第4話 主人公がラスボスっていいよね。自分じゃなければ――。

 目を覚ますと暗闇の中に化け物がいた。

 眠って起きたと思ったら、そこには知らない天井か現実があるべきだろう。

 異世界から来た金髪碧眼の美少女が粉みじんになり、魔族の少女に魔王様とか呼ばれたのはただの夢だったのか。よかった、よかった。そう言わせてくれよ。

 キャンドルに淡く照らされる夜の真ん中で俺は今、筆舌に尽くしがたい化け物に見下ろされている。

 これは夢じゃない。確かな現実だった。

 食われる? それとも、なぶり殺しにされる?

 あまりの恐ろしさに時間の感覚が無くなる。自分が誰だったか分からなくなり、出るはずの涙も嗚咽も出ない。

 嫌だ。こんな死に方は嫌だ。

 大きな影が蠢き、こちらにゆっくりと近づいてきて――。


『――はっ⁉』

 ……知らない天井だ。

 第二話っぽい。

 生まれて初めて気絶したわ。決して二度目ではないぞ。決して……。

 仰向けの状態で首を回し、おそるおそる辺りを見る。日は昇っているようだし、化け物もいない。よかった。やはり、ただの多重夢か。

 俺を食おうとする化け物はいなかったし、紫髪の女の子に魔王の生まれ変わりだと言われることもなかったし、金髪碧眼の美少女が血だまりになることもなかった。

 ついでに俺の黒歴史が想定以上に周りに漏らされることもなかった。なかったよね……?

 須藤がクラスに馴染めるかどうかより、俺のスクールライフの方がはるかに重要なんだけど?

 本当に自分の連続性が曖昧になるというか、ここがどこかも、自分がどういう状態なのかも分からなくなるな。ただ、とりあえず気絶していたわーってのだけは分かる。不思議。

 というか酷い夢を見た。何も覚えていないのに、身体の隅々にまで染み渡った恐怖心がその根拠となっている。


『知らない天井だ』


 お約束なので口にも出しました。

 しかし後頭部から柔らかい感触が伝わってくるな。今まで感じたことないほどにフィットする感覚だ。このまま二度寝したいと思うほど心地よく、温かい。ただ、寝たらこの感触を堪能できなくなるというアンビバレンスを抱えさせる罪な枕だった。


「お目覚めですか。大魔王様」

『……』


 どうして今まで気付かない?

 視界の半分に、逆さまになった美少女のきれいな顔がドアップ。つまり間近にあった。

 あれ? ということは?


『ひっ、膝枕⁉』


 思い切り身を起こし、俺はベッドの上を前転して、ついでに掛け布団を掴んでその身を包んだ。

 落ち着け。

 起きたら黒いワンピースを着た美少女の太ももの上だなんて、そんな都合のいいことあるわけない。

 童貞をこじらせるあまり、幻覚を見てしまったようだ。

 ふかふかの布団にくるまり、おそるおそる海苔なしの海苔巻きみたいになった俺は、布団の端から顔を覗かせる。

 そこには穏やかな笑みを浮かべた魔族の美少女なんているはずが――。


「……?」


 おるやん。

 こちらのアホみたいな振る舞いを見てなお、馬鹿にした様子も見せず、かわいらしいお顔を横に傾けている。

 てか、膝枕っ…………あぁっ……がっ!

 ダメージ半端なぃ……。美少女に膝枕されてたぁ……。

 もぅまぢ無理。今、彼女から離れた。つよぃ。かわぃい。


「ふふっ」


 苦悶するこちらを見て、彼女が微笑んだ。


「……失礼しました。そのようなお姿でお戯れになっているのが、つい可笑しくなってしまいまして」


 そのようなお姿? 

 はて、なんのことかと自分の手を確かめる。

 気絶――――。

 

 ――――再起動。

 まさかね。

 起きたら自分の身体がラスボスに改造されているなんて、そんなこと――あった!?

 形容しがたい形状と色。

 この世にある、ありとあらゆる艱難辛苦を塗り込んだかのように紫色の血管が浮き出るモスグリーンの肌には、マグマが冷え固まってできた大地のように隆起と陥没が繰り返されている。

 星々のように無数の宝石のようなものが夥しく埋め込まれるさまは、どこか疫病に冒された者のそれを彷彿とさせ、小さく開いた穴からは得体の知れない蛆のようなものが飛び出てゆらゆらしている。

 五つの爪には目玉が三個ずつ生え、キョロキョロ見回している。

 手だけでこれ?

 もうこれ一本でラスボスとして登場できちゃいます、みたいな腕なんですけど。なんかこの手を雲から出すだけで最後の戦いが始められそうなんですけど。


「はぁ……なんて神々しく、威厳に溢れたお姿なんでしょう……」


 塗れた唇に指を這わせ、もう片方の手でスカートの裾を掴みながら彼女が膝をこすり合わせている。

 そんな魔族の少女の蠱惑的な仕草と、くねる肢体に俺は目を奪われてしまう。

 なに?

 そんなに俺かっこいいの?

 そうだ。きっとグロテスクなのは腕だけで、それ以外の部分はわりと普通の悪魔というか魔族っぽい感じなのではないか?

 で、顔は……そうだなぁ……威厳があって、いぶし銀な感じも欲しいから麦津川白師みたいなイケメンよりも、真田兼みたいな渋い男前みたいなのがいいなぁ。きっとそうに違いない。だって、こんな可愛い子が俺の方を見て今にも「抱いてくださぃ……」って言いそうな目をしてるんだものっ!

 よし、見るぞ!

 見るからなっ!

 この部屋に姿見は……あった!

 はい、鏡ドンっ!


 ラスボスだぁ……言い訳の余地のないクリーチャー。その親玉。人類に仇なす敵。神に祈らぬ、ノンプレイヤーキング。

 人里に降りた瞬間、町の衛兵はもちろんのこと、騎士団長すら王家の紋章付きの剣を放り捨てて逃げ出すレベルの大魔王顔。

 まずは顔。

 異様に頭が膨れていると思ったが、そうではない。ほうれい線から口元だけを残し、顔面の左右に二つずつ別の顔が付いていた。まるで三つの頭で合計四つの目を共有しているかのようだ。外側の目は異様に膨れており、中央の双眸には眼球がなく、骸骨のように奥底に深い闇を湛えている。これって真ん中の顔は何にも見えていないんじゃね?

 鼻から口元、そして顎から首元にかけての三角形のラインはフジツボがびっしりと張り付いたかように無数の凹凸で覆われている。

 ちなみに先ほど鏡で全身を見た瞬間、俺は二度目の気絶をしていた。いや、この子と初めて会ったときのを含めれば三度目か? だからこれは四度目の正直なのだ。

 てか、なに? 完全に人間やめてるじゃん。

 まだ童貞卒業はおろか、ろくに女子と手をつないだことすら……いや、対等な人間としてお話しさせてもらったことすらないというのに、人間やめさせられちゃった?

 流石に肝は据わったのか、あるいは少しだけ慣れたのか、このおぞましい生き物みたいな何かが自分だと認識しはじめる。いや、慣れたくはないのだけどね。

 胴体は前も後ろも、ありとあらゆる動植物と混ぜ合わせたような、まさにグロテスクという言葉を体現するかのような見た目をしている。

 背には寄生虫に犯されまくった鷲の翼のようなものが生えており、古びた洋館よろしく、黒々とした蔦がびっしりと這っていた。  

 なんか至る所に毒々しい模様をもった蛇だか、ミミズだか、触手だか分からないものが配管のように五体を駆け巡り、局所的に出入りしている。いいよね、むき出しの配管とか。それが自分の身体に張り巡らされていなければの話だが。

 骨の一部は露出しており、むき出しになったあばら骨や赤々と蠕動するはらわたのような何かですら「おう、ここはちょっと人間ぽいやん」と親近感を抱けるレベル。

 腰元からはカラスの羽根で作られたようなロングスカートが伸びている。ただ、穿いているのではなく身体の一部としてくっついているようだ。だから、スカートというのは正しくなさそうだ。

 足は二本あることが見なくとも分かる。ただ、なんか人間には備わっていないような物体というか器官がたくさんぶら下がっている感触がする。見たり触れたりして確認したくもない……。

「……これ、本当にかっこいいと思う?」

「――んっ!? ……はぃ」

 何で俺に話しかけられただけでよがるの? ねぇ?

 肯定の声が淫靡すぎる。

 ちょっと雄の本能を刺激されて押し倒したくなっちゃうので、やめてもらっていいですか?

 自分こういうの慣れていないから、ビーチフラッグスみたいに君に飛び込んじゃうよ?

 いいの?

 ダメだよ。

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