第12話 広域暴力団

「最近はどこもタバコを吸えないので難儀します」


 片山はそう言って少しだけ苦笑のようなものを浮かべた。そうは言われたものの、直樹なおき自身はタバコを吸わないので片山の気持ちは正直よく分からない。


「で、用件の方は? 電話では話せないようでしたけど」


 焦り過ぎだろうか。そんな気持ちを抱えたまま、直樹は口を開いた。


「電話で話せないわけではないですよ。ただ会って話した方が妙な誤解を生まないと思いましてね」


 片山が直樹の言葉をやんわりと否定する。


 ……妙な誤解。

 直樹は自分の中で引っかかった片山の言葉を繰り返す。その言葉が若菜の抱えている不穏な状況を物語っているかのようだった。


 もっとも、これから片山の切り出す話が若菜わかなのことだと決まっているわけではない。そう考えていた直樹を片山の言葉がすぐに否定してしまう。


「どこからどう話せばというのがあるのですが、大阪でトラブルがあったようでしてね」


 ……大阪でトラブル。

 その言葉を聞いて直樹の胸でトクンと動悸が一つする。


「大阪でトラブル? 突然の話ですね。それが俺に関係あるとでも?」


 直樹の言葉に片山は軽く頷いて再び口を開いた。


「大阪でキャバ嬢が金を持ち逃げしましてね。まあ、大した金額ではないんですが、相手が悪かった」


「金額は? それに相手とは……」


 やはりそうかと思いながら直樹はそれを口にした。片山は直樹の目を見据えたままで再び口を開いた。


「……金額は一億。相手は七代目竹名たけな組の一次団体です」


 ……一億。

 ……七代目竹名組。


 竹名組と言えば一般人でもその名を知っているような関西を拠点としている広域暴力団だった。十数年前までは全国制覇という言葉を旗頭によくニュースを賑わせていたが、最近ではその言葉を聞くことも少なくなった。


 実際、暴力団対策法、通称暴対法が制定されてから暴力団はその締めつけによってどこも青色吐息というのが実情だった。


 今は全国制覇などと息巻いていられる時代でもなくて、どこの暴力団も己の組織とその利権を守ることで精一杯だった。それでも竹名組が全国制覇を決して諦めてはいないという話を今でも時折メディアで耳にする時はあった。


「それが俺とどんな関係があるんですか?」


 直樹のこの言葉に片山はここで初めて探るような目を直樹に向けた。


「昨日の深夜、西麻布で揉め事がありましてね。竹名組の息がかかった奴が二人、素手で完全に伸されました。まあ、なかなかの大怪我らしい。そいつらは伸される直前、大阪で金を持ち逃げした女を見つけて追いかけていたという話です」


「それに俺が関係してると?」


「まあ、杞憂に終わればいいんですがね。そいつらが伸された時間と直樹さんが帰った時間。そしてその時に目撃された特徴なんかが、あまりにも直樹さんと合致していましてね」


 片山の言葉に直樹は少しだけ肩を竦めてみせた。それを見て片山は更に言葉を続けた。


「男ふたりを簡単に伸せるものじゃない。それも俺たちと一緒で暴力に特化した奴らです。でも、直樹さんだったらできますよね?」


 直樹は片山の問いかけには答えずに別の言葉を口にした。


「……ことは大阪でのトラブル。それが何で片山さんのところにも話が流れてきているんですか?」


「たかが一億ですがメンツを潰されたのか、他に何かあるのか。いずれにしても、よほど腹に据えかねたんでしょうね。七代目竹名組内だけではなくて、その有効団体にも一斉にお達しが出ているんですよ。女を探して捕まえろと。もしくは情報を上げろと。うちの組も建前上は七代目竹名組の友好団体ですからね。うちにもお達しが届いている次第です」


 友好団体と言う時、片山の眉間には僅かに皺が寄ったようだった。


「なるほどね……」


 直樹はそう言って黙りこんだ。

 

 一億……。

 持ち逃げ……。

 反社が絡むトラブルだとは思っていたが、全国制覇を標榜している広域暴力団が絡むようなことだとは想像していなかった。正直、情報が多すぎて整理ができず、どうすれば最善の手段となるのか。急には判断できなかった。

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