第4話

「うん、いいよ。私は、早瀬優実はやせゆうみ。三年三組」

 耳を赤くして素直に謝る様子がかわいいと思った。本当は純粋なのかもしれない。

「俺は、及川陽太……です。一年一組。授業、あんまり出てないですけど」

 急に丁寧に話し始めた。慣れていない敬語が、初々しい。

 さっきより声が高い。わざと低い声を出していたんだと思う。

「どうして授業出ないの?」

「教室にいるだけで怒鳴られるんですよ。黒く染めるまで授業出るなって言うがいて」

「先生に、言われるの?」

「ですね。俺に何も言わないもいますよ。俺が怖いんだろうなって……」

「授業出てないならテストの結果、ひどかったでしょ。それは大丈夫だったの?」

「数学と社会は授業出ていたので、問題なかった……ですけど。国語はなんとか。理科と英語は赤点ぎりぎりでした」

 理科と英語は、授業出られなかったらわからないだろうな。

「国語、得意なの?」

「悪くなかった……です」

「夏休みの間、理科と英語、教えようか? 夏休みの宿題も。図書館行けばいいし」

 私の提案に、及川くんはびっくりした顔で私を見ている。

「なんで、俺にそんな……」

「なんでかな。わからないけど」

 わからないけど……

 及川くんが、見た目どおりの悪い人には思えなくなっていたからかもしれない。


 その日から、図書館や公園で及川くんに勉強を教えるようになった。

 ときどき、誰かと喧嘩して顔を腫らしてくる。傷の手当をするために、消毒液とガーゼと絆創膏をいつも持つようになった。

 喧嘩ばかりの及川くんが、自分を傷めつけているように見えることがある。

「どうして喧嘩するの?」

「絡まれるから……最初はしかたなく相手していて、負けたらよかったのかわからないんですけど、勝つようになって、それからは知らない先輩に絡まれてます」

「喧嘩、強いんだね。負けた子が先輩を連れてくるのかな……」

「だろうなぁ……えっと、そうだと思います」

「言い直さなくても」

 公園のベンチで傷の手当をしながら、私は笑ってしまう。

 夏休みに入ってから、あの人がウチに来なくなっていた。だからかもしれない。笑えるようになっていた。

「早瀬先輩、しんどそうに見えなくなりました」 

「え?」

「最初のころ、なんか、しんどそうに見えてたんで……俺のことが怖いわけじゃなさそうなのに」

 及川くん、鋭い。

「誰かにいじめられてる……とか、いろいろ考えてたんですけど。三年でいじめられてる話のなかに、早瀬先輩はいなかったんで」

「……調べたの?」

「あっ、えーと、すみません。気になったんで……」

 及川くんが、私と目を合わせなくなる。

「いじめじゃないなら、家のことかなって。だったら何もできないから」

 

 

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