第6話 舞踏会④

「ねえ、あれウィル様よ。

立派になられたわねえ」



「ほんとだわ!今副団長なのでしょう?

才能もおありでうらやましい」



しばらくウィルと話していると、

ちらほらそんな話し声が聞こえるようになってきていた。



私とウィルは再び顔を合わせる。



「大人気だね、ウィル」



私はウィルに告げる。



手紙では仕事の苦しさが書かれていることはなかった。



でも彼のことだ。



きっと書かないだけで、たくさん苦労し、

それを頑張って乗り越えてきたのだろう。



素直に、賞賛してあげたい。



「おうとも!こう見えても騎士団の

期待のエースなのでね。当然さ」



ウィルは自信がありげに胸を張った。



昔から褒められると嬉しくなってしまう所は

変わらないらしい。



体は大きくなっても、

心は子どもの時のまま。



そういうところが、

かわいいのだ。



「それにエレナだって、同じだぞ。

今、みんなあれは誰だって見ている」



え?



ウィルに言われて、私は驚きながら

改めて周囲を確認してみる。



私が見た途端、多くの人が

急いで目をそらしていった。



ほんとだ。



気づかなかったが、

私もウィルと同じくらい見られているようだ。



「みな、エレナだとわからんのだ。

言えば、きっと驚くぞ」



「?」



ウィルがの耳元でささやく。



そうか。



ウィルに言われてやっと理解する。



みんな私がエレオノーラである事を、

わかっていないのだ。



「ねえ、あのウィル様の隣にいる

方は誰なのかしら」



「さあ、親しげに話しておられますけど、

見たことはありませんわ」



耳を澄ますと、そのような会話も

聞こえてきた。



うかつだった。



アレクに婚約破棄されてからというもの、

あまり人と会ってはいなかったのだ。



だから私の現在の姿をしる人は少ない。

そんな状態で、ウィルと話していたら、

目立たないわけがないのに。



こわい。



思い出すのは、前の舞踏会での記憶。



また、陰口を言われるのではないだろうか。

あんな思いは、もう嫌なんだ。



体がカタカタと震えてくる。

ダメだ。やっぱり嫌な記憶を

思い出してしまう。



醜い豚。踊る豚。勉学のできる豚。

そんな多くの人からの罵声が再生される。



一つ思い出すと無数に出てくる

暗い感情の数々。



胸が苦しい。



息が吸えない。



こわい、こわい、こわい、こわい。



「安心しろ。俺が呼んだんだ。

誰に何も言わせはしないよ」



私がそんな風に嫌な記憶を思い出して震えている時。

私の肩に手を当てながら、ウィルはそう言った。



剣を握るがっしりとした大きな手。

でも暖かくて力強く感じられる手。



彼の手に、自分の手を重ねて、握った。



暖かい。

安心する。



そうだ。

落ち着け、私。



もう違うんだ。

もう、私は昔の私と同じではないんだ。



だから、怖がる必要なんてないんだよ。



ゆっくり息を吸って、吐く。

それをしばらく繰り返す。



繰り返すたびに体の震えはおさまっていく。



「・・・落ち着いた?」



「・・・・・・うん。ありがとう」



まだ、体の震えが完全になくなったわけではない。

でもだいぶ楽にはなっていた。



・・・まだ、私は囚われている。



あの嫌な記憶に。

いやな過去に。



姿が変わろうとも、

過去は変わらないのだ。



私が多くの罵声を浴びせられていた

事実は変わらない。



・・・早く、この気持ちから解放されたい。

そう願わずにはいられなかった。



ウィルはそんな私を、何も言わずに

見つめてくれていた。



せっかく楽しい場に私を誘ってくれたというのに、

彼には心配をさせてしまった。



・・・よく、ないよね。



そうだ。



彼からのご厚意に答えるためにも、

下を向いている暇などないのだ。



前を向け!



そしてウィルと一緒に

この舞踏会を楽しむんだ。



それが彼の優しさに対する、

最大の返礼になるのだから。



そう誓い、前を向こうとした。



その時だった。



「おう!ウィル!お前も帰ってきてたのか!」



ウィルを呼ぶ男性の大声。



その声を聞いた途端、

私の心臓はドクン!と跳ね上がった。



再生されるのは、



「醜い豚め!俺の前から消え失せろ!」



と数々の罵声。



恐る恐る振り向く。



そこにいたのは私のトラウマの

元凶である、アレクであった。

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