ハルキの夢薬屋

神崎閼果利

ハルキの夢薬屋

 暗々しい顔をした女は、暗闇の中橙の光を放つ店へと向かっていく。光は彼女の姿を照らした。

 汚れたハイヒールを動かして。シワのついたスーツを揺らして。真っ白な顔で。目の下に隈をくっきりとつけて。

 ……首に真っ赤な縄の痕を残して。

 女は目を泳がせるようにして、店の看板を読んだ。ミミズが踊るような文字だ。女性は眉を寄せ、すぐに興味無さげに視線を落とした。銀のドアノブに手を掛け、捻ると、一歩、光のほうへと踏み出す。

 カランコロン、と軽い音がした。女は足を止め、辺りを見渡す。女の死んだ黒い目に映ったのは、鮮やかな色彩だった。爽やかなパステルカラーから、濁やかなダスティーカラー。もちろん、派手で目覚しい原色もある。それらが全て、液体の形で薄青色の小瓶に入っていた。

 女が口をぽかんと開けたまま立ち尽くしていると、店の奥から黒髪の男が現れた。丸眼鏡をも覆い隠す長く跳ねた前髪の下、唇が笑っている。舌が紡いだのはアルトの美声だった。

「やぁやぁ、いらっしゃいませ! 『ハルキの夢薬屋』にようこそ! 貴女は……うんうん、初めてのお客様ですね!」

「ここが……『夢を売る』店なの……?」

「そうです! いやぁ、嬉しいですね、ここに辿り着けるのは『ここを本当に欲している人』だけなので、この出会いもまた奇遇ということで……」

「そう、そうなの……」

 捲し立てるように話しかける男に対し、女の声は薄暗く弱々しかった。男は口角を上げ、にっ、と笑うと、何をお探しですか、と言って女に合わせてその長い体を屈めた。

 女は震える手で小瓶を一つ一つ手に取る。小瓶の棚の後ろからは橙色の光が零れていて、黒い瞳に光が点っていく。

 小瓶に結び付けられた紙を摘み、女は振り返った。男は首を傾げ、いかが致しましたか、と尋ねた。

「これは、いったい……?」

「あぁ! これはこの小瓶の説明書きみたいなものです。ちゃんと日本語で書いてあるから読めるでしょう?」

「これは……『空を飛ぶ夢』ですか」

 空を飛ぶ夢、と名付けられた小瓶には、水色の液体が入っていた。ところどころに雲を思わせる白い濁りが見られる。女はそっとその小瓶を棚に戻すと、男に向き直り、目線をフローリングに落とした。

「……『会いたい人に会える夢』とか、置いてませんか?」

「おぉ! それなら今なら安くなっております。お持ちしましょうか?」

「え……あ、はい、お願いします……」

 女は眉間に寄せていたシワを緩め、恭しく頭を下げた。店主は少し離れた棚へと向かうと、一つの小さな小瓶を摘んで帰ってくる。そこにはまろやかに、七色に輝く液体が注ぎ込まれていた。中には金箔でも入っているのか、金色に煌めくのさえ見えた。それを見つめていた、女の瞳孔が開く。

「こ、こんな綺麗な夢……やっぱり、高いんじゃ……」

「申し上げましたとおり、お安くなってるんです」

 男がレジスターに戻り、電卓を持ってきて叩き始める。そこで提示されたのは、安いアクセサリーを幾つか買えるほどの値段だった。五桁を越えぬ数字を見て、女は仰天したように目を見開いた。

「こんなお値段で……」

「ぜひお買い上げくださいませ!」

「よ、喜んで購入します! お願いします!」

 女の薄青い頬に赤みが差す。女はよれよれになった革の鞄から、ルイヴィトンの財布を取りだした。

 店主の男が口を閉じる。それから、財布を見て肩を竦めたのだった。

「ずいぶんと裕福な方なんですね!」

「え? あ、いや……この財布は……母に貰った物で。就職祝いだったんです」

「そうだったんですね。とっても良いお母様じゃないですか!」

「……でも、先日、亡くなったんです」

 札束を並べ、硬貨を置く。その指の爪は白く染まっていた。

「ずっとずっと母と二人で生きてきました。仕事は大変でも、母の支えがあるから生きてこれました。それなのに……頑張り屋だった母は、過労で……」

「おや……そうだったんですね。それで、お母様に会いたいと?」

「はい。せめて……せめて、夢の中でも母に会えたら、って……」

 店主は節のある手でお金を受け取ると、小瓶に緩衝材を巻き、紙袋へと詰めた。女はそれを受け取ると、目を細め、ほんの少し微笑んだ。

「ありがとうございます……」

「一度来たお客様はまた来ることができますからね。また辛いことがありましたら当店にいらっしゃいませ!」

「そうします」

 女は二、三度頭を下げると、またふらふらと店を出ていく。店の外は真っ暗で、街頭一つ点いていやしない。それでも、女の目はあの七色にあてられて、どこか輝いていた。



 真昼の月の下、ボロ布を身にまとった背の曲がった男が足を一歩一歩店へと進めていく。そのたびに埃とフケが落ちて、道を汚していく。

 銀のドアノブに節立った手をかけ、回す。するとそれとほぼ同時に、店の奥から黒いベストにスラックスの店主がやってきた。店主は丸眼鏡を掛け直す動作をすると、やぁやぁ、と明るい声をかけた。

「これはこれは御得意様! ハルキの夢薬屋へようこそ!」

「いやァ、また来ちまったヨ、へへ……」

「本日も『夢を売って』くれるんですね?」

「そうそう! 上等な夢を見たもんだからネェ、また小遣い稼ぎに来たのサ」

 男は店主に招かれるまま、店の奥へと案内される。そこは薄暗く、簡素なベッドだけがあった。男は砂埃を落としながらベッドに横たわり、目を閉じる。

 店主は小瓶を片手に、ゆらりゆらりとそれを揺らす。そうすると、水色の液体が小瓶の中に溜まっていくのだった。その中には雲を思わせる白い濁りがある。ほう、と店主は呟いた。

「これは、『空を飛ぶ夢』ですかね?」

「へェ! 分かるモンだねェ。やはり経験の差かィ?」

「そうですね! 慣れてくると分かるものですよ」

「店主サン、いったい何年この稼業で設けてるんだィ?」

「秘密です」

 店主はそう言って唇に人差し指を当てた。男はケラケラと笑うと身を起こし、そうかィ、と返した。

 フケがぱらぱらとベッドに落ちる。男が大きく伸びをすれば、ゴミを詰めたような臭いが広がった。それでも店主は笑顔を崩さない。男は手を擦るような仕草をした。

「人助けして、金まで貰えて! 最高の商売だぜ、旦那ァ」

「人助け、ふーむ、言い得て妙ですね!」

「今回のはおいくら万円でィ?」

「まぁ、ざっとこんなもんかと」

 店主が電卓を叩けば、男は目を細めてその数字を凝視する。下がるひび割れた唇からは黄色い歯が覗いた。

「この程度かィ。やっぱり夢にもレェトってもんがあるもんかねェ」

「ありますねぇ」

「じゃあもっと良い夢見ないとなァ」

「しかしお客様、あまり夢を売りすぎませんように。『一生夢が見られなくなりますよ』」

 前髪で隠れた奥の両目が三日月を描く。されど男にはそんなもの見えず、ワハハ、と大口を開けて嗤うだけだ。

「またまた御冗談を、旦那ァ。マ、そんなことになっても困りャせンけどネ」

「御忠告は致しましたからね」

「あいヨォ、御心配どうも」

 店主が一日分の料理が買えるお札を持って来れば、男はかさかさの手を擦り合わせてそれを待ち侘び笑顔になった。まるで子供が玩具を手にするように満面の笑みを浮かべ、大切そうにしまうと、店主に人差し指と中指を立てて別れの挨拶をした。店主はそれに浅く笑い返す。

「また来るでィ、今度は高いの持ってくるでな」

「お待ちしております」

 ぺこりとお辞儀をした店主は、男が汚らしくよろよろと歩いていくのを眺めながら、顔を起こし、口唇を上げたままこう呟いた。

「……便利な人」



 その暗闇、暗闇に非ず。懐中電灯を持った子供が照らしているから、母と女の子がいることは遠くから見ても分かった。子供の手は丸々でぷにぷにで、それを繋ぐ手は細って枝のようだ。

 白いワンピースを着た母が子供の名前を呼ぶ。子供は元気そうに明るい声で応答した。

「着いたわよ」

「わぁ、ゆめやさんだ!」

「さぁ、入りましょう」

 カランコロン、入店時のベルが鳴る。すると細身の男がひょこっと出てきて、二人を出迎えた。髪とメガネの下で見えない目を細め、口角を上げて。その様は遊園地のキャストにも似ていた。風船でも持っていれば完璧だっただろう。

 子供は喜んで、ハルキさん、と彼の名を呼んだ。すると店主は目を丸くして、子供の目の位置までしゃがみこんでブイサインをした。

「そうだよ、ハルキだよ」

「ハルキさん! またきたよ! きょうはそらをとぶゆめがみたいな!」

「『空を飛ぶ夢』かい? 入荷してるよ。買っていくかい?」

「ほしい! ママ、いいよね?」

「えぇ、良いわよ」

 子供は母親に顔を向けると、その黒い目をきらきらと煌めかせた。その目に映る母親の笑顔は窶れ、こけていた。

「これはこれは、ありがとうございます! ところで、御母様は本日どうなさいますか?」

「あ……その、私は……」

「さいきんママ、ゆめみなくなっちゃったんだって。だからもううれないんだって」

「そうですか……『夢を見る力』が枯れてしまったのでしょうね。そうしますと等価交換はもうできませんね……」

 母親は、はぁ、と相槌を打つと、それでも、と話を続けた。

「この子のために、薬を買わないと……」

「そうでしたね。君、最近悪夢の調子はどう?」

「だいじょーぶ! ハルキさんがくれるおくすりがあるから、こわいゆめみないよ!」

「そっかそっか。でも、気をつけてね? 良い夢には中毒性があって、そればかり見てると現実も怖くなっちゃうからね」

「……どうゆうこと?」

「……気をつけます」

 もじゃもじゃ頭の愉快なキャストの声が少し低くなる。子供が眉を八の字にして不安そうな顔をすれば、母親が、大丈夫だ、と言いたげに強く手を握った。

 空色の小瓶の中、白い雲のような濁りのある小瓶を手に取り、これをお願いします、と母親が言う。その目の下には隈がくっきり刻まれていた。手を握った子供の服は継ぎ接ぎとワッペンだらけだった。

 電卓を叩き、見せた金額はさほど高くない。それでもきゅっと母親が裾を握っていた。少し悩むような素振りをしてから、下さい、と良い、一日分の食事の金額を差し出す。お買い上げありがとうございます、と言い、小さいラッピング袋に包んで子供に渡してあげる店主の様は元通りの遊園地のキャストだ。

 子供は、ありがとう、ハルキさん、と言ってラッピング袋を受け取ると、母親を見上げてまた手を繋いだ。母親は頭を下げて、ありがとうございます、と繰り返し、店主に背を向けた。

「またくるね、ハルキさん!」

「はーい、またおいでね!」

 扉が再び鳴る、カランコロン。扉を出てから、子供は母親に店主の話を振るのだった。お金がかかることも知らず、ここが不思議な店であることも知らず、ただただ良い夢を見せてくれる良いお兄さんとして。

「おとなになったらハルキさんみたいなひととけっこんしたいな!」

「……そうね、良い男の人が見つかると良いわね」

「だって、すてきなゆめをみせてくれるし、わたしのびょーき? もなおしてくれるし! まほうつかいみたいだもん!」

「そうね。また会えると良いわね」

 グゥと鳴いた腹を擦りながら、母親はそう言った。

 暗闇は暗闇に非ず。されど母親の目に光が映ることは無かった。



 真っ青な空の下、ピンヒールを鳴らして歩く凛とした顔をした女性がいる。黒く長い髪は艶やかで、瞬く睫毛は黒く長く、唇は真っ赤だ。ブルーベースの肌に合った、ボルドーのワンピースを着ている。

 そんな彼女の目は濁り無く、夢薬屋を見つめていた。歩みも他の客と違い、真っ直ぐ揺らぎなかった。カツン、カツン、とコンクリートを叩く音がする。

 ちょうど外の窓拭きをしていた店主が振り返ると、彼はにこりと貼り付けたような笑顔をして出迎えた。

「これはこれは御得意様! 本日も夢を売りに来てくださったんですか?」

「えぇ、そうよ。いつもと同じ夢を」

「いつもいつも助かってますよ! でも、そんなに夢を売っちゃって良いんですか? もう夢を見られなくなってしまいますよ?」

 店主と女は二人で店内に入っていく。女は髪を靡かせると、颯爽と夢の摘出部屋へ向かった。薄暗い部屋の中、女性は手術台のような台に横たわる。店主は小瓶を手にして、目を瞑る女性の上でくるくると回した。そこには、七色に色めく液体が入っていき、やがて金箔のシャワーが溢れていった。

「また『大切な人と会う夢』をお売りになるんですね。良い夢だからですか?」

「良い夢なんかじゃないわ」

 そう彼女は吐き捨てた。店主は顔色一つ変えずに、どうしてですか、と尋ねる。

「差し支えなければ、お話聞いても?」

「……夢は夢なのよ。いつか覚める。どれだけ仲違いした人と仲良くなったとしても、仲良くしたかった人と仲良くしたとしても、目が覚めたら現実に戻されるのよ。しょせん、夢。もう二度と会うことは無いでしょう? 私は目覚めた瞬間がいっとう悲しいの」

 そう言う女の顔はどことなく悲しげだ。彼女の目にはたくさんの「会いたい人」が映っているのだろう。額に持ってきた綺麗な赤いネイルの先が剥げていた。

 店主は小首を傾げると、うーん、と答えた。煌めく小瓶を眺めれば、彼の暗い虹彩にも光が点って見える。

「この夢、需要高いんですよ。皆こういう夢に溺れていくんです」

「そう。私は嫌な夢を売ってこうしてお金を稼いで、いずれ夢を見なくなって。その人たちは夢を見るようになって。幸せな話よね」

「そうですね」

「これは、妄執。私の妄執よ。それが何かを救うのであれば、それほど良いことは無いものね」

 複雑な人、と思わず店主は言葉を漏らした。それから口を抑え、失礼致しました、といつもどおりの笑顔に戻る。

 女はさほど気にする様子も無く、ブランド物の鞄からブランド物の財布を取り出した。札束を受け取っても、満足げな顔はしない。つんとした表情でお札をしまう。

 二人の間に沈黙が訪れる。店主は、ぱっ、と笑顔になると、そういえば、と話を振った。

「私が『ハルキ』を名乗る理由を知っていますか?」

「名乗る、って……本名じゃないの?」

「そうなんですよー、実は。私、村上春樹が好きなんです。そこから取ったんですよー」

「そうだったの。私は読まないから分からないけど」

「読書はお勧めですよ。価値観が変わるかもしれないですし」

 女は一瞬眉を寄せたが、すぐに踵を返すと、また来ます、と言って店を出ていった。

「……変わるわけ無いのよ、価値観なんて」

 そう言い捨て、また高いヒールを鳴らす。アクセサリーに身を包み、高いワンピースに身を包んだとて、凛とした瞳の奥は曇ったままだ。遠くから雷鳴が聞こえる。直に雨が降るだろう。

 それでも彼女は傘を差さないのだろう。傘は持っていないし、店主はなんだかそんな気がしてならなかったのだった。

 店主は小さく息を吐くと、扉を閉めて中の掃除へと戻っていった。



 ザアザアと雨が降ってくる。屋根を叩いては頭を痛くさせる。店主がもうクローズドにしてしまおうか、と思った矢先、扉が、カランコロン、と激しく鳴った。

 そこにいたのは、髪がびしょ濡れになって幽霊にでもなったかのような顔をした女だった。長い前髪から覗く顔はすっぴんで、しわくちゃになっている。

 服が濡れてしまっているから、店主は慌ててタオルを差し出し、いつもどおりの応対をした──のだが。女は真っ白い手でタオルを弾き飛ばし、血眼で店主を見上げた。

「お前が『夢薬屋』ね……ッ!」

「おっとぉ。はい、私が夢薬屋の店主です。どのような御用件ですか?」

「お前が! お前が私の娘を目覚めさせなくしたんだな!」

 歯を剥き出し、まるで人間ではない御様子。店主はしばし考えを巡らせたが、ふむ、と呟き、笑顔を崩さず続けた。

「もしかして、例の御得意様の御母様ですか? あの、御母様のクレジットカードまで持ってきた……あの子の名前は何だったかな……」

「そうよ……ッ! ここ一年でごっそり残金が減ってたり、娘が起きてこなくなってると思ったら! お前が処方した薬のせいだったのね!」

「なるほど、確かにこの店はこの店を必要とする人間が来るようになってる……からこういう方もいらっしゃいますよね。そうです、おそらくはうちの薬を飲みすぎたのでしょう、夢から目覚めなくなってしまったのです」

「軽々しく言うなァッ!」

 悲痛な叫び声。それでも店主の顔色は変わらない。

「娘様には何度も忠告致しましたよ。このまま続けると、食事も排泄もできなくなってただ眠ることしかできなくなり、やがて朽ち果てて死んでしまうでしょうと。眠り姫じゃないんですから。その域に達する人間が一定数いるのは確かです。ですが、ここはあくまで『夢薬屋』。ドラッグストアと同じで、オーバードーズまで補償できるお店ではないのですよ」

「私が今まで娘にかけてきたお金は!? うちには犬だっているの、その生活費は!? 良い大学に行かせてあげようと必死に予備校代まで出したのに、娘は死ぬって言うの!? 私が腹を痛めた理由は!? あんなに大切に育ててきたのにッ!」

 店主は笑顔を崩さない。もう一度タオルを渡すこともしない。ただ眼鏡と前髪の奥で、見下した黒真珠の目で崩れ落ちる女を眺めていた。

 女が立ち上がり、濡れた手で店主の胸倉を掴む。その目にはぼろぼろと雨水と混じった汚い涙を浮かべて。

「治療法は!? 治療法は無いの!? あなた夢薬屋さんなんでしょう!?」

「奥様方。薬の過剰摂取に治療法なんてあるわけ無いじゃないですか。法に訴えても構いませんが、きっと人々は私のことを見つけられないでしょう。ここはそういう空間なのですから」

「じゃあ、娘は、死……いやあああああぁ……ッ!」

 崩れ落ちる御客様に、店主はまた笑顔で話しかけた。いつもどおり、明るく飄々とした声で。店内はカラフルに、明るく。

「ところで、奥様方、薬は買われていきますか?」

「……帰ります……」

 最初こそ強気だった女の声は、今や哀れ、蚊の鳴くような声になっていた。ずるずると自分の体を引きずるようにして動く様は何かの獣みたいだ。扉が、カランコロン、と音を立てて閉まった頃には、店主は大きく溜め息を吐き、一旦外に出て、クローズドの札に変えた。

「雨も降ってきたし、とりあえず閉めよっかなー」

 店主は中へと消えていく。小さな一戸建ての店がだんだん遠くなっていく。ミミズが走ったような文字では「夢薬屋」と書かれていた。明るく煌びやかに着いていた店内の明かりは、カチッ、と音を立てて消えたのだった。

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