黒歴史も成長する
@arin6131
第1話
チャリに結んだ初恋ヤブレター
小六の頃、ひとつ年上の朝子は、なかのよい友だちだった。
朝子は映画館に住んでいて、親たちが切符うりばや売店ではたいていた。
学校が休みの日、早おきして映画館に行った。館内を掃除する朝子といっしょに、私も座席のしたや通路におちたゴミを、ひろいあつめた。
キャラメルの空き箱を見つけたら素早くひろい、一粒でも残っていたらすぐ口に放りこんだ。舌にとろける甘い味が最高においしかった。
奥まったイスの隙間におしこまれた、肌色のゴムも見のがさない。やぶらないように取りだし、丸い口から息を吹きこむと、バナナ形の風船になる。それをポーンポーンと手で跳ねあげ、おとさないようにするあそび道具だった。
運がよい日は小銭をひろうこともあり、朝子には内緒で、自分のポケットにいれた。
運がわるい日は、二階の映写室から怪人がおりてくる。
ヤツはゴミひろいに熱中している私にしのびより、いきなり胸をわしづかみにする。
おっぱいが潰れそうな激痛に、ギャーと悲鳴をあげたら、
「なんだ、かたいじゃないか、つまらん」と舌うちしやがる。
手をふりはらって逃げると、追いかけてくる。
私は売店のほうに駆けてゆき、
「おばさーん、おばさーん」と必死に叫んで戸を叩いた。
「どうしたのー大声だして」と戸のむこうから声がすると、
「コンドームを風船にするなって叱ったんですよ」と怪人はうそをつき、ニタニタ笑いながら行ってしまう。
朝子にきいたら、ひとりで掃除をしていても、痛い目にあったことはないそうだ。
時間になると映画を上演する怪人のほかに、レコードをまわして流行歌をながす、中学生がいた。
朝子とおなじ中学の先輩らしいが、ほかの映画館に自転車でフイルムを運んだりしていた。自転車はいつも外階段のうしろにとめてあった。
大人に混じってはたらく中学生は、かっこうよかった。朝子にきいても、名前はわからなかった。私はひそかに、チャリンコ王子というあだ名をつけた。
王子は怪人とふたり、映写室ではたらいているのだ。私のように痛いことをされてないか、気になった。
はなしかけてみたいが、名前をしらない。
━─わたしはあなたをしってます。あなたはわたしをしってますか━─
ノートにえんぴつで、そう書いてページを切りとり、細ながく折りたたみ、自転車の荷台に結びつけた。
つぎの日、朝子が目をつりあげ、怒った顔で私にいった。
「あのバカヤロウ、へんな紙きれを自転車においたら、ぶんなぐってやるって、おどしやがった」
エエッと声をあげそうで、私はあわてて口をおさえた。
ふたりはおなじ中学なのだ。後輩がやったはずだと、かんちがいされたらしい。
おかしくて、アハハハと大笑いしたら、気になっていたことが吹っとんできえた。
完
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