産婦人科

 私···東横雪子が後藤伊吹を初めて見て思ったことは綺麗であった。


 元男と言うが長い髪の毛をその時はポニーテールに纏め、モコモコの部屋着で部屋から出てきたが、可愛いと綺麗が同居している女性として完成された物を持っていた。


 話してみると現実をよく見ている方だという印象を持ったが、自身の影響力を軽く見ているとも思えた。


 今彼女がした発言は専門家達に否定されているが、追加の動画がアップされていないため検証のしようがなく、視聴者達は次の動画や配信を心待ちにしている。


 ここで彼女が決定的な証拠を出せれば影響力は確固たるものになる。


 そう思い手早く成果の出るものは無いかと聞いたが、結果が出るのには短くても三ヶ月かかるらしい。


 三ヶ月もかかれば多くの視聴者は離れていくが、精鋭が残るだろう。


 もしそんな猛者達から彼女の理論を理解できる者が現れたら···そこからが後藤伊吹の本当の評価に繋がるだろう。


 私は後藤伊吹のことをペテン師と言ったが、話していくうちにとてもその様には思えなくなっていった。


 彼女は伝道師。


 彼女の師匠という辻聖子が本物の天才であり、後藤伊吹の与えられた役割はそれを皆に広げることである。


 〇から一にするのが役目ではない。


 一から十や百にするのが役目だ。


 今後藤伊吹に何かあればそれが潰えてしまうのが確定しているので私は支部長がなぜ彼女を護衛するのかということを改めて意味を理解して挑む。


「いえ、私が居ない時に何かあれば困るので同行します。改めてよろしくお願いしますねイブキさん」


 自然とその言葉が出ていた。







 大家の一家にも挨拶をして翌朝、マタニティジャージを着たイブキが外出しようとしていた。


「あ、おはよう東横さん」


「どちらに?」


「散歩。本当は走りたいけどね」


「一緒に行きますので少し待ってください」


「え? 悪いよ」


「いや、今あなたに何かある方が問題なので···喋り相手がいた方が楽しいのでは?」


「確かにそうだね。じゃ待つよ」


 イブキを説得して、私は急いでランニングウェアに着替えて外に出る。


 もうすぐ一月。


 今でも冬真っ只中なのに彼女は全く寒そうじゃない。


「寒くないですか?」


「あー、魔力を纏っているからね」


「魔力を纏う?」


「体の血管に魔力を流しているのと毛穴から微量に放出される魔力で膜を作って体を保護しているの。そうするとある程度の外気温はコントロールできるんだよ」


「イブキが言う六基ができればそうなるのですね」


「うん。できるようになるよ」


 歩き初めて雑談をする。


 イブキからアパートの事を聞かれ、正直前住んでいた場所よりもランクダウンしたし、年季が入っているので使いづらかったり、広くもないので住みにくい事を話すとイブキはだろうねと返してきた。


「家賃は支部持ち?」


「はい、あと車も支部から借りている物です」


「いいなぁ、ミドルミニバンタイプだっけ?」


「はい、国産のハイブリッド車ですね。頑張れば八人乗れるやつですし、後ろを倒せば荷物を大量に運べます」


「買い物ごめんね···付き合わせる事になって」


「いえ、護衛の仕事のうちなので気にしないでください···ところで料理ってできるのですか?」


「男飯なら···」


「教えましょうか?」


「え! 本当!」


「はい、ある程度ならできるので」


「助かるよ···」


 散歩自体は三十分ほどで近くをぐるっとしただけだが、ここらへんは田んぼと畑ばかりで近所の家もそんなにない。


 ダンジョン都市や東京で過ごしてきた身とすれば不便で仕方がない。


「よくこんな所に住んでますね」


「住めるならダンジョン都市に住みたいよ。でもあそこ中級以上じゃないと住宅補助が探索者協会から出ないじゃないですか。補助ありで月五万とかするから補助無しだとゾッとしますし、移住制限の申請が個人の下級探索者は通らないじゃないですか」


「それで都市部とか市街地とかもっと利便性の良い場所はあったのでは?」


「まず家賃が安い、次に下級ダンジョンが車で行ける範囲に複数箇所ある。それを考えるとなかなか良い立地ではあるのよここ。まぁ建物が古いのは安さとイコールだから仕方がないことって割り切るしか無いね」


「あと私が弱かったから。五年活動してレベルが二しか上がらなかったんだよ。才能が欠落していたし、頭もそこまで良くなかった。親とも喧嘩別れしたから頼れない。そうなると底辺でもがくしかなかったんだよ」


「いやアルバイトで働けよ」


「そりゃごもっとも。でも強くなることを憧れちゃったんだから仕方がないだろ?」


「結構社会不適合者より? イブキって」


「どうだろ? 一般教養はある方だと思うけど?」


「いやいや、あったら親と復縁したりとか才能無いのにダンジョン潜り続けないって」


「そりゃそうか、にゃはは」


 散歩の後に食事にするが、イブキの朝食は目玉焼き、インスタントの味噌汁、ご飯とあまりに寂しい食事であった。


「確かにこれは男飯だわ···子供がお腹にいるのですからもっと栄養価の高いものを食べないと」


「···料理覚えます」


 私は自室から昨日作ったハンバーグと漬物を分けて、味噌とご飯を分けてもらい、一緒に食事を摂る。


 文字通りイブキの食事は摂るだ。


 口に運び食べるが飲み込まない。


 口の中で栄養素にして摂取しているらしい。


 まるで手品だが、ほぼ無意識にしているくらい馴染んでいるらしい。


「お腹に溜まらないんじゃない?」


「溜まらないね。でもお腹は空かないんだよ」


「それ大丈夫なのですか? 子供への影響とか」


「···一度産婦人科に受診しないといけないね」


「いや、まだ行ってなかったんですか!?」


 その後今日の予定は全てキャンセルして産婦人科に行かせるのだった。











「エコー撮りますよ〜」


 街の産婦人科に東横に連れて行かれ、予約も無しに来たのに一時間程度の待ち時間で受診してもらえた。


 女医さんは私のお腹を聴診した後にエコーを撮りましょうと言われ、機材を準備している間にいつ妊娠したのかとか、色々聞かれ、ダンジョンのマジックアイテムで妊娠したと言うと狂人を見る目で見られたが、お腹のリングやそういう事に詳しい方(辻聖子ことマーちゃん)の話しをすると苦悩に満ちた顔をしながらも受診を続けてくれた。


「もう少し早ければ墮胎を勧めましたが、ここまで何もしなかったのを見ると本当に産むんですね」


「はい」


「人間ではなくても? モンスターが産まれてくるかもしれませんよ」


「構いませんが?」


「わかりました。ただ当院で子供を取り上げる事はできません。万が一が起こり、他の入院患者さんに影響が出る可能性もありますので···」


「わかりました。定期検診をしてくださるだけでもありがたいです」


「先生、エコー準備整いました」


 エコーをしてみると二人の胎児が映し出された。


「話を聞くと妊娠二十七週なので胎児が活発に動いていますね。ただ双子にしてもお腹が通常の子より大きい。胃袋が圧迫されて食事が取りにくいとかはありませんか?」


「いえ、そんな事は無いですね」


「腹部とかのケアはしてらっしゃいますか」


「いえ特には」


「妊娠線ができてしまうと消えないので手入れは怠らないほうがよろしいですよ。採血と子宮がん検査、クラミジアの検査も今日しましょうね」


 と言われ、色々な検査を受けた。


 検査結果は三日後に出ますのでもう一度来てくださいと言われ、母子手帳が作られてその日は終わった。


 車内で待っていた東横に


「どうでしたか?」


 と聞かれると


「ここでは胎児の取り上げができないって。探索者支部に相談できない?」


「あー、極少数ですがモンスターの子供を孕んでしまう探索者も居ますので対応する病院なら可能かと。一度上に相談しておきますよ」


「助かるよ」


 とりあえずその後はお腹の保湿クリームを買ったり、乳がそろそろ出てくると言われたので母乳パッドを買ったりして家に帰った。


 その後は動画の撮影をして一日が終わってしまった。

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