処女受胎
「やぁ呼び出して悪かったね」
綺麗なお花畑の真ん中にある公園とかにある様な休憩所の長い椅子に気がついたら私は座っていた。
キョロキョロと周囲を見渡した後に
「え? どこですかここは?」
と眼の前で不敵にニヤリと笑う天使の女性に話しかける。
「混乱している状態でも現状の把握に努めるのは探索者として基本だ。質問に答えよう。ここは【ヘブン】···天使が住まう場所だ」
続けて彼女が言う。
「と言ってもここに来たのは私と君で二人目だ。私は自力で、君は私が呼んだんだ」
「は、はぁ」
「イマイチよくわかってないみたいだね。まぁいい。色々と知りたいだろうからまずは自己紹介をしよう」
「私は賢者の辻聖子(つじ まさこ)気軽にマーちゃんと呼んでくれ」
「マーちゃんですか。私は天使のイブキ···後藤伊吹です。探索者兼動画の配信者をしていました」
「配信者···あぁ、カメラをダンジョンに持ち込んでいた連中の事か。今はそれが一般化していたのか。道理で入口のダンジョンにカメラを持った若い男女が多かったハズだ」
「入口のダンジョン?」
「お墓のダンジョンさ。私が創ったんだ」
「え? ダンジョンって創れる物なのですか?」
「賢者と言われる私ならば創れる。尤も本人の性質に依存するから墓場という悪趣味なダンジョンが出来上がったがね」
マーちゃんに色々と聞いてみると、まずマーちゃんが自称賢者なのは置いておいて、彼女が十年前に死んだ天使病の星持ち探索者なのは合っているらしい。
肉体を捨てることで多層次元断裂事故を意識だけでも残す事に成功し、異空間を彷徨っているうちにこの綺麗なダンジョンに到達したらしい。
「何故肉体を捨てることができたか、それは賢者とは関係無い。天使病の性質だ」
「天使病の性質?」
「恐らく多くの天使病患者は気がついていないが、天使病になると特殊能力が付与される。基礎的な頭のリングが光るとか浮遊できるとかではなくてね。私の場合は解脱。肉体から意識を分離したり悟りを開いたりする事ができる」
「君の場合は···身の回りで急速なレベルアップが無かったかな?」
「ありました」
山田と椎名が例だろう。
「君の能力は才能の底上げか才能の付与だろうね。任意の相手に付与する能力だろう」
「見てわかるのですか?」
「私は肉体を持たないから魂で見ているんだ。だから秘めたる才能とかが手に取るようにわかる」
「なるほど···一つ良いですか?」
「なんだい?」
「賢者についてです。今の常識だと五種類の属性の魔法を扱える者を賢者と言うのですが、マーちゃんの話を聞いていると違う気がしますが」
「そうだね。大きく違う。賢者はダンジョンから次なる神の選別に一定水準に到達した天使の俗称だ。生きていた時に私は神の声を何度も聞いた」
「なんか宗教じみて来ましたね。私そういうの信じてないのですが」
「私は神と言っているが、上位の存在が居るのは確かだ。ダンジョンに魔法という神秘が日常化して麻痺しているが、科学では証明できない物が今の世の中には溢れているだろ? それは神がそう望んだからなんだ」
「なんの為に?」
「さあ? 気まぐれかもしれないし、天罰かもしれないし、人への恵みかもしれない」
「賢者と言う割に知らない事が多いのですね」
「酷い言われようだ。とはいえ君は霊体となった私を認識してこの空間に私が呼んだとはいえ来ることができた。【ヘブン】には条件を満たした者にしか入れない。神に近い何かを君は得ているんだ。他の天使とは違ってね」
「そうなのですか?」
「処女受胎。君の場合はこれだろう」
「へ?」
身に覚えが全く無い。
え? 私···妊んでるの?
「腹部に新たな生命が二つ宿っている。太陰大極図···それは男女の交わりを意味することがある」
「はぁ···?」
「察しが悪いな。男女に分かれた陰と陽を合わせた時に肉体を器として生命が宿る様になっていたのだろうな。受胎のイヤリング···それを恐らく君は使ったのだろう」
なんか身に覚えがあるぞ···二つに分かれたイヤリングを両耳にくっつけることで肉体で再び交わらせる···それが男女の交わりと言われてみれば、性行為を意味しているかもしれない。
「意図せずとはいえ、神話を再現したんだ。それが天使ともなれば神に目をつけられるハズだ」
「いやいやいや、なんですか? 私ができる救世主でも産むと?」
「いやそれは無いだろう。聖母から産まれるのが救世主であって、お前は聖母ではなく天使だ。天使を神とするとお前は意図せずに処女神となったことになる。処女神の子供もまた神だ。だから君から産まれるのはたぶん神だぞ」
「そんなギリシャ神話みたいな事がありますか?」
「現にこの空間に来れてるし、ダンジョンに見出された神の子が宿っているんだ。ギリシャ神話ではなく現代の神話を現在進行系で作っているんだよ」
「ひえ」
「ちょっと熱くなりすぎた。お茶でも飲もうか」
マーちゃんが指を鳴らすとどこからかティーセットが机に置かれ、ポットが独りでに動き出し、お茶が注がれた。
「いただきます」
「どうぞ」
飲んでみるとフルーツティーのようでさっぱりとした味わいであった。
肉体が無いといったマーちゃんも紅茶を口につけ、カップを戻すと無色透明の水になっていた。
「食事を味わうことはできるんだが、栄養を摂取するという意味は無くなっているからね。味だけいただくんだ。私は」
「なるほど」
とりあえず落ち着いたので処女受胎は置いておいて、なぜ私を呼んだのかという理由を聞いた。
「私はずっと後継者を探していたんだけど賢者になってからの十年、死んでからの十年···今日までこれはという人物を見つけられなかったんだ。だから私の技術を引き継げる人物を探していた」
「あ、マーちゃんの意図が理解できました。つまり私を弟子にしたいと」
「Exactly、その通り。次に外界と接続するのが半年後、それまで私に付き合ってもらうぞ」
「まぁ強くなれるんなら良いです。色々と知りたい事ができましたし···対となる悪魔の方々はどうなんですか?」
「悪魔は悪魔で別系統の神話を持っているからね。日本だと悪魔の方が神話に近しいから悪魔ではなく天使が賢者になれることが稀だったんだと思うけどね。生前は私も変人扱いされたし」
「そりゃ自らを賢者といきなり名乗ったら変人ですよ」
とりあえずマーちゃんと打ち解けた後に電波が通じないか試してみたがだめだった。
こりゃ行方不明か死んだ扱いをされるなってこと、大家さんにはスライム燃料でぬか喜びさせてしまったなとか、口座引き落としだから貯金額的に半年なら諸経費を引き落とされても契約が結ばれてるなとか、絶対に視聴者離れるだろうなとか考えた後に、一旦そういう心配事を考えるのをやめて、修業をする事で強くなれると私は思うのであった。
賢者の修行と言ってもやってることは仙人の修業とモンスターを倒すこと、あとはマーちゃんからの座学をひたすらやる感じだった。
まずは魔力の練り方を教えられた。
魔力は体の内から生み出している物と一般的には考えられているが、ダンジョンから空気中に漏れ出る微量の魔力を呼吸を介して吸収し、睡眠を取ることで魔法に使える魔力に変換しているらしい。
そのため呼吸法も同時に鍛錬された。
呼吸法は四-七-八呼吸法(四秒息を吸い、七秒息を止め、八秒で息を吐く)を無意識状態でもできるように心がけ、吸収した魔力や酸素が外に漏れない様に全てを肺で留める様に意識をする。
花畑の上で一番楽な座る姿勢でこれを延々と繰り返す。
空腹や水を体が欲し、意識が朦朧としてくるが不調な箇所をヒールで無理やり治し、魔力を胃に満たすイメージをすることで多少空腹が和らいだ。
絶食絶水状態でも魔力変換で水を作り、胃に満たすことで最低限活動に必要な水分を確保したり、魔力を練ることで健康を維持することに注力すること一週間···瞑想状態で体内の隅々までの魔力の流れを感知できるようになっていた。
マーちゃんから一週間ぶりに食事を渡され、栄養だけを取るように言われ、食事に一瞬口をつける。
マーちゃんがやったように食事から栄養を抜き取るイメージをし、汁を吸うような感覚で栄養を抜いていく。
すると綺麗な色合いだった食事は私の口に触れた瞬間に色素が落ちていき、灰になり、最後は塵になって消えてしまった。
「よろしい。吸うと練るはできたね」
「命がけですよこっちは!」
「じゃないと身につかないだろ?」
「まぁそうですが···」
「吸う、練るができれば放つは自然と威力の調節が可能になる。普通はそれを反復練習で身につけるのが良いとされているけど、この吸う、練るができて初めて放つになる。桁違いだぞ」
そう言われて私は空気を吸って、体内で練ってからライトの魔法を発動させると、今までは拳くらいの大きさの球体だったのが、バスケットボールサイズの大きさまで膨張し、光もいつもよりも強く光っている。
「これを攻撃魔法に置き換えたら強さが想像できるだろ?」
「確かに」
「次は歩み方だ。歩行術を覚えれば長時間歩行しても全く疲れない」
「浮遊とはちがうのですか?」
「浮遊は僅かばかり魔力を消費するが、歩行は魔力を消耗しないからな。最後に物を言うのは足だ」
魔力を血管に乗せて循環するイメージをし、太ももの太い血管で足先まで勢いよく押し出すイメージを繰り返す。
体内で魔力を循環させていれば魔力が漏れ出る事は無く、最小限の消費で長時間の身体の強化が可能になるらしい。
吸うと練るでイメージした臓器に魔力を溜めるのを血管に置き換える。
毛細血管の隅々まで魔力を行き渡らせることで全身を強化していく。
私は足は副産物と捉え、全身に魔力を巡らせると、思考が活性化している感じになり、臓器も心做しかいつもよりも活発に動いているように感じた
「魔力を巡らせることで体内の不調を速やかに治す。活力を与え、長寿にも繋がる」
マーちゃんはそう言う。
これにも一週間をかけて覚え、モンスターを狩ることになった。
【ヘブン】でのモンスターは心を読み取り、その人物が一番嫌がる物を出してくる。
私の場合何が出てくるか考えたが見当がつかなかったが、いざ対峙してみると私···いや、俺が出てきた。
前の人間の体の俺だ。
弱々しく、いつも何かに怯えていた自分自身だ。
私はゆっくりと近づく。
俺はナイフを持って覚悟を決めたのか襲いかかってきた。
ナイフを持った手を右手で掴み、左手で腹部に手を当てる。
「インパクト」
グチャリ
臓物がぐちゃぐちゃになる感覚がした後に俺は塵の様に消えて無くなり、モンスターは俺が今欲している物に変化した。
分厚いステーキをイメージしたら肉汁溢れ出るステーキへと変わり、私は吸うを意識してステーキを食べた。
飲み込む前に全てを吸うと口の中で消えていく。
最後には飴玉サイズの魔石がコロリと口の中に残るのだった。
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