第3話 揉め事のプロ

「おい、うるせえって言ってんだよ!」


 若い方が直樹たちの前で、先程と同じ言葉をいきり立つような巻き舌で繰り返す。あまり言葉を知らないのかもしれない。直樹なおきはそんなことを思いながら隣の年上の方に視線を向けた。


 直樹の視線に気がついたのだろう。年上の方が直樹に視線を向けた。その視線を直樹はすぐに外す。その顔を見る限り年上の方は落ち着いているようだった。こういった揉め事に慣れているのだろう。


 この思わぬ乱入者で、先程までのアルコールに任せた元気はどこかに行ってしまったようだった。鴨田かもだと小川は無言で下を向いてしまっている。


 それも無理はないと直樹は思う。明らかにその業界の人と分かる連中だ。黙ってやり過ごすのが正解だろう。ここで下手に謝ったりすれば、彼らに揚げ足を取られる可能性だってある。


 あちらは揉め事のプロなのだ。反論する必要などはどこにもない。


「さ、澤田さわださん、他のお客様の迷惑になりますので……」


 駆けつけてきた黒服の一人が言う。どうやら顔見知りのようだった。となると、このあたりをシマにしている暴力団の連中か。直樹の中で見知った組の名が浮かび上がってくる。


「あ? うるせえよ。俺たちもそのお客だろうが」


 澤田と呼ばれた方とは違う先程の若い男が一歩を進み出て、黒服が着ているワイシャツの襟を片手で掴み上げた。


 黒服の顔は蒼白になっていた。会話から察するにおそらくは顔見知りのはずだった。その顔見知りの黒服がそんな顔をしているのだ。かなり不味い状況と言ってよさそうだった。


「おっさんたちもうるせえが、おい、そこの奴……」


 澤田と呼ばれた男が言う。不味いなと思いつつ、直樹は澤田に再び視線を向けた。


「お前、随分と落ち着いているな。舐めてるのか?」


 落ち着いているから舐めている……。

 どんな言いがかりだよと思いながら、直樹は仕方なく澤田に視線を向け続ける。


「いえ……」


 直樹としてはそうとしか言いようがない。それ以上下手に何かを言えば、揚げ足を取られかねない。


 流石に手は出されないと思っていた。その後のリスクを考えると、彼らが何もしていない一般人に手を出す益はない。


 事情は知らないが、単に腹の虫の居所が悪くて絡んできただけなのだろうと直樹は考えていた。


「あ? てめえ、舐めてんのかって言ってんだよ」


 澤田が執拗に言ってくる。


「すいません。勘弁して下さい」


 直樹は素直に謝罪の言葉を口にする。そう言う以外に言葉はなかった。


「澤田さん、私たち大丈夫だから……ね、ミソラちゃん」


 ヒトミが場を取りなそうとしてのことなのだろう。ミソラにも同意を求めた。騒ぎの発端となったミソラも大事になってしまったのを感じているのか血の気が引いた顔をしている。ミソラはそんな青い顔を何度か頷かせた。


「う、うん、大丈夫です。澤田さん。だから、騒ぎは……」


 どうやら二人とも澤田とは顔見知りのようだった。やはりこの男たちは、このあたりをシマにしている暴力団の人間で間違いないようだ。


「あ? うるせえよ。お前らの出る幕じゃねえんだよ」


 澤田はヒトミとミソラに言い放つと再び直樹に視線を向けた。


 正直、厄介だなと直樹は思っていた。何が気に入らなくてここまで執拗に絡んでくるのかが分からない。裏で何回か小突かれれば場は収まるのだろうか。


 だが、よく分からない理由で小突かれてしまうのも直樹としては面白くなかった。そもそもで言えば、騒いだのは小川であって直樹自身ではないのだから。


「いや、本当に勘弁して下さい。うるさかったのは謝りますので……」


 そう言った直樹の襟元を澤田が片手で掴んだ。


「あ? お前のその落ち着き方が気に入らねえんだよ」


 最早、無茶苦茶な理由になっていた。因縁をつけるにしても少しはまともな言葉がないものかと直樹は思う。


 これは腹を括るしかないかと直樹は内心で溜息をついた。こちらが警察に駆け込むことになるようなことはされないだろう。ただ軽く小突かれることぐらいはやはり覚悟しなければいけないようだった。

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