第17話 新宿
金を奪われてメンツを潰された組自体の連中はともかくとして、それ以外の連中が血眼になって若菜を探す理由は彼女が言うように大してないのかもしれない。
確かに理屈としてはそういう考えもあるかもしれないが、結局のところ若菜はよくも悪くも腹が座っているのだ。そんな言葉を飲み込みながら、直樹は口を開いた。
「いずれにしても六本木はやめた方がいい。若菜と一緒に逃げた俺の特徴なんかも出回っているみたいだしな」
「ふうん」
相変わらず若菜は大して興味がなさそうな返事をする。そんな若菜は放っておいて直樹は思考を更に巡らす。六本木から少し離れた場所で人の多い繁華街となれば、新宿か池袋あたりがいいのかもしれない。
片山さんにはご足労だが足を伸ばしてもらうしかないな。直樹はそう考えていた。
「でも、直樹、この短い間に随分と情報を仕入れてきたのね」
若菜が少しだけ感心したような顔をしている。
「全部、片山さんからの情報だ。別に積極的に俺が情報を集めたわけじゃない。そもそも、俺にそんな力もない。俺にあるのは、暴力団に知り合いがいるってことだけだ」
「……ふうん、片山さんね。誰だかよく知らないけど、どうせ私を裏切れとか言われたんでしょう?」
やはり若菜は全くの馬鹿ではないらしい。
「先走るな。片山さんにはまだ俺と若菜の関係を詳しくは話していない」
「ふうん……」
若菜が疑り深そうな視線を直樹に向ける。
「ねえ、直樹……」
そして若菜はそこで一度、言葉を切る。そんな若菜の顔は無表情だった。
「直樹は上手くしてやられた。巻き込まれたぐらいに思っているかもしれないけど、だからといって私を裏切らないでね。もし裏切ったら殺す……わよ」
それはなかなかの表情だった。誇れる話でもないのだが、幼い頃から片山をはじめとした暴力団の連中や裏社会にいるような連中とは何かと接点が直樹にはあった。
加えて言うのであれば、幼少から続けていた空手の世界にも裏社会と付き合いがあるような柄の悪い連中も少なくなかった。
なのでそういったことには耐性があると思っていた自分が、思わずごくりと唾を飲み込んだ。それほどまでに若菜の顔には威圧感があった。
だがそれも一瞬のことだった。次の瞬間にはにっこりと若菜は笑う。
「信じてるんだからね、直樹」
……信じている。
そう言った若菜だったが、その顔は笑顔であっただけで言葉通りのものが一ミリも浮かんではいないように直樹には思えたのだった。。
結局、考えた末に片山とは新宿で会うことになった。七代目竹名組の命を受けて蒲田・川崎狂走会の半グレ連中がどの程度の熱量で若菜を探しているかは分からないが、場所が新宿であればその目から逃れることができるだろうと思ったのだ。加えてあまり六本木から離れてしまうと、足を運んでくれる片山にも悪いとの思いがあった。
新宿通り沿いにある喫茶店。そこが片山との待ち合わせ場所だった。まだ午後の早い時間だというのに新宿通りは行き交う人で溢れている。
時刻は十四時。若菜を伴って指定した喫茶店に直樹が入ろうとした時、ハイブリッド車の静かなモーター音と一緒に黒色のアルファードが通り沿いに横づけされる。
嫌な予感と共に一瞬だけ身構えた直樹だったが、開いたスライドドアから姿を見せたのは片山だった。片山は直樹に軽く会釈をした後、直樹の横にいる若菜に視線を向けた。
若菜は片山の鋭いともいえる視線を受けながらも、いつもと何ら変わることのない顔をしていた。
女の身でありながらよくも悪くも腹が座っているというよりは、そもそもそういった危機を感じとるような感覚をあまり持ち合わせていないのかもしれない。だから暴力団から金を盗めるし、追いかけられていても平然としていられるのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます