第2話 怒声
「あー、すべすべだー。若い子はやっぱりいいねー」
「ち、ちょっと、小川さん、止めてください」
ミソラが慌てた声で言う。最初から感じていたことだったが、ミソラは酔客のあしらいがヒトミとは違ってどこかぎこちない。まだキャバ嬢としての経験が浅いのかもしれなかった。
小川を拒否するミソラのそんな様子は、体を硬直させていて声も少しだけ震えているように思えた。
「えーっ? いいじゃん、いいじゃん。少しぐらいだったらさー」
小川はそう言って今度はおもむろにミソラの豊満に見える胸に片手を伸ばすと、それをいきなり鷲掴みにした。
「嫌っ!」
小川の鷲掴みにしたその手は決して強い力ではないように見えた。しかし、ミソラは胸を鷲掴みにされた小川の手を叩くようにして払いのけてしまう。キャバクラの中では比較的静かに思える店内で、周囲にも確実に聞こえるような乾いた音が鳴り響いた。
小川の手を叩くようにして払いのけたミソラも不用意すぎるとは思うが、いくら酒に酔っているにしても小川がやり過ぎたのは明らかだった。
「痛ってえー」
そんな自分がやり過ぎてしまったことには構わず、小川は上半身を起こして払いのけられた右手を残る左手でさすっている。
「ほらほら、小川さん。ここはキャバクラですからね。お触りはほどほどにしましょうか。ま、楽しく飲みましょうよ」
鴨田も一連の出来事を見て流石に不味いと思ったのだろう。場を取りなすようなことを口にして、更に言葉を続けた。
「ほらほら、ミソラちゃんもそんなに怒らないで。小川さん、少し酔っぱらっただけだからさ」
「うん、ミソラちゃん、楽しく飲まないとね」
ヒトミも鴨田に続けて追従するようなことを口にする。ところが、騒動の原因である小川の腹の虫が収まらないようだった。
「痛ってえな。何だ? この店は客に暴力を振るうのか?」
この不用意にも思えるような小川の言葉が火に油を注いだようだった。先程から所々で散見されたお触りまがいの行為に我慢の限界だったのかもしれない。瞬時にしてミソラの眦が吊り上がる。
「はあ? ここはそういう店じゃないんだよ。胸や足を触りたいんだったら、触れる店に行けよ」
「な、何だ? お前、客に向かってその口の利き方は何なんだ? 暴力は振るうし、どうなってんだ、この店は?」
小川は握り拳を震わせながら立ち上がった。ただでさえアルコールが入っているのだ。娘のような歳のキャバ嬢にそんな言い方をされれば、小川でなくても頭に血がのぼるかもしれない。例え自分の方が悪いとしてもだ。
「小川さん、少し落ち着きましょう。ね、他のお客にも迷惑ですから……」
鴨田も立ち上がって握り拳を震わせている小川を宥めようとする。直樹も鴨田につられて立ち上がったが、怒りで小刻みに震えている小川を羽交い絞めにするわけにもいかない。
そうかといって何か声をかけたところで、今の小川だったら巻き添えを食らってしまいそうな勢いだった。小川自身にしてもこのような行動を取った以上は、少しぐらい他人に止められたところで引くに引けない状況だろう。
「ちょっと、少しは落ち着きましょうよ。ほら、ミソラちゃんも謝って……ね?」
ヒトミも立ち上がって、座ったままで両足と両腕を組んで険しい顔のままであらぬ方向を見ているミソラに声をかける。店内での異変を察してのことだろう。二人の黒服が足早に直樹たちの方へ向かってくるのが、直樹の視界に入った時だった。
直樹たちの背後から巻き舌での怒声が響いた。
「てめえら、さっきからうるせえぞ!」
怒声がした背後を振り返ると、いかにもその稼業ですといった二人の男が立っていた。一人は三十代半ば。もう一人はまだ二十代に見える。怒声を発したのは若い方なのだろうと直樹は思う。
自分たちがよほどうるさかったのか。誰かに絡みたかったのか。それともその両方なのか。二人の男は怒声を発した後、わざわざ直樹たちのテーブルまでやってきた。
背丈は二人ともそれほど高くない。百七十センチを少しだけ超えている直樹と同じぐらいの背丈だった。
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