第8話 舞踏会⑥

「もっと顔見せろ」



乱暴な物言いをしながらアレクの手が伸びてくる。



私は恐怖で体が固まり、その手から逃げることができなかった。



彼の手が私の手を掴むと強引に引き、

ウィルの背中に隠れる私を引きずり出してくる。



「痛!」



思わず苦痛で顔がゆがむ。



でもアレクはそんな私の反応を気にしない。



そのまま手で私の顔を掴み、

品定めでもするように、見つめてくるのであった。



アレクの顔が正面にある。



こわい、こわい、こわい、こわい!

息が止まってしまう。



苦しい。



助けて、ウィル。



そう思うと、ウィルがアレクの手を掴む。

そして低い声で、



「離せ」



と警告をした。



目を細め、警告をするウィルを見て、

アレクは再び馬鹿にしたような顔をしている。



「は!ずいぶん怒ってるじゃねえか、副団長さんよお!

なんだ、自分の女が取られそうで不機嫌か?」



「え~。ちょっとアレク!浮気なの!?ひどくな~い!」



「てめえは黙ってろ、ブス!なんだよ、テメエにしてみれば

可愛い子を見つけてきたじゃねえか」



アレクは獲物を見つけた肉食獣のように

舌なめずりをしながら言った。



そんなアレクを見て、ウィルはさらに腕に力を入れていく。

さすがのアレクも痛みを感じたのか、クソッと言葉を吐き捨てて、

私を離した。



ウィルはそんな私をすぐに背中へ隠してくれる。

私は思わず彼の背中を掴みながら深呼吸をした。



「冗談がすぎるぞ、アレク」



「やだやだ本気になっちゃって。でも良かったな、可愛い女を手に入れられて。

みんな言ってたんだぜ。副団長は豚を愛するのだけが唯一の欠点だって」



「豚だと?」



「その通りだっただろ?あのエレオノーラの奴。

俺も結婚させられそうで危なかったよ。だが安心したよ、ちゃんと捨てたみたいで」



アレクはウィルに反抗されたのが気にくわないのか、

まくし立てながら言った。



ここでも、私の話だ。



婚約を破棄された時の言葉が、再び頭によぎる。

こんな時にまで私は馬鹿にされているのだ。

目から涙が溢れてくる。



「・・・話にならないな。失礼する」



ウィルはここにいるのは良くないと思ったのか、

あまりアレクには反論をせずに私の手をにぎって

この場を離れよとしてくれる。



「は!逃げんなよ!」



だがアレクはそんなウィルと私を逃がす気はないらしい。

私達の後を付いてくる。



「で?俺にも紹介してくれよ、副団長さんよお。

独り占めとか、部下が可愛そうと思わねえのか?

なあ、君もそう思うだろ?」



アレクは私の隣でずっとそうつぶやいてくる。

よほど気に入られたらしい。



向こうは私だと気づいていないとはいえ、

とんでもない手のひら返しだ。



目のつけられたら、アレクは絶対に逃がさない。

きっと私はずっとアレクにつきまとわれることになるだろ。



ウィルも怒っているのか、

少しずつ握る手に力が入ってきている。



ごめん、ウィル。



私を庇っているせいだ。



なさけない



嫌な過去を思い出して、

ウィルに助けてもらったばかりなのに。



今の私はウィルに助けて貰おうとしてる。

そしてアレクに怯え続けている。



確かに私の姿は変わった。



でも私の中身は、前の舞踏会の時から

一切変わっていない。



・・・いやだ。



そんなのはいやだ。



変わるために頑張ったんだ。



自分で言い返せるように、

自分で胸を張って生きていられるようにするために。



だから、前をむけ私!



もう昔の自分じゃない!



一方的に罵声を浴びせ続けられる存在じゃなくなったんだ!



私がするべき事は、前を向くためにするべきことは、

ウィルに手を引いてもらうことじゃないでしょうが!



思いっきり息を吐き、心を震いたたせる。

そして立ち止まり、アレクの顔を正面から見据える。



「お?」



アレクは止まった私をみて嬉しそうな顔をする。

どうやら自分の言葉に反応してくれたと思っているらしい。



本当におめでたい人だ。



だから、この言葉を贈る。



「邪魔です。目の前から消えてください」

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