インタビュー
「ねぇイブキさん、私達もこの『ノッキング』と万能防御魔法を覚えることができたけど···一般に公開した値段が安すぎない? これだとモンスター数体でペイできてしまわない?」
二月のある日、佐藤が私にそう言った。
私は高いと思っていたが、隣りにいた佐倉も安いと感じていたらしい。
値段設定は私と東横で考えたので、私よりも東横の方が理由に詳しいだろう。
東横の方を見てアイコンタクトをすると、東横が理由を語りだす。
「魔法理論の基礎である六基だけど、探索者協会の方針で習得したかの確認を各地の探索者協会が行うようになった。これは探索者協会上層部に魔導書の話を根回しした結果だけど、お陰である程度六基を習得した人数を把握できているんだ」
「佐藤と佐倉さん、何人が習得したと思う?」
東横の問に佐倉は
「うーん五千人くらい?」
と答え、続けて佐藤が
「一万人位いるんじゃないんですか?」
と答える。
「千二百人···未確認の人を合わせても千五百人は届かないと見ている」
「え? たったそれだけ? イブキさんの販売数って両方とも三万ダウンロード超えてますよね」
「注意したのに先走った人が多かったね···」
「まずこの人数を覚えおいて。イブキの配信のメイン視聴層であるメンバー会員の人数が現在約四万四千人、この人達は九割が探索者で、うち六割が下級探索者の視聴者です」
「イブキの目的は魔法理論を【正しく】広めること。そこにランクの上下は関係なく、下級下位でも魔法理論をしっかり覚えれば下級上位や中級下位の能力を出せることが本来の目的であり、その中には下級探索者の収入の上昇も付属した目標として含まれている」
「下級の救済はイブキの善意でもあり、自身が苦労した経験からと、探索者協会が金になりにくい才能の乏しい人材を活用できるチャンスでもある」
「人の事故率を下げる万能防御魔法が協会からせっつかれたと同時に、『ノッキング』がそれよりも安い値段設定なのは下級探索者から利益を生み出すためでもある」
東横が長々と喋っているが、纏めると
·実際に魔導書で魔法を覚えられる人数は現状少ない
·覚えられても既存の魔導書とは違い、威力が安定するまで時間がかかり、苦労が伴う為、既存の魔導書と同じ金額設定にしても売れない
·六基を覚えれば新しい魔法を覚えられるというモチベーションを上げる餌にしたいので安価で提供したいという私の心遣い
·現状需要過多状態で供給が増えて買取金額が下がったとしても、下がった金額が適正価格であり、値崩れすれば輸出商品に変わるので一定金額までしか値段が落ちない
·数万人ならまだしも全国に散らばった状態で千人ちょっとな為、局地的な供給過多も起こりにくい
·中級上位以上の探索者は『ノッキング』に近い魔法を使えるか使える仲間がいるのでそこまで需要が無いため、供給量が増えるのは下級ダンジョンのモンスターになるが、下級ダンジョンのモンスターは全体の供給量も多いので、多少増えたところで誤差でしか無い
·実際に効果が出てくるのは数年後
ということを東横が話した。
なので下級探索者をメインで広めたいなら数万円前半にしないといけないよねってことである。
現にできたできない論争で今日もネットは大炎上を繰り返しており、掲示板等は既に考察や効率的な修行方法、魔法の覚え方等で溢れかえっている。
匿名掲示板なのでダウンロードしたファイルの無断転載も目立つが、元々金は気にしていなかったので入らなくても別に良いが、ファイルにウイルスが入っている悪質な事もあるので自己責任だろう。
あー、あとやっぱり切り抜き動画プラス解説とお気持ち表明をした馬鹿配信者が出たが、岐阜県探索者協会が速攻裁判をし、探索者免許の一定期間の停止処分がくだっていたし、その人物が六つの基礎が使えていなかったので更に大炎上して、使えないのに解説するなということでネットで晒し者にされていた。
また初期に魔法理論を否定的な報道を繰り返してしまっていたテレビや新聞社を相手に東京の探索者協会が動き、魔法に対する正しい知見を妨げたとして訴訟を起こした。
これはダンジョンが出現した初期の混乱期にデマ情報と正しい情報が混ぜられた報道により多数の死傷者が出てしまったため、探索者協会では悪意のある公平性の欠けた報道をしたメディアには厳しく当たる体質があり、それがモロに出たらしい。
その余波というか、渦中の人物である私に取材をしたいという方が現れた。
「おお、勇者が現れたわ」
しかもなかなかしっかりしているのが私にまずメールを送り、岐阜県探索者協会の方にもメールを送りとちゃんと手順を踏んでくれた。
私も礼には礼をと、メッセージを送り、その方がテレビ局の人らしいので会議室を借りてインタビューをする流れとなったのだった。
「本日はよろしくお願いします」
「わざわざ遠方よりすみません」
東京に本社があるテレビ局の方達で、わざわざ岐阜まで来てくれたスタッフ達に感謝をする。
インタビュアーの方は俳優業をしながら趣味で探索者をしている二宮さんで私のリスナーでもあったらしい。
「一度イブキさんとお話してみたかったので今日は楽しみであまり眠れなかったんですよね!」
「有名人の二宮さんに知られていたなんて光栄です」
今日の予定をスタッフの方や二宮さんのマネージャーさんに聞くと翌日の昼間では時間的余裕があるとのことなので、前に萩原がオススメし、私も気に入っていたキムチチャーハンのお店を撮影後奢るので行きませんかと言い、撮影スタッフも盛り上がっていた。
軽く打ち合わせをしてから撮影が始まる。
ちなみにニュース番組の一コーナーで十五分の枠が取られているらしい。
CMの関係もあるので実質使われるのは十三分程度らしいが。
一応十五分撮影して、編集で数分カットするかもと伝えられている。
「話題の人のコーナーです。本日は登録者数が百万人目前の人気ダンジョン配信者の天使のイブキさんにインタビューをしていきたいと思います! よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
最初の五分間は私の軽いプロフィール紹介から始まり、魔法理論の話になる。
「イブキさんといえば今話題の新魔法理論の提言者としても有名ですが、元々はイブキさんの師匠の方から教わったと聞いていますが」
「はい、辻聖子師匠から教わった事を私が皆さんに覚えやすいように改良した物を発信させてもらっています」
「イブキさんも六基を覚えたと思いますが改良前とは何が違うのでしょう」
「改良前は『吸う』という最高難易度の物から教わりまして、私自身餓死しそうになりながら覚えたので、なるべくそのリスクを減らせるやり方を模索し、時間はかかるが難易度を下げたやり方が現在のやり方になります」
「では六基をこれ以上難易度を下げることは難しいと」
「残念ながら今の私の力ではこれ以上下げることは難しいと言わざる得ません。ただ六基が広まれば新しい覚え方やちゃんと教えられる人が増えればそれだけ六基の習得難易度も低下しますので、今覚えている人や覚えようとしている人は先駆者だと思ってください」
「なるほど···つい先日その魔法理論の応用が発表されニュースにもなっていましたが、電子版の魔導書はどうやってお作りに?」
「あれは私が作りました。ただ現状私しか魔導書のコードを書き出すことができませんし、既存の魔導書みたいに読んだら直ぐに一定の威力の魔法が使える···とはいきませんし。六つの基礎を覚えていないとそもそも魔導書を読み解く事ができませんし、魔法の威力も不安定で数週間訓練する必要がございます」
「いや、それでも適性を無視して魔法を覚えられるのは魔法業界に革新と言っても良いでしょう。万能防御魔法は探索者の死傷率をグッと引き下げますし、『ノッキング』の魔法は素材の確保が容易になりますからね」
「中級上位以上の探索者はあまり必要ないと思いますが、下級探索者は覚えることができれば収入が大幅に増えますし、生活にゆとりができ、その分装具代に充てられると思うので頑張って覚えて欲しいところです」
「なるほど、私も最初の防具代は抽出に苦労した経験があります」
「高いですからね。一部なら車よりは安いですけど、全身だと車並に匹敵しますし」
「あれ? でもイブキさんは武器や防具は籠手のみて、市販のツナギを着用していませんか?」
「チームの前衛がしっかりしていますっていうのと、今装具の選定中なんですよね」
「中級ダンジョンに潜るとなると全身で五百万くらいはかけたいですね。下級探索者の価値観だと大金に思えるかもしれませんが、それくらいかけないと危ないですし」
「いや、市販のツナギで挑まれているイブキさんに言われたくないと思いますよ」
「そりゃそうだ。ただダンジョン選びありきでやっていますから」
「何かコツみたいなのがあるんですか?」
「経験値を優先するか金を優先するか」
「経験値ですか?」
「レベルはダンジョン内でいかに強いモンスターを倒したかで上がります。RPGゲームのイメージのまんまです」
「色々な説がありますが断言するには何か理由が?」
「私の師匠が長年レベルについて研究していたらしく、モンスターを倒すと特殊な魔力が空気中に散布されるらしいんですよね。それを体内に取り込むことで経験値が蓄積し、レベルが上がるのです。才能によってレベルが上がりやすいというのがありますよね?」
「はい、ありますね」
「あれは経験値の必要量が低いか、散布した経験値を効率よく吸収できるかの二つによって変わってきます。『吸う』を覚えることで後者の効率が上がるので少しはレベルが上がりやすくなるはずです」
「それは重要な発表ですね」
「ただ魔法理論の六つの基礎は根気が無ければ覚えられませんし、ある程度の時間も必要です。探索者協会主催で補助のイベントが開催されていますが、敷居が高いのが現状です。二宮さんも是非最後まで覚えてみてはいかがでしょうか」
「そうですね。考えさせてもらいます」
こうしてインタビューは終わった。
私が重要な情報をぶち込んだので二十分になってしまったが、そのまま録画を流されたのだった。
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