第37話 修羅場

 それと同時に数名の男たちが乱入してくる。


 男たちの手には嫌な光沢を放っている金属バット。大して広くもない店内に乱入してきた男たちの数は四人。


 とっさに直樹なおきはそれらだけを確認できた。金属バットを持っていることから考えても、蒲田・川崎狂走会きょうそうかいの連中に間違いなかった。どうしてこの場所が分かったのか。そんな疑問が頭の片隅で生まれる。


 その疑問を深く考える間もなく、先頭にいた短い茶色頭の男がカウンター越しにいる片山かたやまに目掛けて金属バットを振り上げた。その顔には見覚えがあるような気がする。拉致された時にいた奴なのかもしれない。


「片山さん!」


 すぐには反応もできず、直樹が短くそれだけを叫んだ。先頭にいる茶色頭の男によって振り上げられた金属バットが、鈍い音を立てて天井に当たる。金属バットの先端が天井にめりこんでいるのが見てとれた。古いビルで天井が低かったのが幸いとなったようだった。


 茶色頭の男は焦った様子で天井に深く突き刺さっている格好の金属バットを抜こうとしている。


「裏口から!」


 片山が直樹に向かって背後にあった非常口の扉を指差した。


「片山さんは?」


 思わず直樹はそう訊き返す。


「私は何とかします。何、修羅場は慣れていますからね」


 こんな状況だと言うのに片山は直樹に向けて薄く笑ってみせた。直樹は軽く頷いて若菜わかなに顔を向けた。


 いずれにしてもここは逃げ出す他に選択肢はなかった。片山がいるとはいえ、若菜を庇いながら金属バットを手にしている狂走会の連中と渡り合えるはずもない。


 直樹は若菜の片手を引いて非常口の扉に飛びついた。当然と言えば当然なのだが、ドアノブを回すとカギが掛かっている。


 銀色に鈍く光るドアノブに視線を向けると、カギはドアノブと一体型だった。直樹は焦る気持ちを抑えつつ、カギのツマミを回した。


 背後から金属バットが今にも降ってきそうな予感がする。あんな物を頭でまともに受けたら、ちょっとした怪我で済まないことは明らかだった。


 そう思うと体の奥底から恐怖心が生まれて、瞬時に口の中がからからに乾いてくる。


 焦る気持ち、そして恐怖心を抑え込みながら直樹は若菜の手を引いて、開け放った扉から飛び出した。


 扉の外は鉄製の非常階段がある。ここは三階だったか。四階だったか。


 いずれにしてもこの非常階段を降りて逃げるしかない。階段の下で待ち伏せをされている可能性もあるが、いずれにしても階段を下に降りる他に術はなかった。


 鉄製の外づけされている非常階段。派手な金属音を立てながら直樹と若菜はそこを駆け降りる。程なくして直樹が背後を振り返ると若菜が二歩、三歩と遅れている。


 直樹は駆け降りる足を少しだけ緩めて、乱れようとする息を意識して整える。その瞬間だった。背後で乾いたような破裂音が鳴った。


 銃声だろうか。しかし、今はそれに構っているような余裕はなかった。


 非常階段を降りていくと、やはりそこには一人だけだったものの見張りらしき男がいた。派手な金属音を立てて駆け降りてくる二人を引き攣ったような顔で男が見上げている。


 男の手にも他の者たちと一緒で金属バットがある。狂走会の連中、どれだけ野球が好きなんだ。このような状況にもかかわらず、直樹の頭の隅でそんな言葉が浮かんでくる。


 階段の下で通せんぼでもするかのように男が立ち塞がった。同時に金属バットが振り上げられる。


 地上まで数段を残して、直樹は金属バットを振り上げている男に向かって宙を飛んだ。


 空中で突き出した直樹の膝と男の顔面が衝突し、そのまま直樹と男はもつれるようにしてアスファルトの上に転がる。


 膝が男の顔面を捕らえた瞬間、男は軽い悲鳴のような声を上げていた。


 直樹は受け身を取りながら転がったアスファルトの上で、片膝を立ててすぐに体勢を立て直す。男は直樹のすぐ傍で、まだアスファルトの上で転がったままだ。男が手にしていた金属バットは既に男の手から離れている。


 直樹は片膝をアスファルトにつけたままの体勢で、男の股間に右肘を叩き込んだ。急所とはいえ手加減などはしていない。そんな余裕が直樹にあるはずもなかった。

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