私にいい考えがある

 その笑顔は何よりも雄弁に陽子ちゃんの気持ちを語っているとは思ったけど、始めてしまった話を無しにもできない。


「うん、だからね。廊下を走らないとか、そういう感じの作戦。さっき聞いた感じは、ずっとやってたみたいだけど」

「え? ああ、そっか……私、無意識にそうなってたのかも」


 その陽子ちゃんの言葉に――戦慄、までは行かないけど背筋がゾワっとした。

 無意識ってことは、意識をしてないって事で、意識をしてないって事は、つまり菅野への作戦をやめようとしてるって事で、それは即ち……。


「――陽子ちゃん、菅野の事は諦めたの?」


 ギリギリのところで、壁際に陽子ちゃんを押し込むことが出来た。

 そのまま、顔を近づけて確認する。


 そうすると陽子ちゃんは泣きそうな声で――それがまた東山さんそっくり――私に訴えかけてきた。


「だ、だって、二人並んでる姿が本当にお似合いだと思っちゃったんだもん! 私、二人を見上げて、ああ私、全然関係ないんだって……」


 まさかの物理!

 それか地形効果! 地形の問題じゃないけれど!


 そこから話を聞いてみると、私が小澤を紹介した後に、学校で二人を会わせることが出来るタイミングがあったと。

 小澤め! 申告漏れか!?


 で、サッカー部に紹介することは決まっていたけど、それは菅野の援護があった方が良いのは確かなので、ざっと打ち合わせみたいなものをしたらしい。

 今の私たちみたいに、廊下で。事のついでで。


 その時に、陽子ちゃんは二人を見上げる状態になって、学校で言われていた「二人はお似合い」という評判を体感してしまったと。


 ……多分、この段階で小澤と菅野の間には火花が散っていたような気がする。

 だけど、陽子ちゃんはそれよりも物理的な距離で絶望していたのか。いや、私みたいに二人の間の剣呑な空気を、おかしな雰囲気だと思ってしまったのかもしれない。


 だから大体は小澤が悪い。


 ――いや、そんな事よりも。


「……それじゃあ陽子ちゃん。作戦を続けよう」


 私は強引に話を進めた。

 陽子ちゃんは、まだ菅野が好きみたいだし、菅野もなら、私が動いてもそう悪くはならないだろう。

 それなら小澤の言うように積極的に動いてみても良いのかもしれない。


 それに陽子ちゃんは諦めようとしていたわけで、それも何だか納得いかないからだ。


「え、でも……私はその……廊下を走ってないよ?」

「ううん。それも続けてくれてもいいんだけど、これからやる作戦は別の方法」

「別? じゃあ、えっと……私は何をすればいいのかな?」


 そんな陽子ちゃんに対して私は丁寧に首を横に振った。


 ――これからの作戦では、陽子ちゃんは動く必要は無い。

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