第35話 実感のない話
「それにしても
「偶然……というか運がよかったんですよ。
「それじゃあ……」
そう言いかける
「連絡をもらったのは直樹さんたちと別れた後でした。慌てて後を追ったのですが、どうやら直樹さんたちは既に拉致されていたようで……」
ということは自分が新宿で大人しく捕まるのではなくて、何かしらの抵抗をしていれば、直に片山たちが駆けつけてくれていたということなのかと直樹は思う。
結果論でしかないのだったが、その後に起こったことを考えれば、あの場では抵抗することが正解だったのかもしれない。そう思いながら直樹は少しだけ苦虫を噛み潰したような顔になる。
「直樹さんが狂走会の連中に拉致されたのは明らかでしたからね。その後は奴らの根城を虱潰しにあたっていたら、
「大した情報網だな」
揶揄するつもりなどはなくて、直樹は素直に感心する。
「六本木は自分たちの庭ですからね。それに今時のヤクザは情報が命綱って側面もあるんですよ」
そんなものなのかと直樹は思う。いずれにしても、ここで片山に助けられたことは大きかった。結局、この一連の騒動で直樹にとって頼る者は片山以外にはいないのだから。
「さてと、前フリはこれぐらいで、詳細を訊きながら話を整理していきましょうか」
片山はそう言うと、それまでとは違って厳しい視線を
「……大したタマだな」
ことの詳細を聞いた片山の第一声がそれだった。
「はあ? 何よ、その言い方は」
「てめえ、いい加減にしろよ? てめえこそ口の利き方を考えろ。直樹さんを巻き込みやがって」
「直樹さん、直樹さんって、馬鹿じゃないの? 何? あんたたちデキてるわけ?」
「あ? くだらねえことを!」
片山が若菜に向けてカウンター越しから伸ばそうとした右手を直樹は掴んだ。もっとも、片山の右手を掴んだものの片山が腹を立てるのも当然だと直樹は思う。
これまで片山は自分の益にもならないというのに自分と若菜のために時間を割いて、更には体を張ってくれていたのだから。
「若菜、いい加減にするんだ。俺たちが頼れる人は片山さんしかいないんだぞ。いつもそうして怒らせてばかりでどうするんだ?」
直樹は片山の片手を掴んだままで隣の若菜に鋭い口調で言う。もっともな言葉のはずだったが、若菜はそれに大いに不満があるような表情を浮かべて横を向いてしまう。
「片山さん、申し訳ないです。勘弁して下さい。前にも言いましたが、これでも若菜は俺の大切な人なんです」
「これでもって何なのよ!」
若菜が不満げな声を上げる。
それに取り合う様子は見せずに直樹は掴んでいた片山の片手をゆっくりと離した。片山は無言で直樹を見つめた後、少しだけ溜息をついたように見えた。最早、片山としては自分が何を言っても無駄だといったところなのだろう。
「直樹さん、そのリストはプロ野球のノミ行為みたいな、ケチな顧客リストではないんですよね?」
「斉藤はそう言っていましたね。財界人やら、金持ちの有名どころがいるらしい」
「そんな優良顧客のリストが盗まれたとなれば、そりゃあ
そんなものなのかと直樹は思う。確かに斉藤も同じようなことを言っていた。日本ではスポーツギャンブルといえば、近頃はあまり耳にしなくなった野球賭博を思い出させるが、そんな小さな話ではないということなのだろう。いずれにしてもそんなギャンブルと縁がない直樹としては、それが事実だとしてもどこか実感のない話だった。
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