文学界の漫画音痴

「時間をくれ、って言うのはもう少し証拠が欲しかっただけの話で、要するに時間をかけて検索したかったんだけど、出てこなかった」


 まず、江上はそう切り出した。

 それについては頷くしかない。大げさな話だとは思ったけど。


 次に江上は、


「で、お前たちるろ剣は知ってるよな? 『るろうに剣心』」


 と、確認してくる。

 これもまた頷くしかない。


 「るろうに剣心」は幕末に人斬りとして名を馳せた主人公が、明治時代に色々活躍する話だ。ざっくり言えば。

 確かに「凄剣」とは時代が被っている部分もあるけど……。


「俺の記憶だと、るろ剣絡みで一種の盗作騒ぎがあったんだよ。多分ファンがるろ剣の前日譚、というか京都での人斬り時代の話を小説にして、それが受賞してしまったんだ。何とか賞を」


 また、何とか賞か。

 私がそんな風にうんざりしていると、加奈がちゃんと反論してくれた。


「それは普通に盗作でしょ? るろ剣にその時代のエピソードあるんだから」

「いや、それは志々雄真実編が終わったあと描かれただろ。その騒動があったのは、まだ原作がそこに行く前らしいんだ。つまり設定だけで話膨らませて話を作った……みたいな状態らしい」

「それは……」


 私と加奈は少し考えこんで、ほぼ同時に同じ結論に達した。


「同人誌よね」

「薄い本だ」


 私たちの答えに江上は満足そうに頷くと、そのまま続けた。


「剣心はほら、特殊な流派だったり、小柄だったりという特徴があるだろ? そういう特徴を持った少年剣士が京都で戦う、みたいな内容だったみたいで、わかる人にはわかるんだよな。『これは“るろ剣”だ』って」

「でも、賞を選んだ人たちはわからなかった、ってわけね」


 加奈が綺麗にまとめてくれた。

 ちなみに「緋村剣心」というのが「るろうに剣心」の主人公だね。


「俺の知ってる限り、もう一つ漫画の内容を文字にしただけらしい小説も受賞したりしているらしい。小説ではそういうことが起こるみたいだ。ま、どっちも大分前の話だけど」


 さらに江上が補足を付け足す。

 それではっきり分かった。


 つまり小澤さんが受賞したと聞いて、江上はこのトラブルを思い出したわけだ。幕末で剣士、だからまるっきり外れというわけでは無いだろう。

 それに、何と言っても小澤さんは同じ学校なんだし、心配になっても仕方がない。


 その辺りを念のため確認してみると、江上は勢いよく頷いた。


「そう。ちょっとだけゾワッとしたんだよ。でも少し調べただけで佐賀藩の話って出てきたから『あ、ちがうな』ってなって、それでそのまま。流石に今は出版社も備えるようになったんじゃないかな?」

「そうだね。元々、編集さんの勧めで書き始めたって聞いたし」


 小澤さんの話はスマホでの連絡で済ませているから、この辺りは簡単に済んだ。

 そうなると次は――。


「で、小澤さんは腐ってるの? どうなの?」


 加奈が真っ直ぐに突っ込んできた。

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