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「おじさん、願い事の変更ってダメ?」
俺はまた駅前の商店街で、シャッターを下ろした店に来た。
おじさんは「お?」と目を大きく開くと、片頬を歪める。
「おっぱいソムリエは飽きたのか」
「飽きたんじゃないの、おっぱい以上のことがしたいの」
恥ずかしいけどこれが本音だ。
同じ男ならきっとわかってくれるだろうと打ち明ける。
「おっぱいは今でも好きだよ、大好きだ。でも俺、童貞なんだよ。どんなにおっぱいを味わって、いろんなおっぱいで抜いてみても、なんだか虚しいんだよ」
「身も蓋もないな」おじさんは呆れたように笑う。
「筆おろしの相手が欲しいのか」
おじさんに言われて一瞬考えた。
初体験の相手が欲しい?
いや、そういうことではなく、多種多様な女と飽きるまで経験したい、きっと。
口にするのも憚られるのでそのままは言えない。
「今、特に好きな女とかいないけど……おっぱい触ってるとやりたくなってくるんだよぉ」
「プロのおっぱいソムリエになるのなら、無暗に手出しはせんもんじゃぞ」おじさんは鋭い眼光を向ける。
「プロって。俺、金貰ってないし」
「お前の場合、貰うどころか金払って等価だろ」
「金払って触らせてもらうなら、おっパブと変わらないじゃないか」
「おっパブより人材選択の幅が広いじゃないか」
おじさんは俺のハートを切り込んでくる。
下着の効力を利用して、気に入った女性のおっぱいを拝借している。相手が抱いた小さな好意を、道具の力で最大限まで拡張させ、無償で時間と体力を消耗させている。
わずかな好意を呼び水にことに及ぶ、行為の搾取。
「まあ、今まで強引に事に及ばなかっただけ、評価してやってもいいが。強引にしたら、兄さん取り返しのつかないことになるからな」
「犯罪は勘弁だよ。無理やりは萎えるし」
そこでふと、思い出した。
「ねえ、下着の効力が効いた女の人と両想いになったらさ、お互いの合意でできないの?」最後にゆかりさんとした時に切実に感じた疑問。
もし、両想いになれたなら。
もし、向こうが自分をいいなと思ってくれていたら。
「下着をつけてる限り、合意の元の行為などないぞ」
おじさんの答えは冷酷だった。
「ちょっとでも、ほんのちょっとでも俺のこと『いいな』って思ってるから、彼女たちは来てくれてたんじゃないの?」
「彼女たちがお前に向ける好意は、異性としての好意ではないこと、お前さんが一番気づいてただろ」
はい、わかってました。わかってました……が。
「その下着をつけてる限りは、あらゆる女の乳房を味わえる。だけどあくまで借りるだけだ。独占できるわけじゃない。彼女たちの真心もその行為にはない」
「このままじゃ俺、一生童貞じゃん」
「もう外すか?」
おじさんが大きなハサミを持っていた。
「首紐を切ってしまえば、効果はなくなる。お前が犯罪に走る前に切ってやろうか」
「それは、なんか惜しい。まだ……」
「それをつけてる限り、本番行為はできんぞ」
「でも、外したら誰も相手してくれなくなる」
酒も飲んでないのに、悩み過ぎて頭がぐらぐらする。
「『好きなおっぱいを堪能できるが本番なし』と『女と密接に交わる可能性は不確定だが本番の可能性あり』か。悩ましいのう」
おじさんは楽しそうに見ている。
「し、下着付けたままで、か、金払って、そういう店に行けば済むじゃん」
この発言は悪魔が俺の口を借りたのだと思いたい。
「それを付けている以上、本番行為は永遠に来ない。たとえ専門店に金を落としても、お前がことに及ぼうとすれば必ず邪魔が入る。それでも無理やりしようとしたら……」
「したら?」
「恐ろしくて言えん」
「一度極楽を見ちゃった人間に『地獄に戻れ』って、ずいぶん酷じゃないか?」
「さっきは本番行為ができなくて『おっぱい地獄』って言ってなかったか」
「もう、俺、わけわかんないんだよぉ」
おじさんの店から帰る道すがら、俺は考えていた。
俺はゆかりさんのおっぱいに惚れただけで、ゆかりさん自身に惹かれていないはずだ。
だったらこのまま下着を付けて、ゆかりさんのおっぱいだけを堪能し尽くせばいいじゃないか。
よく考えれば、俺は彼女の背景を全く知らない。一人暮らしの部屋だったから結婚はしてないだろうけど、もしかしたら彼氏がいたのかもしれない。
そうだ。ゆかりさんだけじゃない。
今まで高頻度でおっぱいを借りていた琴音ちゃんに、名前も知らない一回限りの通り過ぎた女性たち、いやまて、公園で出会った美人さんには旦那がいるかもしれない。
うーん、突然NTR案件になった。
俺が無意識に寝取っていたのか、参ったな~。
……ん? 違うな。
俺は彼女たちのおっぱいを拝借してるだけで、本番のできない男だ。
むしろ俺が気に入った女たちは他の男に寝取られている?
うう、混乱して意味がわからなくなってきた。
悩み過ぎておっぱい鬱になりそうな俺の前に、ポケットティッシュが差し出された。
ティッシュをくれたコンパニオンは、胸の谷間が強調される際どいチューブトップのワンピースを着用している。
俺は今どきチューブトップ?と思ったが、彼女のワンピースは白い布がぴたりと身体に張り付き、美しい曲線美を惜しげもなく強調しているので目が離せない。
コンパニオンをやる人はみんなモデルか、芸能人の卵だと聞くが、本当に迫力がある。
あんな芸術的なボディラインに、整った顔で輝く笑顔を向けられたら、ドギマギしてしまう。――よし、今夜は君に決めた。
俺はティッシュをくれたコンパニオンに、親切な人を装って声をかけた。
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