☆第一話 休暇明け☆
地上百六十階とそびえる本部ビルの七十階が、特別捜査官たちの所属する第二捜査本部のフロアである。
マコトとユキは、地球連邦警察対外捜査部の特殊捜査官であり、二人で「ユニット・ホワイトフロール」として、地球領界のパトロールや犯罪捜査に従事していた。
本部フロアへの高速エレベーターの中で、マコトのネコ耳が伏せられ、中性的な美顔もアンニュイに曇る。
「…主任の元へ向かうの なんだか緊張してしまうよね」
「で、ですが…今回は有給休暇ですし。ぃいつものような事態は…」
パートナーの素直な感想に、ユキのウサ耳も正直にペコんと折れて、お姫様のような愛顔も焦燥で上気した。
犯罪抑止力としての二人の実績は、その美貌や名声だけでなく、特殊捜査官ユニット・ホワイトフロールとしても、高い事件解決能力が証明している。
ただ、高いというより高すぎるとの謂われもあり、それは、二人が追い詰める犯罪者たちの大半が、宇宙の藻屑と帰してしまうからだ。
「…全て、正当防衛ですわ」
「そ、そうだよね…うん」
別に、何が楽しくて犯罪者を塵と化しているワケではない。
特に大物犯罪者や裏組織のボスたちが、過剰に抵抗をしたり逃走したりをするから、自分たちの身を守る意味でも反撃をしたら、殆どの犯罪者は物理的に消滅する結果となってしまっているだけだ。
と、二人は信じている。
それでも、戦闘状態になると判断された場合には、近隣の領界惑星へ申告を上げるのが規則であるけれど、二人はよくそれを忘れて戦闘に入り、結果的に犯罪者を死刑執行。
捜査官としての基本をしょっちゅう疎かにしてしまうドジっ娘捜査官たちは、毎回のように、帰還した後で上司から説教をされてしまうのだ。
「と、とにかくですわっ。本日は、有給休暇のお土産を持参して、ご挨拶へ伺うだけ、ですものっ!」
「うん、叱られる謂われは、ないよね…!」
二人は、身に覚えの無い説教というか、ともすれば忘れているかもしれない失態への説教を恐れながら、第二捜査本部へと出勤をした。
「お早うございます」
「お早う御座います♪」
マコトとユキが挨拶をすると、本部にいる先輩捜査官たちが、みな笑顔で挨拶を返してくれる。
「お、出てきたな」
「マコト、ユキ、お早う♪」
「よぉ、休暇は楽しめたか?」
男性の先輩たちは、大胆制服の二人を、尊敬止まない大先輩の孫娘であると同時に、第二捜査本部の妹みたいに感じていて、二人の出勤を喜んでくれた。
女性の先輩捜査官たちは、二人の特別スーツ扱いにモヤモヤ…する事もなく、やはり姉のような接し方をしてくれる。
プロポーション的にも二人を認めているというだけでなく、さて自分があんな露出過多なスーツを着ろと言われても恥ずかしすぎて無理なので、逆に嫉妬心も湧かないのだ。
何より、年下のマコトとユキは捜査室の先輩たちへの敬意を常に忘れず、礼節も正しく努めている点も、先輩たちに好かれていた。
「田舎のお土産です♪ お口に合えば 宜しいのですが♪」
「あ、先輩、お帰りなさい。お土産を、宜しければ」
「おー、マコトもユキも、有給終わりかー」
徹夜明けで本部へ戻ってきた先輩たちへも、二人は挨拶を忘れず、自らお土産を配って廻る。
お土産の種類としては、地球人のみだった太古の昔から現代の地球旅行者の他惑星人たちに至るまで大人気が続く、奇跡の商品「オンセン・マンジュー」と「サンダー・オーケスタラー」を購入していた二人。
甘い系としょっぱい系で、好きな方を選んで貰えるからだ。
今日から二人は、また別の宙域をパトロールする任務がある。
特殊捜査官は、受け持っている懸案が現在進行形で無い限り、パトロールも任務である。
銀河での知名度を考慮すると、パトロール情報だけでも、犯罪抑止に繋がるのだ。
特に、犯罪者たちから、やれ「地獄の徒花ズ」だの「ブラッド・ビッチーズ」だの恐怖と悪意を混ぜ込んだような徒名で呼ばれる「ホワイトフロール」である。
並の犯罪者なら、二人のパトロール宙域から尻尾を巻いて逃げ出すか、裏社会での功名心を欲するイカれ特攻犯が突撃してきて返り討ちにされるか。
の二択だったり。
「それでは」
「主任へ ご挨拶に向かいます」
先輩たちへ綺麗な一礼を捧げると、二人はフロア最奥の一室にして、二人が銀河で唯一恐れる上司「クロスマン主任」の主任室へと、歩を進めた。
扉の前へ立ち並ぶと、緊張で息を飲む。
「んん…それじゃあ ユキ」
「ぇぇ…マコト…っ」
二人のケモ耳も尻尾も、怯えと緊張でピンと立ち、珠の素肌にも一筋の汗が。
「…失礼いたします。ユニット・ホワイトフロール。ハマコトギク・サカザキです」
「同じく、ユキヤナギ・ミドリカワ・ライゼンです」
無意識に、先輩たちへの挨拶よりも小声で、しかも僅かに上ずった挨拶。
主任室の扉は濃いブラウンという落ち着いた色合いだけど、全体カメラやマイクやスピーカーから、X線走査やマジックミラーなど、多様な機能を備えている。
なので、二人が出勤してきた時点から扉の前へ立っている現在まで、主任には確認可能であった。
『入りたまえ』
扉のスピーカーから、落ち着いた優しい大人の男性ボイスが返ってくると、二人はまた息を飲んで、入室をする。
「…失礼いたします」
「…失礼、いたします…」
マコトに比して、ユキはまだオドオドしていたり。
扉が開けられ二人が進むと、大きな黒い主任デスクでは、二人の上司であるクロスマン主任が、報告書に目を通していた。
「すまない、少しだけ 待っていてくれたまえ」
「「はい」」
真剣な眼差しで書類に目を通しているクロスマン主任は、緩やかな艶めく黒髪に切れ長の眼差しと長い睫毛、高い鼻筋や薄い唇が、逞しさを感じさせる凛々しいフェイスにバランス良く収まっている、美中年である。
黒いスーツはシンプルで飾り気が無いけれど、相当に高級なオーダーメイドだと、ファッションに明るいユキは、見抜いていた。
高い身長にバランス良く引き締まった身体は、日頃の鍛錬を確信させて、静かな口調は低くて甘い男性のボイスを、魅惑的で流暢に相手の耳へ届ける。
優雅な所作からの、しかし頭脳は明晰にして、犯罪に対してはオカルトレベルで直感が冴えるという、ナゾに優秀だったり。
そして何より、落ち着いて穏やかな性格は、部下たちの仕事意欲を自然と高める。
激怒したり声を張り上げている場面など、誰も見たことも聞いたこともない程の、平和主義者なクロスマン主任だ。
そんな上司を、二人が恐れているのは、単に二人のドジ属性にある。
主任は、部下の失態を激しく叱責する人物ではない。
しかし、叱るべき時は静かに穏やかに、いつも通りの表情と声色で、身の毛もよだつ程の「圧」をかけてくるのだ。
二人が捜査官になったばかりの頃も、やはり失態を繰り返してしまい、それでも三度目までは、口頭注意で済まされていた。
しかし、犯人確保の前に報告を怠るなどの更なる失態を重ねた時、二人は初めて「クロスマン主任の圧」を体験させられたのである。
先輩たちから聞かされていた、噂の圧は、穏やかな上司にしてまるで魂が縮こまる程の、静かなる絶対恐怖なオーラを放っていた。
二人は、捜査官になって初めて「正しい人物による本当の怒り」を体感し、そして心を入れ替えて、捜査官の規則を厳重に順守する事を、共に誓った。
筈なのに、今でもしょっちゅう失態を繰り返し、クロスマン主任の圧に怯えるケモ系美少女たちである。
圧を受けるようになって唯一の長所というか、クロスマン主任の圧に比べれば、犯罪者たちの恫喝など、そよ風にも満たない感じ。
むしろ、普通に冷静に対処出来るようになった事だろう。
主任からの叱責が余りにも多い二人は、今回のような有給の報告ですら、自分たちが忘れている失態を叱られるのではないかと、つい身構えてしまうのであった。
「? どうしたのかね。遠慮をせず、腰掛けてくれたまえ」
主任デスクの正面に設置されている、テーブルと対面の長ソファーへと、大きくてしなやかな掌で指し示す主任。
「はぃ…。あ、えぇと…」
「クロスマン主任、お口に合いま…すでしょうか…」
ネコ耳もウサ耳もそれぞれの尻尾も緊張でピンと張ったまま、お土産を進呈する。
「おぉ、これはありがとう。私の好物な、トーホクお漬け物セットとは。今晩の酌が 楽しみだよ」
と、圧など微塵も無い、温かい笑顔を見せてくれた。
(…主任、怒ってないね…)
(えぇ…私、心の底から 安心を致しましてよ…♪)
魂からの安堵をして、小声と目配せで納得をし合うと、ユキは特に上機嫌となる。
「クロスマン主任、今、紅茶を御用意いたします♪」
「ああ、すまないね」
主任は、二人が失態をしない限り、とても温厚で穏やかな対応のままでいてくれる。
マコトもユキも、そして第二捜査室の先輩たちも、そんな主任へ、絶対的な安心感と信頼を寄せているのだ。
「ボクも 手伝います」
マコトも緊張が無くなって、主任室のティーセットから、三人分のティーを煎れる。
ユキが言い出した事だけど、ユキに任せたら不思議と大変な味になってしまうのだ。
暫くして、主任も書類を読み終えた。
「主任、お茶が入りました」
「ああ、ありがとう。休暇は 楽しめたかね?」
「はい。久しぶりに、故郷でノンビリと過ごせました」
「シュンビンマルちゃんも、相変わらず 元気にしておりました♪」
そういう会話が普通に交わせる程、職場の雰囲気は温かいのだ。
~第一話 終わり~
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