☆第三十話 氷見捜査官のお楽しみ☆


 惑星上へ降りるシャトルバス乗り場へ向かう前に、氷見捜査官に連れられたのは、ステーションのショッピングモールだった。

「こちらですぅ…」

 床面積が地球本星のサッカー場も複数面という広さなモールは、お土産だけでなく、惑星観光に必要な生活雑貨も扱っているという。

「…運輸会社さんへの、お土産かな?」

「それでしたら、私たちが ピーリンカの銘菓を用意しておりますわ」

 と小声で話していたら、目的の売り場へ到着。

「こちらをぉ…ご購入下さいぃ…経費で落ちますのでぇ…」

「あぁ なるほど」

 目の前には、防寒用のコートが陳列していた。

 マコトもユキも、コンパニオンとして潜入捜査をする為に、露出の過多な私服で着飾っている。

「地球本星の方ですとぉ…そのお姿でのぉ…惑星上陸はぁ…リアルにぃ…命に関わりますからぁ…♪」

 夏で気温が二度な惑星なのだから、地球本星出身というか、もはやこの惑星出身者とかでなければ、地上のバス停から温いドームへ辿り着けるかも怪しいだろう。

「氷見捜査官の 仰る通りですわ♪ それではマコト、早速に 選ばせて戴きましょう♪」

「そうだね。ユキは、どれが良いと思う?」

 どのみち、マコトが着る防寒コートも、ユキに選んで貰うつもりだ。

「うふふ♪ まあぁ…何と 多種多様な品揃え…♡」

 オシャレ大好きなユキの目が、様々な惑星人用の防寒コート類で、ハート型にときめいている。

 地球人類の背格好は、銀河の知的生命体でも比較的に標準でもあり、色も柄も、最も多く見える。

 マコトたちの様なケモ耳人類用のコートには、頭に耳を入れる袋が付いていて、お尻部分には尻尾を入れる袋もあって、見た目も可愛い。

「まあ、マコト ご覧になって♪」

 全身一体型の防寒着で、まるで海用のダイビング・スーツみたいなデザインであり、しかも生地は極薄なので、着るとボディー・ペイントみたいな全身ラインになりそう。

「大胆だよね。ボクは 着られないかな」

 氷見捜査官いわく、防寒コートは女性に売れ行きが良く、男性は、この宇宙服のような見た目で余裕のある一体型を、買い求める傾向にあるらしい。

「そうなのですか?」

「納得ですわ♪」

 よっぽどの寒さでもなければ決してオシャレを捨てない女性心理だけど、オシャレにさほど興味の持てないマコトには、よく解らなかった。

「マコトは これですわ♪ 私は コレに致しますわ♪」

 上下で塗り分けられたコートとズボンがマコトへ宛がわれ、ユキは縦のラインも明るい柄で、色合いはどちらもオレンジ色が目立つ。

「色も形も 基本はお揃いなんだ」

 特に意味ないマコト感想に、ユキの白い頬が、僅かに染まる。

 そんなウサ耳捜査官の反応とは別に、氷見捜査官は、大切な事を教えてくれた。

「その色はぁ…自然界にはぁ…ほぼ存在しない色ですのでぇ…万が一にも遭難した時とかぁ…捜索時にぃ…視認し易いのですぅ…♪」

「なるほど」

「確かに、そのような研修も 受けた思い出がありますわ♪」

 捜査官候補生時代の、雪上訓練での体験である。

 会計で支払いを済ませ、マコトが袖を通してみたら、防寒性能は極上だと体験を出来た。

「うわ…着ただけなのに、暑い」

 上着は膝丈でモコモコしているけれど、コートそのものは、片手で持てるくらいに超軽量。

 コートやズボンの中は、肌触りもサラサラすべすべで、着心地がとても滑らかで柔らかくて、材質もまったくゴワゴワしない。

 コートの表面はボタン操作で反射材にもなって、暗い夜道でも目立つ仕様だ。

「うふふぅ…♪ そのコートはぁ…地上でバスから降りるまでぇ…着ない方がぁ…快適ですよぉ…♪」

「仰る通りですね」

 ステーション内は半袖で寒い温度なので、地元な氷見捜査官にとっては真夏日ほどの体感温度だけど、自前の半袖シャツは個人用クーラーが効いているので、暑くないのだとか。

「色々と ご苦労様です」

「いいえぇ…♪」

 三人はシャトルバスの発着場へと向かい、まずは、惑星上の停留所へと降りて行った。


 地上へ到着をすると、窓の外の都会は、真っ白な雪景色。

「わぁ、寒そう」

「ですが、とても 美しい景色ですわ♪」

 惑星スルッスは雪遊びがメインの観光惑星なので、都会のビルも高くて五十階建てという低層ビルが、法律で定められているという。

「大抵の施設はぁ…ドームかぁ…地下施設ですねぇ…♪」

「そうなのですか…♪ それゆえに このように神秘的な雪景色なのですね…♡」

 ビルの外壁は黒系が殆どで、真っ白い雪との相性は抜群だと感じられる。

 ビルの屋上や、車道や歩道の端や公園などには融雪溝があり、歩行者が雪で転ばないようにも設計がされていた。

「これはやはり 観光客への配慮ですか?」

「いぃえぇ…この惑星出身者でもぉ…雪で転んだりぃ…しますよぉ…♪」

 こういう質問も、地元民としては、良くあるネタの一つなのだとか。

 バスが停留所で止まると、マコトたちはコートを着込んで、外へ出る。

 ケモ人類用のコートなので、耳や尻尾を入れる袋部分も、柔らかくて温かい。

 モコモコなフードに起つ耳や尻尾は、特に女性だと、とても映えて愛らしかった。

「ぁふ…寒いですわ」

「本当だよね」

 静かに雪が降っていて吐く息も白く、停留所の掲示板に標示されている気温は、現在二度三分。

「こちらですぅ…」

 なのに氷見捜査官は、やっぱり半袖のまま、案内をしてくれる。

「あの…本当に お寒くありませんか?」

「はいい…うふふ♪」

 優しい笑顔には、地元民特有な誇りのような、余裕と輝きすら見えた。

 街行く人々も、観光客か地元の人々か、一目でほぼ解る。

 コートを着込んでいるのが観光客で、薄着か半袖なラフスタイルは地元の人たち。

 氷見捜査官が案内をしてくれるのは、契約をしている運送会社だ。

 豪華客船から降ろす荷物の中に、惑星ピーリンカのレッド・ハコブネ社から、氷見捜査官の偽装商社宛の、コンテナがある。

 その中身は食品のサンプルという名目で、本当に食品のサンプルが収めてあり、そしてユキが製作をしたG形捜査ドローンが、隠れているのであった。

 無駄にリアルな造形のG形メカたちを思い出して、背筋が震るえ、そしてマコトは、ハタと思い当たる。

「…つかぬ事を伺いますが、氷見捜査官は、苦手ですか? いわゆる、えぇと…」

「はいぃ…?」

 どう説明しようか、暫し悩んで。

「これから回収する捜査ドローンですが、貨物へと紛れ込ませる都合、万が一に発見されても隠れやすいよう、そういう生物を模した形を しておりまして…」

 マコトの言葉で、雪中半袖捜査官は、だいだい理解が出来たらしい。

「あぁ…つまりドローンはぁ…御器被り(ごきかぶり)に似ているぅ…とぉ、いう事ですねぇ…っ?」

 太古の日本での呼び名とか、マコトもユキも、リアルで聞いたのは初めてだ。

 しかし、それだけでなく。

(…?)

 言い当てて嫌悪するかと思ったけれど、基本的に低血圧系な言葉のイントネーションが一トーン上ずった変化をした事実から察するに、恐れている感じはしない。

 それでころか、ワクワクしている様子にさえ、受け取れた。

「氷見捜査官は、ゴ…コホん、いわゆる御器被りは 特別に嫌悪など、感じられないのでしょうか?」

 制作者であるユキは「嫌悪しないとは同じヲタク仲間なのでは」と、ワクワク愛顔で尋ねる。

「ぃいえぇ…この惑星はぁ…この気候ですのでぇ…御器被りという生物ぅ…そのものがぁ…存在していないのですぅ…」

「へぇ…」

「そうなのですか」

 銀河輸送法により、惑星間での物品輸送には、厳重厳密な防疫処置が義務付けられているのであった。

 なので、地球本星にて未だ存在しているG生物は、仮に地球から輸出されるあらゆる貨物へ潜んでいても、倉庫からの出荷時や宇宙船への搬入時や宇宙船そのものの発進時の防疫カーテン光線など何重にも施される処理によって、地球外への進出は不可能。

 それは、銀河連合に所属する全ての惑星に於いて同一であり、銀河の惑星国家群は惑星を越えた疫病などが広まる懸念とか、ほぼ皆無と言えた。

 それでも、どういった理由か他惑星へ進出をする小さな生物は、数年に一度くらいの割合で、報じられていたりする。

 そしてこの惑星スルッスに於いては、搬入物品そのものが極低温な外気に数日と晒される為か、少なくともG生物の活動報告や目撃は、確認されていないのであった

「なるほど。では、ゴ…御器被りは、何かの記録で ご存じなのですか?」

「はいぃ…図書館のぉ…地球本星エンサイクロペティアぁ…でぇ…♪」

 なので、本物ではないにせよ、限りなく本物に寄せたドローンであっても、目の前で動いている様子を見るのが楽しみだと言う。

「うふふぅ…どんな感じぃ…なのでしょうかぁ…? お噂ですとぉ…相当にぃ…すばしっこいとぉ…聞いておりますけれどぉ…♪」

「まぁ…」

 返答に困るマコトに代わって、制作者のユキが、ヲタ熱弁。

「それはもぅ、本物に対して限りなく精巧に忠実に、外観も動作もっ、徹底的に拘りましたですわっ♪ 黒く艶光る暗黒のボディー…スタート・ダッシュも直線も方向転換も溜めのない無ムダ動作…っ! そして何よりっ、動作システムや捜査機能を盛り込んで尚データ・ドライブに余裕ある実物大のコンパクト・ボディー…♡ ぁふぅ…氷見捜査官へお見せ出来るのが、今から楽しみで仕方がありませんですわ♪」

「まあぁ…それはぁ、楽しみですぅ…♡」

 美女と美少女が、豪雪も溶けよとばかりに、Gの話題で盛り上がっている。

「………」

 惑星ピーリンカの現地捜査官アリヤ氏といい、なにやらかヲタク感性と合致する人たちが多い気がする。

 と、マコトは思った。


                    ~第三十話 終わり~

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