第16話 分け前
翌朝、直樹は片山を頼らないかと真正面から若菜に切り出した。
はあ? とばかりに若菜は片眉を跳ね上げて口を開く。
「嫌よ。これ以上、関係する人を増やしたくないもの。それに片山だか何だか知らないけど、分け前なんて渡さないわよ」
分け前って何なんだよと直樹は内心で溜息をつく。分け前なんて話は逃げ切ってからのことだ。若菜はこの状況から逃げ切れると本当に思っているのだろうか。
「分け前なんて片山さんも、俺だって必要じゃない。ただいずれにしても何かしらの対処をしないと、いずれ俺たちは捕まって終わりだ。このままでは破滅があるだけだ」
「終わりって何なのよ? 破滅って何なのよ? だから一緒に逃げようって言ってるじゃない。私は捕まる気なんてないんだからね」
逃げる……若菜は少し頭がおかしいのか。このことに関してはまるで話しが通じない。それとも本当に暴力団のような連中を相手にして自分が逃げ切れると思っているのだろうか。
「若菜、冷静に考えてみろ。一億は確かに凄い金額だが、都心にマンションでも買えばすぐになくなるような金額だ。たった一億だぞ? 都心じゃあ満足なマンションだって買えやしない」
「冷静にって何よ? それに自分の物でもないのに、たったなんて言わないでくれるかな? あれは私の一億円なんだから」
いや、違うだろう。そもそもあの金は七代目竹名組のものなのだから。
だが、そう思いながらも若菜の言葉に直樹は大きく頷いてみせた。
「分かってる。その金は若菜の物だ。他の誰の物でもない」
「何、その言い方? 何だか馬鹿にされているみたいなんだけど」
口を尖らせる若菜に直樹は内心で突っかかってくるなと思う。そんな直樹のことなどは意に介さないように若菜は言葉を続けた。
「会うだけなら会ってもいいわよ。直樹がそうやって言うぐらいなんだから、会った方がいいんでしょう? その結果は知らないけどね」
どうやら全くもって頭が悪いということではないらしい。ちゃんと物事を考えられるが、感情が先走るということなのか。
となると特に目的や勝算もないままに感情が先走って一億円を暴力団から奪ってしまったのだろうか。そうだとすれば、やはり頭が悪いとしかいいようがない。
「何なのよ、その顔は?」
若菜が直樹の思いを読み取ったかのように片眉を今度は跳ね上げてみせた。それに対して直樹は首を左右に振る。
「何でもない。それより、どこで片山さんと会うかだな」
「前に言っていたけど、片山さんって六本木のヤクザ屋さんなんでしょう? だったら六本木でいいじゃない」
「六本木は駄目だ。六本木を拠点にしてる蒲田・川崎狂走会っていう半グレ連中を知っているか」
「……まあね」
気のせいだったのか。若菜が一瞬だけ押し黙った気がした。
「六本木のキャバでも働いていたことがあったから。今ほどじゃないけど、その時から六本木では有名だったわよ。滅茶苦茶をする連中だってね」
「そいつらが若菜を追っているらしい。この間の奴らも蒲田・川崎狂走会の連中だ」
「なんで半グレ連中なんかが……」
「奴らのバックは七代目竹名組だ。それに奴らだけじゃない。全国の竹名組、そしてその友好団体にも若菜を探せとお達しが出ているらしい」
「ふうん……」
若菜が興味などはなさそうに呟くように言う。
「結構、でかい話だと思うがな。全国の暴力団や半グレ連中に追われるんだ。怖さや不安はないのか?」
「別に。だってそいつらの組長を殺したわけでもないし、そういった連中が寝る間も惜しんで私を探してるわけじゃないでしょう?」
若菜があっさりと言い放った言葉に直樹は頷く。そんな直樹を見て若菜は更に言葉を続けた。
「じゃあ大丈夫よ。キャバ嬢をしていた頃もそんな話は結構あったわよ。恐い顔のおじさんたちが、こいつを見かけたら事務所に連絡しろとかね。もっともそんな写真を置いてかれたところで、誰も興味を示さなかったけど」
キャバ嬢や店の黒服と、半グレや上層部から指示を受けた組員連中を一緒にするなとも思ったが、若菜の言葉に一理あるのも事実だった。
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