些些来 2
「っげ。薄暗いなぁ」
近くの大きなお寺へと訪れ、森の中へと進む。いつも居る和尚さんの目を盗んで入るだなんて楽勝楽勝。
むっちゃんは「用事があるからまたね」とお寺に続く道とは反対側へと別れた。
まぁ、少し暗いだけで何もないし。道草ぐらい、そんなに時間がかからないと思うし、暇潰しになるからいいや。
そんな事を思いながら暫く歩く。すると、向こうに何かがある事に気付き、走り出した。
「嘘。マジであったんだ……」
本当に小さな祠だ。僕は何の躊躇いもなく祠を開けようとする。
そこで、むっちゃんに言われた事を思い出した。
「虐めるってそのお化けも、くだらねぇ事をするんだな」
むっちゃんも、こんなつまらない嘘を吐くんだな。きっと俺の反応を試しているんだろう。
ここは、珍しく騙されてみようか。
僕はそんな思いに浸りながらも、祠の扉に手をかけた。扉は何の抵抗もなく、すんなりと開く。
「ほら、やっぱり」
中身が空っぽだと言うことを確認し、僕は落胆した。そして、扉を閉めて帰ろうと振り返る。
その時だった。
「うわぁ!?」
突然、何者かにグイっと腕を掴まれ、凄まじい力で引き寄せられた。不意な出来事に僕は後ろにのめり込む。
そこには、真っ黒く原型のないナニカが僕を睨み付けていたのだ。夥しい数の目玉がギョロギョロと動いている。
ナニカは僕の体に巻き付き、身動きを取れなくさせる。ナニカは僕の手を掴んだ。
そこには、指先が乾燥した貧相な手があった。
根元には大量のささくれがびっしりと生えている。
そこに一人の姿がぼんやりと現れた。
「やっぱり、居たんだね」
「むっちゃん……!?」
目の前には、いる筈のない彼女が立っていた。
どうして。用事があったんじゃ……。
言いたい事は沢山あったが、今はそれどころではない。
「嘘吐いたの?」
「えぇ?」むっちゃんは惚ける。
「どうしてこんな事するの?」
「どうして……?」
「何で、嘘吐いたんだよ」
「私は本当の事を言ったよ? そうだね。まあくんの考えに嘘を吐いたのは本当だよ」
僕の考え?
もしかして、むっちゃんの言葉を嘘と考えたことに?
意味が分からなかった。
「でもさ」むっちゃんは続ける。
「嘘は、どうでも良いことだもんね? 取るに足らないことだもんね?」
「取るに足らないってどう言う意味……?」
「全部、まあくんがそう言ったんだよ?」
僕の質問をむっちゃんは無視した。
むっちゃんは首を傾げる。そしてすぐに、愉快そうに笑った。
「嘘も方便って言うけど、何をするにも限度があるんだよ。その線を破ったものは、天罰が下されるんだ」
「え……」
「まあくん。君は、やり過ぎたんだよ」
むっちゃんの顔はいつまでもニコニコしている。笑っている。口をにんまりとさせて僕を見つめている。
その間も僕は身動きを取ることが出来なかった。
黒いナニカは、呻き声を上げながらどんどん俺に絡み付く。手を拘束され、ぎゅうと掴まれる。
ぶよぶよの皮膚が圧縮され、血が溜まる。肌が赤く染まる。
痛い痛い!!
そう叫ぶとむっちゃんは返事をするように口を開いた。
「まぁ、人間はそんなんじゃ死なないよ」
僕は、その言葉が嘘である事をすぐに分かった。
「だって人間はしぶとく生きるからね」
これも嘘だ。
「私はそんな人間が大好きだよ!」
これも……嘘。
嘘?
そこで僕は、とある事に気がつく。それは、自分にとって嫌な考えだった。
「むっちゃん。むっちゃんは人間だよね……?」
僕は恐る恐るむっちゃんに問い出す。肩で息しながら震える声を搾り上げた。
「え〜?」むっちゃんはまた笑った。
「そうだよ〜」
「!!」
僕はその答えに絶句した。
そう、言って欲しくなかった。その言葉がどれだけ残酷なものかきっとむっちゃんには分からない。
むっちゃんは僕を一度見下ろしたあと、ランドセルを背負い直し背中を向けた。
待って。
言いかけるも先に、むっちゃんが遮る様に発した。
「また明日ね」
むっちゃんは微笑み、その場を離れた。その瞬間、目玉の怪物の触手が強くなる。
爪の根本からささくれが出来上がっている。
その怪物は、僕のささくれを摘みゆっくりと剥がそうとする。嫌だ嫌だと動かすもびくりともしない。
すると、ビリっと勢いよく剥がれた。強い力が込められたため、剥がれた部分が赤く腫れている。
怪物は次のささくれに触れる。
ビリビリっ。
「いっ!!」
剥がれたささくれからは、僅かな血液が溢れ出た。物凄く痛い。
小さな傷のくせに、ビリビリと刺すように痛い。
そう苦しんでいる内に、ナニカは次のささくれへと触れる。
それは、今までのより根太く引っ張られるだけで強い痛みが走る。ささくれは、思いっ切り引っこ抜かれ、メリメリとむしるような音が聞こえた。
「あぁぁぁ?!」
あまりの痛さに叫んだ。声が裏返り、喉に鈍い刺激が増す。ささくれを剥かれた指先は既にボロボロに変わり果てていた。
もしかして、これがあと九本も続くって事?
絶望するしかなかった。
どうする事も出来ず、顔を上げると僕は一瞬、自分の目を疑った。
どうしてか分からないが、森の出口には先程出会った友美ちゃんと夏菜子ちゃんがそこに居たのだ。
僕は二人に向かって必死に叫んだ。
「友美ちゃん、夏菜子ちゃん!! 助けて!」
僕の声が届いた様で二人はこちらを振り向く。だが、僕の姿を見て驚くもすぐに可笑しそうに笑った。
「どーせまた、嘘吐いてるんだよ」
「大丈夫かな……」
「行こ!」
「うん。そうだね、ばいばい」
友美ちゃんと夏菜子ちゃんは僕を無視して、そそくさと歩いて行った。夏菜子ちゃんは僕に手を控えめに振り、どんどん後ろ姿が小さくなる。
嘘だ。そんな、そんなことって……。
僕が下らない嘘を吐きすぎちゃったから?
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!!!
「誰か……誰か助けてっ!! むっちゃん、むっちゃんっ……!!!」
しかし、僕の叫びを虚しく、ささくれを剥かれる行為は止まらない。
痛みがジリジリと増す。
ささくれが剥き終わった指からは、血がダラリと垂れる。次の指にいくかと思うと、今度はその爪まで剥がそうと掴まれる。
爪と皮膚の間にナニカの触手が食い込む。
僕はひぃっと息を呑んだ。
ゆっくり。ゆっくりと……。
爪が剥がれようとしていく。
そして……。
メリメリメリメリメリ!!!!!
僕の悲鳴は誰にも届くことはなかった。
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