兎の会
リュウ
第1話 兎の会
ある日、私は死のうとしていた。
深夜の橋の上から、身を投げてね。
私を悩ませていたのは、”嘘”。
平気で嘘をつく人たちに気付いてしまった。
そして、私も。
集団の中で生きていくには、嘘をつくことは必要だと気付いていたけど。
根っからの真面目なわたしには辛かった。
小さな頃からそうだった。
嘘は、”イケナイこと”という呪文がわたしを縛り上げていた。
その時、わたしの後ろに通りかかった車がとまった。
車から降りてきた男は、近づき「真面目な人を探していたんですよ」と、声を掛けられた。
その人は、そのままわたしの腕を掴んで車を走らせた。
男の横顔を見たが、輩には見えなかったし、この世に絶望していたわたしには、逃げようという気が起こらなかった。
それは、この男の発する何かのせいかも知れないと考えていた。
そして、”真面目”という言葉が頭の中にひっかかっていた。
車は、古い洋館の前に停まり、その家に案内された。
「私は、目帽木といいます。仕事は画家です」
壁に掛けられた数々の絵画が飾られていた。
イーゼルにも何枚かのキャンバスが飾られていた。
一枚だけ、白い布で覆われていた。
「どれも綺麗ですね。綺麗なばかり」
「私の家は、代々画家をしていて、美しい人を探して描いています。
美しい人物、それこそ芸術なのです。
後世に、いや永遠に残さなければならない」
「永遠に……」
「そうです。しかし、残念なことに我々には寿命がある。
その時が来たら、他の者に託していかなければならない。
その一翼をあなたに支えてもらいのです」
「そんな大切な事をこのわたしができますでしょうか?」
「あなたなら、大丈夫だと判断したのです」
「なぜ、大丈夫だと」
「それは、あなたが”真面目”だからです」
「真面目?」
「今の世の中、真面目はカッコ悪いもの、ダサいものだと思われていますが、美しいさは真面目からくると私は信じています」
目帽木は言った。
「時間だ、お客がくるのです。驚きますよ」
丁度、チャイムが鳴った。
目帽木は、お客を迎えに行った。
玄関で歓迎の声が聞こえる。
目帽木が連れていたのは、美しい二人連れだった。
わたしの前に来て、軽くお辞儀をした。
わたしは、言葉を失っていた。
あまりにも美しい人だった。
わたしの瞳孔は開き、鼻腔から取り込まれた香が脳の奥底まで記憶されるのを感じた。
少し間を開けて、ドクドクという自分の動悸に気付いた。
目帽木が、私の動揺する様子を見ながら、にやついていた。
「さぁ、ここに腰かけて」
目帽木が美しい人を部屋の中央のスツールに案内し、白い布をキャンバスから外した。
キャンバスには、全裸の美しい人の姿があった。
その時、美しい人が男であることに気が付いた。
思わず私は目を伏せ、両手を力強く握った。赤面しているのが自分でもわかる。
美しい人が服を脱ぐ音が耳から入り、わたしの心を激しく揺さぶった。
「きれいでしょ」と耳元で声がした。美しい人と一緒に来た女性だった。
頷くわたしの顔を見て、微笑んだ。
「あなたは、七番目の方かしら。ここに居るんだからそうよね」
戸惑うわたしの顔を見て何か気が付いたようだった。
「まだ、訊いてないののね。
簡単に言うと私はあの人の付き人、お世話係りよ。
私たちは、”兎の会”に入ってあの人の世話をしているの。
あなたは、七番目の付き人になるの」
「ええっ、聞いていないです」
「嫌なの?美しい人の世話をすることが。
お金の心配もいらないのよ。他の彼の信者が都合してくれるの」
と言って、ドレスやアクセサリーを見せてくれた。
「それに、私たちを気遣ってくれるの」と、恥ずかしそうに呟いた。
「今日で、モデルは最後です。完成しました。ありがとうございました」
美しい人は、絵画の前で着替えながら言った。
「うまいね、僕にそっくりだよ。
でも、絵を描いて貰ったり、写真を撮ってもらったりする時、思うんだ。
これは、今の僕だ。いずれ僕は歳をとり、皺皺になって死んでしまう。
僕の代わりにこの絵が歳をとればいいのに」
目帽木は、じっとその言葉を聞いていた。
美しい人が着替え終わると二人は、部屋を去って行った。
私は、書き終わった肖像画を見て感心していた。
「いい絵だろ」と耳元で目帽木が呟く。
「あのわたし、あの人のお世話をするんですか?」
「そうだよ、問題でも?」
と言ってわたしは考えたが断るようなことが全くない事に気付いた。
「僕が、君に決めたんだ。君、真面目だから」
”真面目”そう、わたしは真面目だった。
他の人があたりまえの様につく嘘が付けなかった。
自分でも正直すぎる自分が嫌になることもあった。
「その真面目だいいんだよ」
部屋の奥から、男が箱を抱えて出できた。
「見つけたか」と目帽木が喜んで、その箱を運ぶのを手伝った。
箱を置きおわると、わたしの前に来た。
「僕は、亀嶋といいます。あの人の為に箱を探してきたのです」
「ああ、僕から説明するよ」
と、目帽木が割って入った。
「僕の家は、美しいものを後世まで残すのを指名としているんだ。
以前、僕の祖先が美しい男を絵に描いて呪文をかけ、美しい姿で居られるようにしたんだ。だけど、年齢とか、その人の行いがその肖像画に現れてしまった。本当のその人の姿がさ。ある時、それに気づいて肖像画を壊してしまった。そして、一緒にその男も消えてしまったんだ」
目帽木は、私を見つめる。
「で、僕は考えたんだ。肖像画で美しさを守るだけじゃいけないって。
肖像画を描いてからの生き方も綺麗でいてくれないとダメだって。
それで、真面目な君を見つけたのさ。真面目なさ」
目帽木が亀嶋が持ってきた箱の前に立った。
「更に、肖像画に何かあれば、美しい人も失ってしまう。
それを、永遠にいつまでも保管できるものを探していたんだ」
「これからは、僕が説明しょう」
亀嶋が、箱を撫ぜる。
「目帽木さんの要望で、僕は箱を調べたんだ、箱をさ。
箱と聞いて、想像するのは正六面体。
サイコロ型の入れ物だろう。
サイコロは昔、神との対話に使われる道具だった。
箱の中には、何が入っているのだろうか。
サイコロの反対面の数字を加えると、素数の”7”になる。
美しい数字、”7”になるのだ。
箱は、入れ物に形を変えた。
中に何かを入れることが出来る。
外界からの何らかの力から、中身を守ってくれる。
または、外界を箱の中身から守ると言う二面性がある。
”魂”を封じ込めたり、人の幸せにする力をしまうことが出来ると信じる者もいた。
その人に取って、大切なモノを守る。
何か大切なモノを。
僕は色々な文献を読んで、この箱を見つけたのさ」
亀嶋が、箱を撫で回す。
「この箱は、浦島太郎の玉手箱なんだ。
竜宮城で暮らす三年間は、こちらの世界では三白年に相当した。
故郷に戻ってきた浦島を待ち受けていたものは、誰も知り合いのいない世界。
孤独、絶望だ。寂しさのあまり箱を開けると浦島は時に襲われ無くなってしまった。
僕は、この玉手箱に注目した。
乙姫は、浦島の魂をこの玉手箱に閉じこめ、時間から守ろうとしたのだ。
つまり、あの美しい人の肖像をこの箱に入れることで、永遠にあの美しさが保たれるのだ」
「作業にに入ろう」
目帽木は、待ちきれないと話を打ち切り、玉手箱を開けた。
肖像画を玉手箱に入れようとする。
傍から見ると肖像画が玉手箱に入りきらないようだが、肖像画が縮んでいき中に納まった。
蓋をして、紫色の紐で結んだ。
目帽木と浦島は満足そうに玉手箱を眺めていた。
目帽木がわたしの前に来た。
「それでは、これの管理と美しい人のお世話をお願いします。
七人目のお世話係として。
歳を取って、体力的に無理だと感じた時は、良い人を探して引き継いでください。
これは、人類の美しい宝ですから」
私は、それから美しい人の世話を続けている。
私たちを真から気遣ってくれる人の為に、
私たちの生きる全ての源になった美しい男の為に。
兎の会 リュウ @ryu_labo
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