☆第二十話 現地捜査官☆


 少々汚れた中古っぽい外装の内部は、白鳥が収まるギリギリの広さではあっても、中型航宙船が隠れている程なので、人間にとっては幅だけでも二百数十メートルはある。

 外装の出入り口のロックを外したユキは、出入り口から続く偽装の通路空間を綺麗に泳いで別の入り口のロックも鼻歌で解除をすると、そのまま飛び込んだ。

「白鳥ちゃ~ん♪ 寂しくさせてしまって、ごめんなさい~♪」

 再会の喜びで涙声のユキを、通常歩行みたいな速度で追ってきたマコトとアリヤ捜査官は、白鳥の嘴の根元へ身を寄せて頬擦りをするユキを見つける。

「いた」

 マコトとしては、想像と言うより「こうなってて当たり前」な光景であり、そして男性捜査官は、別なる光景に驚かされた。

「これが…噂に聞いた『ホワイト・フロール号』ですか…っ!」

 白銀色の白鳥は、外装を支える超硬質ワイヤーで各処が繋がれていて、まるで罠に掛かった渡り鳥のようにも見える。

 全てのワイヤーはユキの計算で張られているので、本体の動きに対してタイムラグ無く追従するうえ、白鳥本体には全く傷を付けないという徹底っぷり。

「実物は初めて拝見しましたが…本当に、美しい航宙船ですね…っ!」

 外観も曲面のみで艶やかに造成されていて、専属者たちが接近した事により、センサーとプログラムで反応をして、全体の視認灯が小さく輝いていた。

 その姿は、漆黒に浮かぶ華麗にして優雅な金属の白鳥であり、アリヤ捜査官が見惚れるのも、無理は無かった。

「うふふふ~♪ 曇り一つ無く 今日も綺麗ですわ♪」

 まるで、命あるペットへ話しかけるようなユキ。

 そんな純粋なパートナーに、マコトは愛しい感情を覚えるものの、初対面なアリヤ捜査官は、引くのではないだろうか。

「ユキは、特別に愛着がありまして――」

「あのっ――わわ私もっ、撮影させて戴いてっ、宜しいでしょうかっ?」

 気を遣うマコトへ向けて、男性捜査官は、まるで少年のようにキラキラした眼差しで、自前のカメラを両掌持ちしている。

 太古より脈々と受け継がれる、鉄道ヲタクや船舶ヲタクの仲間「宇宙船ヲタク」の熱い血が、激しく騒いだ感じに見えた。

「ぁ、はい。どうぞ」

 マコトも虚を突かれたけれど、ある意味でユキ以上のヲタクもそうそういないので、対応には困らない。

「ぁあぁっ、ぁ有ぁり難う御座いますぅっ! 実は僕っ、宇宙船が三度の飯より大好物なものなのでしてっ!」

 喜びと興奮で地が出ている事にも気付かず、アリヤ捜査官はカメラのレンズ越しで空間と距離を意識しながら、無重力空間を自在に弾みつつ、白鳥の写真を収めてゆく。

「うはは~っ! ホワイト・フロール号っ、なんって美人なんだあぁっ!」

「白鳥ちゃ~ん♪ 白鳥ちゃん成分を、補給させて下さいな~♪」

「………」

 それぞれの感性を否定はしないけれど、ユキで見慣れているとはいえ、ヘビヲタ二人がはしゃいでいる現場にいると、ノッてない自分の方が異質なのでは、という気持ちにもなるマコトだ。

「ユキ。内部チェックは?」

 抱き付いて惚けて、後々のクルーズ船で「内部チェックを忘れておりましたわ!」とか慌てても時遅しなので、マコトが注意。

「ハっ――っ! マコトのご忠告の通りでしたわ!」

 正気に戻ったユキが、白鳥のロックを解除してコックピットへ乗り込むと、チェック作動を素早く走らせる。

 マコトも乗船をすると、なんだか家へ帰って来たような、不思議な安心感を得たり。

 扉の外から、か細くて遠慮がちだけどワクワクを隠せない男性のボイスが、静かに聞こえる。

「…ぁの~…」

 宇宙船ヲタクとしては、初めて直視をした白鳥へ、ゼヒ乗船がしたいのだろう。

「あ、はい。どうぞ」

「しっ、失礼いたしますですぅっ!」

 マコトからの許可を得て、男性ヲタク捜査官が礼儀正しく一礼を航宙船へと捧げ、内壁へ身体の一部でも触れさせないように静々と、最大限の注意で浮遊乗船をしてきた。

「…ぉぉおおお…っ! 僕はいまっ、ホワイト・フロール号の中にいぃ…っ!」

 同種の血が呼び合うのか、アリヤ捜査官へ向けて、ユキが自慢を隠さない愛らしいドヤ顔で、誇る。

「如何でしょうか?」

 年下小娘の愛らしい自慢顔に、しかし同類の男性は、感涙で応えた。

「っくううぅぅ~っ! 容姿端麗だと写真で見て感じてはおりましたがっ、目の前で拝見した際の衝撃たるやっ! しかも内部のコンソールの並びと来たらっ、またぁ…っ! 宇宙船ヲタ人生二十年のこの僕ですらっ、これ程までに心が震えた美麗航宙船はっ、後にも先にもこのホワイト・フロール号だけっ! ですぅっ!」

「まあぁ、お目がお高く…♪」

 二十代前半だと聞いているので、アリヤ捜査官は、物心ついた頃からの宇宙船ヲタク。

「…まさに 紛う方無きヘビヲタですね」

 つい言ってしまってから、もしかしたら失礼かも。

 と焦ったけれど、言われた当人は、むしろ大喜びだ。

「はいいっ! お褒めに預かりっ、光栄でありまぁすっ!」

 二十代前半の男性の、ヲタク認定に対する涙目での敬礼とか、生まれて初めて戴いた。

「あっ、あのっ、ユキさんっ! ぶしつけでありますがっ、少々っ、知的好奇心を満たさせて戴いてっ、宜しいでしょうかっ?」

「はい♪ お答えを申し上げられる範囲でありますれば♪」

 ヲタク同士の熱い語らいが始まって、マコトは、美しくアンニュイな生欠伸をしてしまった。


「それで ユキ。どう?」

「はい♪ 夕方までには、完成をさせて ご覧に入れますわ♪」

 白鳥成分をタップリと補充をしたユキは、白鳥内部へ勝手に用意している簡易製作スペースにて、新たなドロイドを製作し始める。

「なっ、何を製作されるのかっ、ゼヒっ、この目で拝見したかったのですが…っ!」

 メカヲタクなユキとヲタク投合をした宇宙船ヲタクなアリヤ捜査官は、泣く泣くホワイト・フロール号から退出。

「それでは アリヤ捜査官。例の件を 宜しくお願いいたします」

「…っ! は、はいっ! ぁ明日の昼にはっ、ご報告に上がらせて戴きますっ!」

 さっきまでヲタク精神が解放されまくっていた男性捜査官は、中性的な王子様のようなマコトの、上品で飾り気が無いのに輝くような敬礼を受けて、また緊張をした。

 航宙船の外までアリヤ捜査官を見送ったマコトは、ステーションの購買コーナーで軽い昼食やドリンク等を購入して、また白鳥へと戻る。

「ユキ、お昼 買ってきたよ」

「は~い」

 返事はするものの、メカいじりを始めたユキが、ちゃんと話を聞いているなんて事は無いと、十分に理解をしているマコト。

 豪華客船セカンド・タカラブネ号に於ける密輸品は、地球本星から出発した際には、既に搭載されている可能性が大だと、資料にはあった。

 しかし潜入捜査を開始したマコトとユキは、コンパニオンの生活ブロックやイベント会場ブロックなどから、カーゴ・ブロックが切り離された構造たと、実際に乗り込んでみて確認が出来たのである。

 念のためにとユキが用意をしていた、壁の中を捜査するネズミ型ドローンでも、調査出来る程にまで船倉ブロックへ近づく事が、叶わなかった。

 自作メカの捜査能力以上の難所を目の当たりにして、ヲタクの血が闘志を燃やしたユキは、マコトが提案をした新たなる捜査計画に、全力で乗っかっているのである。

「それで、どんなドローンを 作っているの?」

 マコトの計画は、このステーションの捜査官に強力を仰いでセカンド・タカラブネ号へ荷物を搬入する、あるいは物品を販売した業者さんの荷物へと、別なる捜査ドローンを侵入させて船倉内部を捜査する。

 という計画だった。

 その為には、ユキの手で新たな調査ドローンを用意する必要があったのだ。

 コンパニオンの休暇を利用した、今回の下船の一番の目的は、それである。

 マコトの問いに、ユキは愛らしく無垢な笑顔で応えた。

「うふふ♪ きっと、私の生涯でも 二度と製作をする気持ちが起きないであろう事は、確実ですわ♪」

「?」

 輝く純粋なお姫様の笑顔と、言葉の内容が、一致しない気がする。

 マコトは、買ってきたサンドイッチを一口囓り、そのままユキにも一口囓らせつつ、更に問う。

「んむ…ネズミ ではないの?」

「ぁむ…んふふ♪ マコト、お食事中は 返答が出来かねますの♪」

「ふぅん…?」

 サンドイッチもドリンクもシェアしながら、マコトはユキの熱中工作を見守り続けた。


 そして、ピーリンカ時刻の午後六時に、ユキが宣言をしたとおりに、新しい調査ドローンを完成させる。

「出来ましたですわ♪ さあマコト、ご覧になって♪」

 ユキが満面の笑顔を油で汚しながら、完成させたドローン郡を両掌へ乗せて、見せてくれた。

 そして目の前へ差し出された、ワサワサと蠢く黒いドローン郡が何なのかは、製作現場を見守っていたマコトには、もう解っている。

「ぅ…かわいぃね…」

「うふふ♡」

 七時間強でユキが急ぎ完成をさせた調査ドローン郡は、太古より女性たちの間で最も恐怖され忌み嫌われている、隅っこの黒き侵略者「G」形だった。

 小さくて白いユキの両掌の上で、長さ六センチ程の黒いボディーを油っぽく艶めかせ、何体も統率なく這い回っている。

「………」

 ユキが製作したメカだという事は理解をしているマコトだから、実物ほどの嫌悪など無いけれど、メカヲタなユキらしく、とにかく造形がリアルに過ぎるのだ。

「この再現度こそが、技術者魂の最たる所以ですわ♪」

「…そぅだね」

 ユキの王子様な美顔が、またアンニュイな笑顔を魅せた。


                    ~第二十話 終わり~

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