☆第二十三話 休暇が明けて☆

  翌日の遅めな朝を、マコトとユキはやはり、二人がラブホテルだと認識をしていない昨夜と同じホテルで迎えた。

「ここ、結構 機能的だったよね」

「はい♪ 無駄の無い空間で、しかもベッドも 大きくてフカフカでしたもの♪」

 ラブホテルとしては、設備が整ったクラスだったのだろう。

「ご飯を食べたら、アリヤ捜査官へ 挨拶に行こうか」

 昨日とは違う地元の料理屋さんで遅い朝食を摂りながら、捜査協力を戴いた現地の男性捜査官への、挨拶の相談。

「はい。あまり時間が取れないのは 残念ですが。それと、セカンド・タカラブネ号へ戻るのは、たしか 午後の六時でしたっけ」

「うん。ステーション出港の 四時間前からの乗船だからね。セカンド・タカラブネ号の出港は、惑星ピーリンカ時間の今夜十時の予定 だね」

 実は昨日のG形ドローン搬入任務の後、アリヤ捜査官から、翌日のちょっとした観光というお誘いを受けていた。

 しかしマコトとユキには、本部への捜査状況の報告という仕事もあり、二人は昨夜も夜中まで、報告データを纏めていたのだ。

 なので、今朝の起床は十時をかなり過ぎていて、しかも報告データそのものは、まだ出来上がってはいなかったりする。

「「ご馳走様でした」♪」

 ご飯を食べ終えた二人は、現地特産ではなく銀河で広く愛されているお菓子「ナンボーナー」を手土産に選び、アリヤ捜査官が隠れ蓑としている交易会社レッド・ハコブネのオフィスへと向かった。

 レンタカーを借りて、車で一時間ほど走らせると、データ表記されている郊外地の小さな敷地内に、二階建ての小規模な個人事務所を見つける。

「こちらですわ」

「なるほど。いかにも 個人事務所っていう建物だよね」

 多くの会社から荷物の輸送手配を請け負う交易会社とはいえ、個人経営なら、事務所は小規模で済む。

 基本業務はデータ上でのチェックが主なので、事務所には社長一人で十分だし、それ以上の荷物は受け付けなくて済むように、受注量を調整していると、アリヤ捜査官の社長業を聞いていた。

「いわゆる ヤリ手だよね。アリヤ捜査官」

「同意ですわ♪ 私たちでは、アリヤ捜査官のように上手くなど出来ないと 感じられますわ」

 鉄火場慣れも出来た二人だから、尚のこと、事務関係で務まる自信など無い。

 一階フロアは駐車場や倉庫であり、二階フロアが事務所という造り。

 正面に入り口らしき設備が見えなくて、事務所の側面へと回った二人は、驚かされた。

「うわぁ…これ 外の非常階段、だよね…?」

「まさしくですわ…っ! いまだ現役な非常階段が、現存しているなんて…っ!」

 旧世紀の地球の、まだ世界が様々な国に別れていた頃の建築物には、建物の外に非常階段があったと、二人も知識としては知っている。

 建築基準の変更や、構造材そのものの進化などにより、現在の地球本星では非常階段そのものが、殆ど見かけない太古の遺物となっている。

 アリヤ捜査官の事務所側面に備えられている非常階段は、まさしく資料でしか見られないような、アンティークとも言える非常階段だった。

 赤色のサビ止め塗装を施された、鉄の各種パイプと、滑り止めが立体プレスされている鉄の板で作られた、金属の階段。

 手すりは、雨風や人の手で触れられて各処で塗装も禿げていて、地面との接地部分はサビも浮いていたり。

 これ程までの「ザ・個人事務所」を、しかも偽装でお目にかかれるとは。

「…すごいね。徹底してる」

 知識上での非常階段として感動をしているマコトに対して、ユキは、ヲタク魂が刺激をされていた。

「な、なんという事でしょう…っ! マコトっご覧になって下さいなっ! 造りだけではなくっ、素材もっ、太古のオリジナルと同種の金属をっ、使用されておりますわっ! ほわわあぁ~…♡」

 メカヲタクとは、数多ある金属製品そのものが、刺さるのだろうか。

 マコトの目の前で、目がハートになって、ときめいているユキだけど。

「…うん。流石に 非常階段が相手だし」

 一昨日のような、モヤモヤする気持ちは起きなかった。

「おやぁ、よくいらっしゃいましたぁ!」

 ユキの興奮が聞こえたようで、二階事務所の扉を明けて、アリヤ社長が笑顔でお出迎えをくれている。

「昨日は お世話になりました…ユキ」

「――ハっ! お、お世話になりました」

 つい非常階段に魅入ってドリームの世界を彷徨っていたユキも、マコトに呼ばれて、現実世界へ戻ってきた。

 そんなヲタ仲間でもあるユキの反応は、アリヤ捜査官にとっても、誇らしい様子。

「あはは♪ どうですか、この非常階段♪ ボクの、自慢の娘(こ)なんですよ♪」

 非常階段を娘とか言い出したけれど、美しい無表情のままちょっと「?」なマコトに比して、ユキはその感性に対し完全な理解が出来るようだ。

「はいっ、解りますともっ! この飾り気の無い徹底的な機能美といい、質実剛健な構造といい…なによりも、この錆び止め意外の能力を自ら拒絶したかのような、落ち着きながらも色褪せない、マット・クリムゾンの塗装たるや…♪ その上で、塗装剥げや一部の錆びなど、まさしく仕事こそ命な職人の生き様、そのものですわ…っ♪」

「ぉぉぉおおおっ! 流石はユキさんんっ! この非常階段の価値を完全にご理解されてますうううううっ! どうですマコトさんもっ、この風合いにっ、心が痺れませんかあああっ♪」

「あ、はぁ…」

 マコトの塩反応を何一つとして気にする様子もなく、アリヤ社長とユキは、ウットリと眼を閉じて非常階段の鉄の手すりへと、頬擦りを捧げていた。


 頬にサビが付着する事も厭わない二人のヲタク満足の後、捜査協力への謝意と挨拶を終えたマコトとユキは、カフェにて最後の報告書類の再チェックを済ませる。

「あとは ホワイト・フロール号の専用送信システムから、地球本部へ送るだけだね」

「はい♪ 今回の休暇は 結局はお仕事でしたわ♪」

 ユキが不満そうだけど笑顔なのは、三度のご飯より大好物なメカ弄りをタップリと堪能出来た事と、鉄製の非常階段というウルトラ・レアと戯れたからだろう。

 レンタ・エレカを返却して、ステーションとのシャトルバス停へ向いながら、マコトが思い出す。

「あ! お姉さまたちへの お土産」

「まあ、私も ウッカリしておりましたわ」

 二人は、いま来た道をもう一度戻って、惑星ピーリンカ名物のお菓子であるピーリンカ・マカロンを購入した。


 ステーションで、偽装カバーに身を潜める白鳥へと乗り移り、報告書類のデータを地球の捜査官本部へと、シークレット・ダイレクト通信。

 あとは、ステーションへ戻って偽装コンテナ船の出入り口をロックすれば、情報が自動でアリヤ捜査官へと伝わって、この惑星での仕事は完了だ

「さ、ユキ。セカンド・タカラブネ号へ 戻るよ」

「はぃ…くすん。白鳥ちゃん、また寂しい一人旅をさせてしまいますけれど…耐えて下さいね…ちゅ」

 宇宙を駆ける金属質な愛鳥の嘴へキスをして慰める少女の姿は、メヲタク視点ではメカヲタクの鑑だろう。

 マコトとしては。

「ユキ、そこ、融合カノン砲ガルバキャノンの発射口だよ」

 銃口の前に自ら出るとか、捜査官の訓練でダメと叩き込まれた常識だった。


 セカンド・タカラブネ号のスタッフ専用乗船口には、休暇を楽しんだというか、助っ人組ではなかったコンパニオンたちが、再乗船をしている。

 現在、ピーリンカ時刻にして午後の九時過ぎ。

「出港に 間に合いましたわ♪」

「うん」

 リングでの乗船手続きを済ませると、泊まり慣れた部屋へと向かう。

 ドアの前に立つと、中から三人の楽しそうな声が、漏れ聞こえていた。

 聞き慣れた声は元気で笑っていて、しかも、口調のややモタモタしい感じ。

「…ユキ」

「…宴会 でしょうか?」

 入室をすると、部屋の中央にて、三人娘がお酒で乾杯をしていた。

「ただいま 戻りました」

 マコトが挨拶をすると同時に、気付いた三人が、酔った笑顔で迎えてくれた。

「あらぁ~♪ マコちゃんユキちゃん、おっかえりツノ~♪」

「ギョギョっ。いつの間に部屋へ? ぷくくくくっ♪」

「かちゃりん。休暇ハ 楽シメタカシラ? フフフ…♪」

 酔っているとはいえ、前後不覚という事はない様子だ。

 ツインホもリュグもソフティも、ユキが例えた宴会みたいな満面の笑顔で、テーブルの上にはお酒だけでなく、おつまみやケーキまで乗っている。

「お姉さま方、なにか良き事でも おありになったのでしょうか?」

 荷物を置いたユキが尋ねると、三人は顔を見合わせて、にこ~っと笑い合い、そして嬉しそうに話してくれた。

「うっふっふぅ~♪ あのね~、昨日の夜なんだけどツノ~♪」

 助っ人組として、富豪たちとのデートを努めていた三人は、昨夜のお相手に、かなり気に入られたという。

「かち。ソノ富豪ガネ、今度製作スル映画ノ 筆頭すぽんさーダッタノヨ♪」

 三人一緒のデートだったけれど、その富豪男性は、埋もれている役者の卵を発掘するのも趣味なのだという。

「なるほど。ああ、それはつまり」

「ギョギョっ。マコちゃんの考えた通りなのですっ♪ こん回のクルーズが終わったら『映画のオーディションを受けなさい』と、なんとっ、名刺を貰ってしまったのですよ♪」

 しかも富豪男性は、三人へ普段から注目をしていて、ベッド前のタイミングでキビしい視線にて裸身から簡単な演技までチェックをして、名刺をくれたのだという。

「まあ、それでは お姉さま方♪」

 三人の宴会の理由が、ユキにもマコトにもわかった。

「オーディションの合格 間違いなし。ではないですか♪」

「まぁ~、そこは~、受けてみないと解らないんだけどツノ~♪ でも~、チャンスを貰えただけで、大変なチャンスツノよ~♪ うふふふふ~♪」

 嬉し酔いなお姉さまたちは、喜びで言葉が纏まっていなかった。


                    ~第二十三話 終わり~

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