第9話 刺激

「トラブルの内容に興味はないな。そのトラブルに深入りするつもりもない。今日はともかく、明日にはこの部屋から出て行ってくれ」


「あら、随分と冷たいことを言うのね」


 若菜わかなはそう言って直樹なおきの前に立った。そんなことを言われるのは心外だといったような顔をしている。


 若菜の身長は百六十センチを少しだけ超えているぐらいだろうか。直樹の視界の少しだけ下に若菜の覗き込んでくるような大きな黒い瞳があった。


「ねえ、随分と冷たいじゃない。こんな時間に女の子を部屋に入れておいて……」


 若菜は覗き込むようにして直樹の顔を見ている。そして更に半歩、直樹に近づいた若菜は直樹の首にゆっくりと両腕をまわした。


 形のよい若菜の胸が直樹の胸に当たっている。直樹を見上げる若菜の黒く大きな瞳は濡れているかのような光を帯びていた。


 思わずごくりと直樹の喉が鳴る。


 自分の魅力をよく分かっている。そんな言葉が直樹の中で浮かんでくる若菜の立ち振る舞いだった。


 照れもあって思わず直樹は顔を背ける。別に女性経験が豊富なわけでもないが、年相応にそれなりの経験はある。


 だが、それでも若菜のような魅力溢れる女性にこうして真正面から迫られると、どうしていいのか分からないようだった。いや、そもそも女性から迫られた経験自体がないのかと直樹は思い直す。


「何してるのよ。こういう時はこうするのが正解よ」


 若菜の唇と直樹の唇が重なる。思わず直樹は息を止めてしまう。一瞬だけ若菜の小さく柔らかな舌が直樹の口腔内に入ってきた。


 瞬間、直樹の股間が熱を帯びたようだった。抱き寄せようとした直樹の胸を若菜は両手で軽く押した。


「続きはシャワーを浴びてからね。バスタオルを借りてもいいかしら?」


 若菜はそう言って再び抱きしめたくなるような魅力的な笑顔を浮かべたのだった。


 完全に遊ばれているな。背後で聞こえ始めたシャワーの音を聞きながら、直樹は内心で苦笑しながら呟いたのだった。





 「ねえ、七時よ。会社とかに行かなくてもいいの?」


 直樹が目を開けると顔のすぐ近く、真正面に若菜の顔があった。若菜もまだ起きたばかりのようでその声も顔も眠たそうだった。だが、やはり美人はどんな顔をしていても美人らしい。


 直樹はそんなことを考えながら上半身を起こした。どうやら行為の後、裸のままで眠ってしまったようだった。若菜も同様なようで、何も着けていない形のよい胸がベッドの上で露わになっている。


 直樹が上半身を起こすと、若菜は生まれたままの姿でベッドから立ち上がる。


 直樹は一瞬だけ若菜の長い手足に見惚れてから視線を逸らした。


「ちょっと、何を照れてるのよ。見られているこっちが恥ずかしくなるじゃない」


 直樹のそんな様子に気がついたのだろう。若菜はそう言って直樹に体を向けて、鼻の頭に皺を寄せて仁王立ちとなる。そして言葉を続ける。


「昨日、あんなことやこんなことを私にしたくせに」


 直樹が視線を向けると若菜は笑顔を浮かべている。恥ずかしくなるなどと言っていたが、その笑顔を見る限り、羞恥心などとは無縁であるように思えた。それとも、それは自分の外見に自信があるからこそなのか。


「とにかく何か着てくれ。朝から刺激が強すぎる」


「あら、随分とウブなのね。刺激ってこういうことを言うのよ」


 若菜は身を屈めてベッドで上半身を起こしている直樹の唇に自分の唇を重ねた。唇が離れる瞬間、直樹の顔に熱い吐息がかかる。そして若菜は直樹の股間に片手を伸ばした。


「あらあら、刺激を与えなくても元気だったのかな?」


 若菜はウインクをすると浴室に消えていく。その後ろ姿を見送った後、直樹は天井に顔を向けた。そして、盛大に溜息をつく。


 どう考えてみても、やはり昨日から遊ばれているようだった。若菜の年齢は二十六歳とのことだったが、六歳も歳下の女に何かと遊ばれているのだ。朝から溜息の一つもつきたくなってくる。浴室から聞こえて来たシャワーの音を聞きながら直樹はそう思うのだった。

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