第2話

 盗まれたファーストキス


私立高校一年のとき、姉妹校の授業を体験してきて感想文をかく、という研修生にえらばれた。先生に引率された四人は、島の港をでて海をわたり、汽車にのって山陰まで出かけた。

姉妹校というより兄弟校みたいな、男子の多い学校で、教室にも女子は二人だけだった。

緊張しながら授業をうけた二日目の休み時間。廊下ですれちがった男子が、小声でいった。

「安心して。誰もみてないうちに素早くひろったから」

 なにいってるの意味わからんと、へんに感じながら、自分の席についた。

目のまえの机上に教科書がおかれていた。研修のあいだ、貸してもらっている本だが、ページになにか挟まっている。なんだろう、とおもって開いたら、生理用ナプキンだ。

 あわててページを閉じてまわりをみた。誰もみていないのをたしかめ、スカートに手をやってウエストをまさぐった。制服にはポケットがないので、ウエストにナプキンを挟んであった。それが消えている。

 血の気がひくおもいで閉じた本をにらんだ。借りた教科書ではなさそうで、表紙のうらに大沢佑弥と記されている。廊下ですれちがった男子だろうか。

 研修の一行は学校の近くの男子寮で宿泊していた。予定の研修がおわり、明日はかえるという日の夜、

「送別会をするので二階にきてください」と寮長にまねかれた。

あがっていったヘヤは六畳ほどの和室で、寮生が数人、壁を背にして座っていた。

まんなかに置かれた山盛りの柿の、あざやかな橙色がきれいだった。

近所をまわって樹にのぼり、もぎとってきた柿だと、寮生たちが自慢した。

おみやげにどうぞといわれたが、いますぐ食べたいと研修生のひとりがせがんだ。

「それなら皮むきを借りてきます」と、腰をあげたのは、大沢佑弥だった。

もどってきた彼は果物ナイフを寮長にわたした。

ついでみたいに私のそばにきて、

「はなしがあります。ついてきてください」とささやいた。

気になって見まわすと、ほかのみんなは知らん顔をしている。ふたりがぬけてもかまわない、という感じだった。

へやからでると、しずかな廊下をまっすぐに進んだ。

右にまがった通路の入口で立ちどまった。通路のつきあたりはドアのようで、非常口という字がひかってみえた。

さいごのチャンスだとおもった私は、これまでいえなかった、胸のつかえをことばにした。

「教室では、ひろってくれてありがとうございました」

頭をさげる私に彼はいった。

「お礼のかわりにあなたの体重を教えてください。教室であてっこゲームをしてるんで、正解したいんです」

「ごめんなさい、自分が何キロか、おぼえてません」

「それじぁあ、ぼくがはかってあげます」

 そういって彼は、せまい通路の壁に私をおしつけ、むかいあった。私の腰のあたりに両腕をまわし、重さをはかるように体を持ちあげた。

 足が床から浮いた私は。腕をのばして彼の両肩をつかんだ。私のあごの下に彼の頭があった。手の指を肩に食いこませ、背中をそりぎみにして不安定さに耐えた。

 しだいに佑弥の体温がつたわってきた。自分の体温もあおられて熱くなってゆく。はかる時間が長いように感じた。

デブといわれたことはないが、太ってしまったのだろうか。恥ずかしくなって私はいった。

「体重はあとで教えますから、おろしてください」

ビクッとした彼は、無言で腕の力をゆるめてくれた。

ずりさがってゆく私のあごが、彼のひたいをかすめ、ふたりの鼻がぶつかった。スッと口になにかふれた瞬間、体が離れた。

島に帰った私はさっそく保健室の体重計にのった。携帯電話など、まだない時代だったから、手紙で体重をしらせた。

だが、抱きあげてまで私の重さをはかろうとした、佑弥にしては気のない返事だった。それだけでなく、奇妙な食いちがいがおきた。

佑弥はファーストキスをしたと書いてきたが、おぼえのない私は、いつどこでキスしたのかと、問いつめる手紙をかいた。

━─非常ドアのまえで抱きあった夜、たしかにきみの唇をうばった━─という返事。

体温があがったことをおもいかえした私は、ふたりの鼻がぶつかったあと、なにかが口をかすめた、とおもいだした。あの感触がキスだったなんて、腑におちない。

自分がしらないあいだに、しらないものを盗まれたようで、おもしろくなかった。                               

                                   完








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