逃亡を選択

 江上の指摘で、改めてサッカー部の周りに目を向けてみる。

 だけど、こっちは隠れている身。どうしたって限界がある。その上――。


「西村って、小さいからね。どこかに座ってたらわかんないわね」


 そうなのだ。

 では、確認するためにもう少し近づくという方法が当然考えられるわけだけど……。


 江上はトネケンそっくりの髪がとにかく目立つ。

 加奈は恰幅が良くて押し出しが強い。


 両方ともスニーキングミッションに向いているとはとても証言できない。

 かといって私は小澤さんと向かい合って座ったことがあるから、しっかり顔を覚えられているに違いない。


 顔を知られているという事は、あっさり見つかる可能性が高い。

 いやそもそも、こっそりとする必要が無いのでは?


 ……という、当然の疑問が出てくるわけだけど……。


「…………」

「…………」

「…………」


 全員一致で、堂々と陽子ちゃんを探しに行く。ひいては小澤さんやサッカー部にあいさつする、というミッションはスルーと決定した。

 それなら次善の策が必要。それかこのまま帰るか……。


「なぁ、最初から西村さんが来ない予定だったとか?」


 多分、私と似たような考え方をして、江上がその可能性を指摘する。

 その可能性があるのなら、確かに帰っても良いのかもしれない。


 だけど今、このショッピングモールの屋上がサッカー部への初取材なら陽子ちゃんは現れるはずだ。必ず。


 なのに陽子ちゃんはいない。

 これは間違いなく変だ。


「あ~~、そろそろ約束の時間みたいね。スマホ引っ張り出してるのもいるし、ちょうどそんな時間だし」


 加奈に言われて確認すると、確かに現在午後六時半。

 待ち合わせのための時間指定なら、無意識にでも丁度か半を選ぶだろうから……。


 いや、こういう場合陽子ちゃんはサッカー部と一緒に来るものだろうか?

 それとも小澤さん?


 そんなことを悩みながら、改めて小澤さんに意識を向けてみると……。


 何故か菅野をじっと見つめている。

 そして菅野も、そんな小澤さんを黙って見つめ返している。


 二人の間には確かに緊張が満ちていて、その理由を探すのなら……。


 そして私は思わず、その場から逃げ出してしまった。


「おい、中島!」

「いきなり何?」


 そんな私の背に、二人の慌てた声が追いかけてくる。

 だけど止まることが出来なかった。


 だって私はわかってしまったから。

 ずっとついて回っていた後悔は、やっぱり正しかったんだってことに。

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