第18話 大阪の女

 喫茶店の店員に促されて、直樹なおきたちは通りに面している窓際のテーブルに座る。予想していたよりも店内の客はまばらで静かだった。


 直樹の正面に片山、隣には若菜わかなが座っている。椅子に座った片山かたやまは一瞬だけ若菜に視線を向けた後、直樹に視線を戻して少しだけ前屈みの姿勢になる。


 声を潜めるといったほどではなかったが、明らかに周囲に気を使ったように思える声量で片山が口を開いた。


「……この女が例の大阪の女ですか?」


 片山の問いに直樹は軽く頷く。

 ……大阪の女。

 訳ありの響きがある言葉だなと直樹は頭の片隅で思う。


「この前は言い出せなくて申し訳ありませんでした。正直、隠すつもりはなかったのですが、あまりに急な話だったので……」


 言葉を微妙に濁す直樹に若菜は不満げな顔を向けた後、何を思ったのか続けて片山に視線を向けた。


「大阪の女って言い方が嫌ね。何だか馬鹿にされてる気がするんだけど」


 その言葉に片山は眉間に軽く皺を寄せた。


「女、黙ってろ。てめえの意見は訊いちゃいねえんだ」


「はあ? 何なのよ、その言い方は?」


 若菜が片眉を跳ね上げた。例え相手が暴力団の若頭であったとしても若菜には一歩も引くつもりはないらしかった。その様子を見て直樹は内心で溜息をついた後、口を開いた。


「若菜、少しは分をわきまえてくれ」


「はあ? 分って何なのよ? 大体、このおっさんが……」


「おっさんじゃない。片山さんだ。これから俺たちは片山さんを頼るんだぞ? それなのに最初から失礼なことばかりを言ってどうするんだ」


 直樹の言葉に若菜は口を尖らせながらも黙り込む。次いで直樹は再び片山に視線を向けた。


「片山さんも勘弁して下さい。片山さんにも思うところはあるのでしょうが、この人は俺の大切な人だ」


 少しの間、片山は無言で直樹と若菜に視線を向けた後で、諦めたように溜息を軽くついてみせた。


「そんなことだろうとは思ってましたよ。確かに見てくれはいい女でしょうが、背景にあるものが厄介すぎですかね」


 そんなことは片山に言われるまでもなく直樹としては十分に分かっている。片山としても直樹が分かっていると理解しながらも言っているのかもしれなかった。


「直樹さん、ヤクザを舐めない方がいい。ヤクザは面子を守るためなら何でもします。七代目竹名たけな組の一次団体が素人のこんな女から金を盗まれたとなれば、全国のヤクザ者から笑われる」


「それを避けるためにも躍起になって、盗んだ相手を探すということですか」


 後の言葉を引き継いだ直樹に片山が無言で頷く。


「……話を丸く収めるとすれば?」


「そんな都合のいい話はないでしょうね」


 取りつく島もないような片山の返答だったが、直樹は尚も言葉を続けた。


「例えば盗んだ金を返せば……」


 その言葉に片山は首を左右に振る。


「ヤクザですよ? 金を返したところで話が綺麗に収まるはずがない」


 それも直樹にとっては予想の範囲内だった。そこを片山の力で丸く収めてほしい。直樹がそう言おうとした時だった。


 それまでは口を閉ざしていた若菜が口を開いた。


「お金ならないわよ」


 咄嗟には意味が分からなかった。直樹は思わず呆けたように口を半開きにして若菜の顔を見た。若菜は憮然とした顔を直樹に見せている。


「あんな現金を持ち歩けるはずがないじゃない」


「金でも買ったのか?」


 直樹の言葉に若菜は思わずといったような感じで苦笑をする。


「金っていつの時代の話よ。確かにここ数年、金は上がっているらしいけどね。金なんて買ったら換金が面倒じゃない。最初は仮想通貨にしようかと思ったけど、上げ下げが激しいから安定している銘柄の株にしたわ」


 やはり大したタマだと直樹は改めて思う。直情的に見えながらも根っこの部分は冷静になのだ。となると、一億を盗んだのも突発的な出来事ではなくて、周到な計画があったのかもしれない。

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