バカが祟る

 私がそんな結論に辿り着いたのは……いわゆる希望的観測の結果なのだろうか?

 菅野もまた陽子ちゃんを好きであってほしい、なんて結論は。


 その点、本性は人でなしで容赦の無い小澤なら、もっと厳しい考え方をしている可能性がある。

 だから私は答え合わせを待つように、首を縮こまらせて、小澤の言葉を待った。


 ――けれど、それが返ってこない。

 私は手を止めて小澤を見遣ると……。


「な、なに、その顔」


 と、思わず声に出してしまうほど、小澤は愉快な顔をしていた。

 美人が台無しだ。


「……あのさ、オフサイドの場合だと攻撃側と守備側があるじゃない」


 そしてそんなことを言い出した。

 こいつも私と同じところで引っかかってるらしい。


「あるけど、その辺りのややこしいところまでは考えないことにすることにしたんじゃ?」


 バカの思いつきには付き合わない。

 そう決めたのは、ついっさっきのことだ。


「それはそうだと思うんだけど、事が肝心な気持ちの問題なのよ? そこは何かしら言いたいことが含まれてるって考えた方が良い気がして」


 それもわかるけれど。

 試しに小澤に付き合ってみる。


「一対一がズルなわけでしょ? そのズルで得してるのは攻撃側。って事は菅野の方なんじゃ?」

「それだと西村さんが守備側? それをズルでなくすためには攻撃側が、先走りしないようにすること。という事は、告白するなって事?」


 あ、やっぱり点を取る、は、告白する、とか、付き合い始めるって事だと小澤も解釈してるみたい。

 他に考えようが無いとも言えるけど。


 私はそれで、小澤も私と同じように「菅野も陽子ちゃんを好き」という結論に至っているのだろう、と察することが出来た。


 けれど、小澤はよほど考え続けたのか、


「そもそも。オフサイドが笛を吹かれるのって、一対一になってる攻撃側じゃなくて、一対一になるタイミングでパスを出した選手に笛が吹かれるのよ。そうだとすると、守備側から考えた方が――」

「小澤」


 私は「小澤」の名を強く呼んだ。

 何なら、両肩を強くつかんで揺さぶってやっても良かった。……そんな親切なことはしないけど。


「そこまで考えてないって。それが正解。事がデリケートだから慎重になるのもわかるけど、ここは単純に考えよう。やっぱり自分の気持ちを直接言いたくないから、菅野はおかしなことを言い出した。それですっきりするでしょ?」


 結局、自分への気休めで小澤を説得する形になってしまった。

 でも、これが正しいと思うんだけどなぁ。攻撃側とか守備側とかまでは考えなくても。


「……そうね」


 小澤も憑き物が落ちたように、私の言葉に頷いた。


「菅野君は西村さんを好きみたいね。……ああ、でもバカが本当に祟ってくるわ」


 ……憑き物は落ちてないかもしれない。

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