第11話 連絡

「何、難しい顔をしてるのよ」


 気がつくと若菜わかなの端正な顔がすぐ近くにあった。続いて若菜は何の躊躇いもなく唇を重ねてくる。自分の容姿がとれだけ男に対して効果的で、それをどのタイミングで行使すれば一番影響力を発揮できるのか。それを熟知しているようだった。


 若菜の右手が直樹なおきの股間に伸ばされた。


「ふふっ。昼間なのに元気なんだから」


 若菜の熱を帯びた吐息が直樹の顔にかかる。先のことはともかくとして、今はこの欲望から逃げられそうにもないようだった。





 ……午睡。

 昼間から互いの体を重ねた後、若菜は直樹の横顔で穏やかな寝息を立てていた。


 そのような若菜の様子に、いい気なものだと思わないわけでもなかった。しかし一方でそんなことには構っておられず、直樹には考えなければいけないことがどうやらたくさんあるようだった。無断欠勤をした会社のこともそうだが、まずは若菜自体のことなのだろう。


 有無を言わさずに部屋から叩き出す。それが正解なのは間違いなかったが、今となっては直樹自身の感情がそれを許さないらしい。この点に関して言えば、若菜に上手いこと手の平で転がされている気がする。しかし、感情が理屈を超えてしまった以上、如何ともしがたいことだった。


 後は若菜が抱えているトラブル。これがどの程度のものなのか。もっとも反社と思しき連中が若菜のことを追っているようなのだ。となれば細部を知るまでもなく、状況は直樹自身の手に余ってしまうことが間違いないように思えた。


 このような時に頭に浮かぶのは、やはり三代目若狭わかさ組若頭、片山の名前だった。頼りたくはないというのが本音だが、片山を引っ張り出せばこの反社が絡んでいるようなこの状況を収めることができるのだろうか。


 このトラブルが仮に反社が絡むような金、もしくはそれに準じるような物にまつわる話だったとする。直樹が思うにその可能性は非常に高いのだが。


 そうした場合、片山を引っ張り出してその金額等を補填すれば、辛うじてかもしれないが話が丸く収まる可能性は高い。もっとも、その金額等をどうするのだという問題は残るのだが。


 どちらにしてもトラブルの詳細が分からなければ、的確な対処ができるはずかない。ただ、若菜のあの様子では少しぐらい自分が強く問い詰めたところで、素直に本当のことを言うとは思えない。


 ならばあまり自ら言いたくはないのだが、自分が暴力団の上の連中と繋がりがあることを若菜に話してしまうのか。そして、それをもって解決してやるから、若菜が抱えているトラブルの詳細を話せと言うべきなのかもしれない。


 直樹がそこまで考えた時だった。直樹のスマホが着信を知らせて振動する。画面に浮かんでいた文字は三代目若狭組若頭、片山の名前だった。





 六本木で少しだけ会えないでしょうか。

 それが片山の申し出だった。片山から連絡を取ってくるのは珍しかった。そして、会いたいということは電話では話したくない。もしくは話せない内容ということなのだろう。


 時計を見ると午後二時を少しだけ回っている。若菜はまだ寝息を立てていた。


 昨日の今日だとは言え、今までのことを考えれば片山からの急な連絡といってよかった。直樹に思い当たる節があるとすれば、自分の目の前で寝息を立てている若菜のことだけだった。


 やはり自分は面倒な何かに巻き込まれたのか。直樹はその思いを強くするのだった。





 六本木駅の近くにあるカフェ。それが片山の指定した場所だった。直樹が足を踏み入れた店内は混んでいて雑多な人種で溢れていた。


 近寄ってきた店員を片手で制して直樹は賑わう店内を見渡す。それに気がついた片山が直樹に向かって片手を上げてみせた。直樹は軽く頭を下げて片山のテーブルに近づいて行く。


 片山の正面に座った直樹は何となく周囲を見渡した。テーブルとテーブルは近かったが、賑わう店内は騒々しくて周囲にこちらの会話が聞かれる様子はなかった。もしかすると片山はあえてこういう店を選んだのかもしれない。


「昨日は迷惑をかけしました。それに今日も呼び立ててしまって、申し訳ありません」


「いや……」


 直樹は首を左右に振りながら謝罪の言葉を口にした片山の顔を凝視した。しかし、その表情からは何も読み取ることができなかった。

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