☆第二話 主任からの相談☆


 有給明けの挨拶とお茶を終えたマコトとユキが、ソファーから立ち上がる。

「それでは、クロスマン主任」

「私たちは、本日より指定された宙域の パトロールへ出発をいたします♪」

 綺麗な敬礼を捧げる二人へ、クロスマン主任が、別なる用件を話し始めた。

「ああ、その件についてだが…二人に相談したい懸案が 出来たのだ」

「相談、ですか…?」

 上司からの、指令ではなく相談とは。

 思わず美顔を合わせたマコトとユキは、促されて、再びソファーへお尻を下ろした。

「相談…で 御座いましょうか?」

 怪訝そうな二人の、それでも美しい少女顔を、平常心の真顔で見つめ返しながら、美中年のクロスマン主任は、優雅に語る。

「うむ…キミたち二人は、ギャラクティック・エスポワール・クルーズという会社を 知っているかね?」

「ギャラクティック・エスポワール・クルーズ ですか…?」

 十七歳の美少女とはいえ、現役捜査官である二人は、事件絡みかと察すると、長い名前も一度で記憶。

 考えても「どこかで聞いたことがある」程度にしか思い当たらないマコトに比して、ユキはすぐに思い出した。

「はい、存じ上げておりますわ♪ 銀河各処を巡る、様々なクルーズ・ツアーを企画及び運営をされている、大手の旅行会社ですわ♪ ツアーメニューは、専用大型豪華客船で銀河の各惑星を巡る『看板の銀河一周ツアー』から、地球連邦国家と良好な関係のある惑星国家を巡る『銀河世界ツアー』などの豪華な船旅や、特種な惑星の特種なお食事メニューを味わい巡る『珍味寄食ツアー』まで、広く旅行事業を展開されおりますわ♪」

 マコトへも向けられるその視線は、ワクワクを止められない素直なお姫様のように、キラキラしている。

 オシャレもお菓子も旅行も大好きなユキは、長期休暇前の夜になると、どこからか集めてきたパンフレットをベッドへと拡げ、マコトに見せながらアレコレと計画を立てるのが楽しいのだ。

「あぁ、思い出した。たしかボクも ユキの集めたパンフレットで、見た覚えがあったよ。それで 主任、その旅行会社が何か…?」

 二人揃って上司へ尋ねると、美中年主任は悩ましげな表情で、静かに告げる。

「ふむ。さすがは よく調べてあるね。さて、そのギャラクティック・エスポワール・クルーズ社について だが…ここ数年の、会社としての成長率が なかなか香ばしい。という情報が あってね」

「………」

 いつの時代も、会社が大きくなればなる程、裏側に秘めたくなる事情も出てくるのが、人の世の常である。

 もちろん「それら全てを正直な商売だけにせよ」と取り締まるのは、あまりにも理想論が過ぎるというものだろう。

 もの凄く簡単に例えれば、付き合いのあるお店の店主が、ちょっとサービスしてくれる行為を「他の人たちに公平では無い」と告発するのも、如何なモノか。

 という心情が大きくなれば、会社ぐるみでのグレーゾーンも出てくる。

「…そんな範囲を 逸脱している…」

「その証拠を、情報と照らし合わせる為にも押さえたい…。という懸案だね」

 件の会社が、社会常識のレベルを越えた不正行為を働いていて、しかも通産省などの管轄ではなく、ここ「対外特別捜査部 第二特別捜査課」へ持ち込まれた、という事は。

「違法な物品の蜜輸出入…という お話でしょうか…?」

「そうだね」

 マコトもユキも、見つめ合って、黙って頷く。

 第二特別捜査課が扱う懸案ならば、捜査の流れによっては、荒事になる。

 という可能性が大なのだ。

「それで、クロスマン主任。ボクたちへの相談 というのは…」

「ふむ。明後日の 地球標準時間にして、十八時三十分。地球本星の外宇宙行き宇宙ステーションより、銀河系一周クルーズツアー豪華客船『セカンド・タカラブネ号』が、長期の船旅へと出発をする。ツアー期間は六ヶ月。宇宙航路は 地球連邦領界のみであり、寄港惑星は計にして十三港だ」

「つまり、地球領内の観光惑星を巡る、長期の船旅 なのですね」

「その旅行に、何か不審な点が…?」

「うむ。情報によれば…ギャラクティック・エスポワール・クルーズ社は、それらツアーメニューを隠れ蓑として利用し…テロリストたちへの武器運搬を、請け負っている」

「武器の密輸 ですか」

 マコトたちの理解に、主任は静かに頷いた。

「捜査としては、定石通りに潜入捜査部が受け持っていて、我々は 証拠発見後のクルーズ船に対する強制捜査をする。という手筈であったのだが…」

「「………こくり…」」

 潜入捜査がバレたのかな。

 捜査官のお命は、ご無事なのでしょうか。

 緊張する二人は、思わず息を飲んだ。

「明後日に潜入捜査の指令を受けていた女性捜査官が、不慮の事故により脚部を負傷し、捜査に支障が発生したのだ。そして、潜入女性捜査官が代役として 指名をしたのが…」

「ボクたち…」

「…というお話でしょうか?」

「うむ」

 つまり、負傷した女性潜入捜査官の代打として、マコトとユキが、捜査官本人より直々に指名を戴いた。

 という話である。

 マコトもユキも、懸案には納得出来たものの、腑に落ちない部分があった。

「…それで、クロスマン主任。なぜ ボクたちへの指令ではなく、相談なのですか?」

「マコトの言う通りですわ。私たちは、クロスマン主任の指令とあらば…いかような任務でも 全力を以て解決に臨みますもの」

 部下たちの熱い決意と信頼に、クロスマン主任も優しく頷いて、美しい理解の笑顔。

「うむ…。担当をしていた潜入捜査官が女性である事…。そしてその捜査官が直々に、キミたち二人を指名してきた事…」

 キミたちなら察する事が出来るだろう。

 というクロスマン主任からの信頼の視線に、マコトもユキも、すぐに思い当たる。

「…荒事になる。という可能性が大…」

「…なのでしょうね」

「うむ。違法搬送物が殺傷能力のある武器であり、また依頼者がテロリストと察せられている以上…潜入捜査が順調に進まない限り、ほぼ間違いないだろうね」

 主任は「二人に相談」と言っていたが、切れ長の眼差しが確信めいた光を見せているのだから、いわゆる「オカルトレベルの直感」が働いているのだと、二人にもわかった。

 マコトとユキは、目配せで頷き合って。

「了解いたしました。今回の潜入捜査の件」

「謹んでお受けいたします」

 人々の平和と安心を脅かす犯罪は、絶対に許さない。

 尊敬して止まない祖父たちへの敬意と共に、二人の正義感が燃え上がる。

「うむ。引き受けてくれると思っていたよ。それでは、資料を渡そう」

 主任がテーブルのボタンを操作すると、二人の前に、資料が出力された。

 資料の第一面は、件の客船とクルーズメニューに関する情報である。

「捜査対象の 豪華クルーズ船、セカンド・タカラブネ号」

「随分と大きな客船ですわね。総乗客数、二千名?」

 総乗船者数ではなく、乗客の人数だけで二千人という事は、スタッフも五千人以上はいるだろう。

「この商品の購買層は、いわゆる富豪と呼ばれる階層の人々であり…船内は大規模な遊興設備が 多種多様に用意されている…という話だ」

 資料に含まれている会社のパンフレットでも、そうだろうと解りやすい程の装飾が施されていて、宇宙船も巨大で華やかな外観である。

「裕福層がお相手ですと…遊興設備はやはり グレーゾーンなカジノなどが主…なのでしょうね」

 と、ユキはマコトへ振る。

「だろうね。ファミリーアニメを上映しても、お客様が富裕層限定なら 欠伸しか出ないだろうし」

「ふむ。キミたちのその想像は、正解だと言えるだろうね。パンフレットの規約を 確認してくれたまえ」

「規約…?」

「ですの…?」

 ページを捲ると、クルーズ参加者の条件として、一定以上の収入や資産などが明記されていて、かなりの裕福層向け商品だとわかるし、それに。

「あれ…ユキ、年齢制限だって」

「…乗船可能年齢、十五歳以上」

 いわゆる、R指定な船旅らしい。

「地球人類種の年齢に換算すると、という事であろうが…つまり この銀河一周クルーズに於ける遊興とは…グレーゾーンな賭博行為だけではなく、いわゆるコンパニオンの露出過多…程度はユニフォーム。といったところだろう」

 と語る上司の眼差しは、全くふざけている様子などなく、むしろいつも通りに冷静沈着。

 マコトもユキも、美顔を見合わせて、考えた。

「あの…つまり このクルーズ船で働く女性のコンパニオンたちは、みな大胆な露出の制服でサービスに従事する…という事ですか?」

「うむ」

 潜入捜査に関して、ユキにとってはとても重要な確認をとる。

「コンパニオンへ 着用を命じられる大胆なる衣装とは、やはり…肌の露出が全年齢対称の店舗などとは、比較にならない程の…という可能性も…?」

「うむ。先任の潜入捜査官が女性であった事…なども考慮をすれば、まず間違いは無いだろうね」

「「………」」

 二人の頭の中で、良くてハイレグなバニーガールくらい、最悪でトップレスなバニーガールスーツを纏った自分たちが、思い浮かぶ。

 そして、とにかくファッションに目が無いユキは、恥ずかしい衣装でもワクワクキラキラと、純粋にタレ目が輝いていた。

 マコトは、ある意味で最も大切な質問をする。

「…ぁの…」

「うむ。年齢制限が 十八歳ではなく十五歳…。つまり、コンパニオンに対し、運営側がベッドでの接客を強制するような事はない。という意味だろう」

 運営としても、社会的な信頼という意味で、その点に間違いはなさそうだった。


                    ~第二話 終わり~

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