼女の案内で魔王城の中を移動する。魔王城と言われたわけではなく、俺が勝手にそう呼んでいるだけだが。
ステレオタイプな作りではなく、石ともなんとも言えない無機質でまっさらな光沢のある材質によって作られた通路が続いている。
そして等間隔に隙間のようなものがあり、そこから真新しい光が煌々としている。窓はなく、どちらかというとSFに出てきそうな近未来の建物とか宇宙船の通路みたいな感じがする。
『ノイルもここに住んでいるの?』
「いえ。私は方々を駆け回るタイプでして、いつも適当な集落に泊まらせてもらっていました。宿と言えば魔王様の転生した世界、地球にあった漫画喫茶は素晴らしいですね。よく利用していました」
『そっか』
異世界の魔族がネカフェ暮らしとは、これ如何に。
少女の名はノイルという。
その、あどけない姿とは似つかわしくない、慎ましさと貫禄が感じられる振る舞いをする。
『綺麗な場所だな。どこも磨き上げられていて鏡みたいだ』
「お褒めに預かり光栄です。魔王様をお迎えするために、丹念に保全してきた甲斐がありました。ここは以前の魔王様がお気に入りであった宮殿なのです」
『はぇ~』
はっ!?
邪まな発想が浮かび、視線が床に落ちる。
真っ白な足場は壁や天井と同じく鏡のように磨きあげられ、足元を見ると自分の兜と鎧がよく見えた。
それはつまりっ――!
中身は単なるガスの癖に目は血走り、乾燥してひりつくような感覚がする。
ノイルの足下。そこにはワンピースの中に隠された彼女の秘められた布地が……。
いかん! いかんぞっ、童貞大魔王‼
それはもはや童貞の所業ではなく犯罪者による性加害に他ならない。
自分のことを慕ってくれている少女の身体を、そんな盗み見るだなんて人間の風上にもおけない。もう人間やめてるけど。
『ぐっ……』
駄目だ抗えない。
陶器のように白くすらっとした太もも。その二つが重なる場所には、童貞たちにはあまりにも遠いシャングリラがあるのだ。
少しくらい……そう、ちょっと床の木目が気になってみてたら、偶然見えちゃった体でいけば……そうだ。これは偶然。偶々ですよ~。
それは一瞬の行動であった。
俺の視線は壁、天井、彼女の流れるような紫の髪、発光する通路の切れ間、彼女の露わになった白いなめらかな両肩、床、木目――は無いっ!
勝負は一瞬だ。視界を再度巡らせろ。
天井を映す白い床、合わせ鏡のようになった回廊、厚底のブーツ、俺たちが還るべき場所。その場所へといざ行かん。
はっ⁉ 見えたっ‼
『――――――っ⁉』
全身から摩擦が消えた。
金属の塊が床に落ち、甲高い音が響く。
鎧の隙間からは吐しゃ物のような物体が漏れ出た。いつの間にか気体から液体に身体が変質して、シェイクされてしまったようだ。
「魔王様っ⁉ いかがなさいましたか⁉」
彼女が倒れたこちらに駆け寄ってくる。
『俺は……君が心配する価値なんて無い人間なんだ……』
童貞大魔王なんか生ぬるい。そうだ、変態童貞大魔王に改名しよう。
俺は見た。
確かに見た。彼女の太ももが合わさるその先を。
しかし、そこに秘められていたのは恥じらいの布地でもなければ、あの夜、目にした遥かなる花園でもなかった。
何を見たか鮮明には思い出せないが、確かにそう思う。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ――――。
――――いやぁ、そろそろ気絶するの慣れてきたわぁ。飲み会慣れして上手く吐くことを覚えた大学生並みに慣れてきたわぁ。
一節が終わるたびに気絶しないと次にいけないのか、俺は?
流石にもう気絶ネタはいいよね。なんも楽しくないし。
というか今回の気絶の原因がノイルにバレていないか心配だ。バレてないよね?
「これから魔王様には三賢者から洗礼を受けていただきます。それが済み次第、正式にオブスキュラ・ミストを統べる王として、全ての魔族に宣言していただこうと思います」
『……ふぁい』
涙を失ってしまったこの身体が憎い。自己嫌悪が止まらないよ。いや、普通に根源的恐怖心をこれでもかと刺激され、びびっているだけだなこれ。
宮殿の奥底には鍾乳洞のような空間が広がっていた。辺りは先ほどのように整然としておらず、自然本来の曲線を描く、無秩序でありながらも厳かで美しい空間である。
「お連れしました」
『ご苦労であったな。セブンスよ』
地の奥底から響くような声だった。
目の前にどす黒い粒子が集い、三つの巨大な楕円形の物体が浮かび上がる。それらは水族館で見られるようなイワシの大群のように、無数の何かが螺旋を描くように動き回ることで形作られていた。
次第にそれは凹凸を帯び、やがて人の顔のようになってゆく。
『お前が魔王の生まれ変わりか』
『洗礼を受けるにはすべての執着を捨てよ』
『お前が魔族をどのように導こうが構わない。だが混沌の膝元にあることを、ゆめゆめ忘れるな』
三つの巨大な顔が迫ってきて、俺はその中に閉じ込められた。台風の日に外へ出たときの五倍は強い圧迫感に呼吸が出来なくなる。耳の鼓膜が引き抜かれそうだ。鼓膜あるかは知らんけど。
すっと風が止んだ。洗礼って一瞬で終わるのか。よかった。
『……ん?』
三つの顔が戸惑ったような顔を浮かべた。
『……違くない?』
『違うな』
『なんということだ』
そして、一度引き結んだ三つの口が同時に開かれる。
\魔王じゃないっ!/
……仲良いね。
ふと振り返ると、ノイルが先ほどまでとは打って変わって苦々しい顔をしている。そこにはこちらへの尊敬も羨望もなく、あるのはクラスの女子が俺に向けるような視線のみ。
「あんた……魔王じゃないの?」
『いや、知らないよ』
へたり込んだ彼女と呆然と立ち尽くす俺。
いや、ほんと知らんて。
「……だって、あんた友達から大魔王って呼ばれてたじゃない⁉」
彼女の言い分に古傷が痛み、屈辱の歴史が脳内でひも解かれる。
「童貞!」
\童貞‼/
「大魔王!」
\大魔王‼/
…………あれかぁ。
つまり彼女は魔王の生まれ変わりを見つけるべく、俺がいた世界へと来て、周囲から大魔王と囃し立てられていた……というか揶揄されていた俺を魔王だと勘違いしたということだ。
確かに、俺は日ごろから愉快な仲間たちから童貞大魔王と呼ばれていた。長いから大魔王と呼ばれることも多々あった。
まぁ、そういう勘違いもあるよな。
…………あるか?
『もっと魔力量がすごいとか、オーラが半端ないとか、予言でこいつが魔王だと言われたとか、そういうのがあって俺に白羽の矢を立てたんじゃないの?』
「違うわよ! あんたの世界には魔力がないの! だから魔王様の生まれ変わりを探す方法なんて無きに等しいのよ‼」
「えぇ……」
三賢者は沈黙している。お~い。
『混沌の胞胚を取り除くしかあるまい』
『セブンス。そ奴の首を刎ねい』
『そして新たな魔王候補を見つけ出すがいい』
いや、俺ここで終わり?
待ってくれよ。まじで童貞のまま死ぬの?
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