心配事

「ジジイ、やっぱりイブキの言ってることは確かだ」


「そうじゃのぉ、現に儂や柊君、学生達もできるようにはなっておる」


 大学の研究室にて実習実験が行われ、人数に差はあれど数人が確かに魔法理論の六つの基礎のうち三つの巡らせる、纏わせる、交わるができるようになっていた。


「体温調節機能、身体機能、自然治癒能力の向上、魔力の活性化による魔法の出力の向上···確かに方法を知らなければ偶然たどり着く物ではねーわな」


「それだけに辻聖子という人物を損失した事が惜しい。彼女が生きている時に一度話してみたかった」


「大学のサーバーに彼女が面会を求めるメッセージが届いていたらしいが」


「その頃は儂も柊君も現役じゃったろ。儂が有名になったの八年前、ここの大学で権力を握ったのは五年前、柊君が来たのが三年前···微妙にすれ違っているからな」


「でもこれで確信できたわ、イブキの事が正しいのであれば人工ダンジョンの可能性を追い求めねーといけないだろ」


「あぁ、ダンジョンは産業の根幹故に出現するモンスターやフィールド構造を任意で決められるのであれば莫大な金が動く···いや、本当の意味でのダンジョン都市ができるかもしれんな」


「ダンジョン内部の巨大都市か。ダンジョンが出現し始めた頃に世界各国の研究者が夢見たバビロニア計画···欧州のダンジョンで実験が行われたが失敗したあの計画が再び···ってか? 俺にはその良さはわからねーけどな。なんでそんなに必死に研究しているんだ?」


「儂も学生の頃に教授から聞いた話だが、初期の頃にダンジョンに潜った探索者が黄金郷を見たと言う報告事例が多数上がった。彼らはそこに住む住民と会話をすると追い出されて元の世界に戻ったと言った···つまり異世界に我々と同じ···いや更に優れた文明があると言うことがわかっている」


 教授は続ける


「ダンジョンに都市を作るのはその文明に追いつく始まりでしか無い。ダンジョン出現のお陰で世界から戦争が消え、人類は歴史上始めて団結をすることができている。それは多くの国が黄金郷の真なるバビロニアを追い求めているんだ。それを知る過程で多くの真理がわかるだろうと。なぜダンジョンが出現し、モンスターが生まれる仕組み等もわかるだろうと···」


「ジジイ、夢見てるんじゃねえよ。初期の頃の迷信だろそれ」


「儂は信じている。世間ではダンジョンに魅せられた集団幻覚とされているが、研究者としてダンジョンの仕組みの一旦を知りたいのだ」


「夢見るジジイが世界的権威だもんな···で、夢の前に現実の話だ。魔法理論を広めるだけが目的だと思うか?」


「ん?」


「俺なりに調べてみたがイブキが使う『サンレイ』···あれは辻聖子が得意としていた魔法だが、他に使用者が居ない。オリジナルな魔法の可能性が高い」


「イブキはそれを継承したと」


「魔法を理論化できるのであれば魔法を教え合う事ができるようになるかもしれねぇ、それは今の魔導書の価値を暴落させる行為に繋がるかもしれない。多くの者は魔法を教え合う事でさらなる成長に繋がるかもしれねぇが、一部の資産家が黙ってねぇ」


「資産家達から消される可能性があると柊君は言いたいのか」


「良くも悪くも世界が大きく動く可能性を秘めたキーがイブキだ。辻聖子はもうダンジョンから出られないと考えるとイブキのみが世界に魔法革命を起こしえるメッセンジャーとなっている。彼女を消せば百年は魔法の進歩が遅れるだろうな」


「彼女が所属しているのは岐阜県の探索者支部だったな」


「あぁ、そのハズだ」


「警告を発しておかなくてはな。慎重に事に当たると」









 岐阜県探索者支部の支部長室では支部長が佐久間教授から送られてきたメッセージの意図を理解した。


「流石佐久間教授だ。もう人工的な魔導書の可能性を嗅ぎつけやがったか」


 探索者支部でもスパコンを使いイブキが渡した人工魔導書のコピーの解析を行っていたが、まだ取っ掛かりを掴めていなかった。


 日本語なのに意味不明な文が混じっているため読み解け無いのだ。


 ただ基礎の三つが公開されたことで読めなかった文の意味がわかるようになったので魔導書が本当に魔法を覚えることができる物であることはわかっている。


「佐久間教授にもこの魔導書のコピーを送れ。彼なら解析してくれるかもしれん」


「よろしいので支部長?」


「危険性を理解してイブキの保護を強化するように言ってきた人物だ。この送る意味を理解してくれるだろう」


「···イブキさんへの護衛は強化しますか?」


「そうしたいのは山々であるが、うちのギルドナイトから出せるのは東横レベルが限界だ。ダンジョン都市に引っ越してほしいが、それは彼女が魔導書を公開してからになる。今の状態で保護をしても意味を理解できない者に逆に危険にさらされる可能性が高い」


「なるほど」


「まぁ資産家が送り込む様なレベルの暗殺者はピンキリだ。実銃が致命傷になりづらくなった昨今では暗殺者も近接戦闘化しているからな。他国のギルドナイトの最精鋭の暗殺部隊でも無い限り大丈夫だろう」


「支部長それはフラグですよ」







「という懸念があるのだけど」


 東横は上から連絡が来て警戒した方が良いかもしれないと私は言われた。


「いや、魔導書を経由しないと魔法は他人に伝えられないよ」


「あれ? そうなの?」


「魔導書の文字の羅列が意味を理解すると魂に魔法を植え付ける魔法がかかっているからね。だから魔導書なんだよ。人に魔法を口で教えられるならそう言う精神操作系の最上位魔法になると思うけど、そんな魔法が使える人聞いたことないでしょ? そういう事」


「···とりあえず実銃が効かなくなるくらいレベルを上げましょう」


「中級中位以上か···頑張るよ」


「それでも拳銃レベルですがね···」


 心配事が少し出るのだった。

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