第33話 懐の膨らみ
「それに懐の膨らみは何だ? 物騒なもんを持ち出しやがって」
「あまり吠えるなよ、
「俺とチンピラ相手に、三代目
斉藤の吐き捨てるような言葉に
「馬鹿野郎、そんだけてめえの頭がイカれているって、こっちが思ってることだろうよ」
その言葉に斉藤も珍しく少しだけ苦笑を浮かべた。そんな斉藤を弟分と思われるハジメと呼ばれていた若い男が不思議そうな顔で見ている。ハジメにしてもそのような斉藤の顔は意外だったのかもしれない。
「で、どうするんだ、斉藤? こいつの幕引きは?」
「俺は抜けるぜ。情けねえが、うちの組で扱えるような話じゃねえみたいだからな」
斉藤はそう言うと派手に舌打ちをして更に言葉を続けた。
「とんだ徒労に終わったな。金儲けができると思ったんだかな。ハジメ、USBを女に返してやれ」
「金儲けだ? 荒事専門のてめえが何を言ってる。てめえは、てめえが騒ぎたかっただけだろう? 関係ねえのにしゃしゃり出て、無駄に引っ掻き回しやがって」
片山に斉藤は何も言葉を返さなかったが、その無表情な顔に不快なものはないように思えた。
「片山、てめえとも何だかんだで長い付き合いだからな。言っておいてやる。あのリストはヤバいぞ。ヤクの顧客リストみたいなチンケなものじゃねえ。大阪の連中が躍起になっているのも分かるってもんだ。てめえとこいつらがどういう関係だか知らねえし興味もねえが、下手に肩入れしていると、てめえも普通に死ぬぞ? 気に入らねえが、大阪の連中と正面から喧嘩できる奴なんて、東京にいやしねえんだからな」
「てめえが他人の心配とは意外だな。どんな心境の変化があったのか知らねえが、心にとめておくよ」
「けっ! 心配じゃねえよ。今のは忠告だ。それに俺はこう見えても優しいんだぜ。なあ、ハジメ?」
急に話を振られたハジメは曖昧な笑顔を浮かべた後、慌てたようにして金色の頭を何度か縦に降る。
斉藤がそれを見て、平手でハジメの頭を叩く。派手な音が室内に響いたが、痛みは大してないだろうと直樹は思う。
それでも頭を叩かれたハジメは大げさに顔を顰めている。
「何だ、ハジメ? その反応は? お前も殺しちまうぞ?」
「い、いや、斉藤さんは優しいです」
ハジメは慌てたようにそれだけを言う。斉藤は溜息をつくかのように軽く鼻から息を吐き出して、片山に視線を向け直した。
「何にせよ、俺は抜けるぜ。後はお前らの好きにするんだな」
「馬鹿野郎が。好きにするも何も、お前は最初からこの座組に入っていねえんだよ。引っ掻き回しやがって。後、
「できるものならやってみるんだな。気に入らなけりゃ、新宿にいつでも来い。ハジメ!」
斉藤が最後に声を張り上げた。
「は、はいっ!」
「飽きた。もう行くぞ。どうも六本木は肌に合わねえ」
そう言って部屋を出ようとした斉藤たちに恐る恐るといった感じで声をかける者がいた。
声をかけたのはパンツ一つで床に正座をしていた店長だった。
「あ、あの……わ、私は何も関係がないので……そろそろ……」
斉藤の動きは早かった。正座をしている店長の正面に立つと、右足の踵を彼の腹部にめり込ませる。それを見ている限りでは、加減をしているようには少しも見えなかった。
「てめえには訊いていねえんだよ。空気を読めよ? この野郎。てめえはハジメか?」
店長は体をくの字に曲げて、口を開閉させながら床でのたうち回っていた。先程の自分と同様に、意志に反して呼吸ができないのだろうと直樹は思う。
そんな店長の姿を興味なさそうな顔で一瞬だけ見た後、斉藤はハジメを伴って部屋から出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます