【飯テロ注意】大衆レストラン【魔食】
「ほっほっほっほっ」
自己紹介動画の再生数は翌朝になっても〇のまま。
まぁダンジョン配信者なんてこの世に飽和しており、天使の姿もそこらのバーチャル配信者と同じに捉えられてもおかしくはない。
ランニングをしながら動画の良し悪しを考えながらも、切り替えて今日の予定を考える。
「今日は市役所に性別変更の手続きと警察署に免許更新に行かないと···」
ダンジョンに潜るとしたら夕方くらいになりそうだ。
「近場だとおっちゃんのダンジョンだけどせっかく市街地近くに行くから市街地近くのダンジョン行きてぇなぁ」
ダンジョンによって戦えるモンスターも違うから、ゴブリンやスライムばかり狩っても良いが、強くなるためには万遍無く戦う方がレベルが上がりやすいらしい。
「さてと」
オンボロアパートの前に帰ってきた。
大家さんが入口の清掃をしている。
「大家のおばちゃんお疲れ様です」
「···ああ、後藤さんね。やーね、姿が変わったことで一瞬わからなくなるわ」
パンチパーマの何処にでも居そうなおばちゃんが大家の奥さんで、このアパートに住む住人(といっても俺ともう一人しかここに住んでは居ないが)にとってお袋みたいな存在だ。
たまにお裾分けを貰えるのが本当にありがたい。
大家さん一家は同じ敷地内にある一軒家に住んでおり、旦那さんと息子さんは朝早くから市街地に働きに出ているので八時頃には大家さんの奥さんが入口の掃除をするのが日常である。
「しっかし別嬪さんになったもんだねぇ」
「アハハ、まぁ心は男のままなんで」
「そりゃそうだ。いきなり性別が変わってもそう簡単に受け入れられるものでもないだろうに。困ったことが有ったら言いなさい。できる限り手伝ってあげるからね」
「助かります」
「後藤さんは苦労しながら働いているっていうのに···もう一人ときたら」
「榊原さんですか?」
「家に籠もって何をやっているのかねぇ」
榊原さんは俺よりも前からアパートに住んでいるもう一人の住民だが、あの人は資産家で資産運用をしてそれの利益で暮らしているので働いては無いが、今日もパソコンにかじりついているか趣味のプラモを作っているのだろう。
俺のパソコンの師匠だし、話すと気さくな人なのでおばちゃんと仲があまりよろしくない以外は別に気になるような事はないのだが···
「後で榊原さんの様子を見てきて頂戴、ここ数日で出ていった様子も無いし」
「うっす、わかりました」
私はアパートに戻るついでに榊原さんに挨拶をすることにした。
「榊原さん。居ますか?」
インターホンを押してみるが反応が無い。
まだ寝ているのかもしれない。
「後でまた来ますね」
そう言うとドアから離れようとした瞬間、ドアが開いて
「えっと誰だ?」
と榊原さんが顔を出した。
「後藤です。ダンジョンでミスって天使になりました」
「お、おうそうか。お前が動画をいきなり消したから少し心配したんだぞ」
「あ、すみません」
「しっかし可愛くなったな。ええ?」
「自分でも美少女と思えますよ」
「中身が後藤じゃなければアタックしていたわ」
「なんですか俺じゃ悪いですか」
「いやガワは女でも心が男の奴と付き合いたくはねーよ。お前も嫌だろ」
「ま、まぁ···でも数日籠もって何かしていたんですか?」
「いや推しのダンジョン配信者の子がダンジョンアタック中に死んじゃったからナーバスになってただけだ」
ダンジョンは危険地帯。
幾ら強くても死ぬ時は死んでしまう場所だ。
ニュースで天気予報の次にダンジョン内での今日の死亡者が出るくらい日常的に死者が出ている。
それでもダンジョンに潜るのはそうじゃないと金が足りないからか···名声の為か···
人間の欲に突き動かされている部分だろうと私は思う。
「後藤も気をつけろよ。ダンジョンで死んだら弔われなくてそのままアンデッドになることもあるからな」
「推しの子はどうなんですか?」
「幸いパーティだったから遺体は回収には成功したらしい」
「私の場合はソロなんでマジで気をつけないと遺体が回収されない可能性がありますからね」
「遺体回収専門の業者が居るくらいだからな。マジで気をつけろよ」
「死ぬ気は無いですよ」
「ならば良し」
榊原さんや大家さんのおばちゃんみたいに性別が変わっても普段通り後藤として扱ってくれる存在はとても有難く感じたのだった。
役所で診断書と一緒に性別の変更届を出し、警察署でも免許証の更新を済ませた。
新しい免許証が届くまで数週間かかるが、古い免許証の裏に事故により容姿に大きな変更ありと書かれ当面はそれを使うように言われた。
あと残る更新は探索者証明証だが、これは探索者協会の支部に行かないと変更手続きができない為、また後日予約しなければならない。
「午前に出てきたのにもう十五時だよ。飯食って近場のダンジョンに挑むか」
とりあえず警察署近くの飯屋に入る。
「いらっしゃいませ~」
店員が何名か聞いてきてカウンターに案内される。
酒場の様な雰囲気のあるレストランで、カウンターがあるのが特徴で、ラーメン屋に近い作りだ。
居酒屋風大衆レストラン【魔食】。
全国にチェーン展開していてダンジョンで獲られた食材を提供する変わった店だ。
探索者の中にはダンジョンで取れる食材を食べればレベルが上がりやすくなるというゲン担ぎを信じている者がおり、一定の需要があるのだとか。
勿論料理も普通に美味しいが···
「日替わり定食1つ」
「はい、日替わり一丁」
店の雰囲気を大切にしたいのかタブレットで注文する方式ではなく、チャイムで店員を呼んで、口頭でメニューを伝える方式を採用している。
日替わり定食のメニューが黒板に書かれているが、オーク肉のハンバーグとポテトマンという歩く巨大ジャガイモと、ジャック・オー・ランタンの果肉を使ったパンプキンポタージュにご飯とサラダが付いてくるセットだ。
五、六分待つと日替わり定食が出され、三百グラムの分厚いハンバーグに、ポテトの白とかぼちゃの黄色が合わさって薄黄色になっているスープからも良い匂いがする。
「いただきます」
ナイフでハンバーグを切るとジュワジュワと肉汁が溢れ出す。
ハンバーグをフォークで刺し、ご飯にバウンドさせて一口。
「うん、美味い」
オークの肉は筋張っているがミンチにし、豚肉とブレンドすることで美味くなると聞いたことがある。
オークのハンバーグと言うが、百パーセントのオーク肉より七対三で豚肉を三混ぜたほうが良いらしい。
素人がやったらこう上手くはいかない。
続いてスープをスプーンで掬って一口。
濃厚なポテトとかぼちゃの甘みが効いたスープで口の中の油をリセットしてくれる。
ご飯よりもパンの方が合いそうだが、それは人それぞれだろうか。
ダンジョンで取れる食材を食べる文化が根付いているのはアジアだけらしい。
日本ではダンジョンで取れる様々な食材のお陰で食料自給率が八十パーセントまで回復したと政府が発表しているし、スーパーでもダンジョン産の食材が売っていたりする。
オーク肉みたいなのは売ってないが、うちの地域だとゴブリンの睾丸が滋養強壮料理の素材として普通に売られていたりする。
揚げるもよし、茹でるのも良し、カレーの具材にするも良しのご飯に合う万能食材として認識している。
海外だと宗教的理由や文化的理由で避けられているらしいが、中国なんかはダンジョンから取れる食材のお陰で十三億の人口を支えることができるようになっていたりする。
まぁダンジョンのお陰で戦争をする余力が無くなり、ダンジョン利益という内需が発生し、そこに国力を費やしたことで各国は成長している事から、ダンジョンは神からの贈り物と考える人も居るんだとか。
「ご馳走様でした」
ペロッと残さず食べ終えて会計に向かう。
「お会計千円になります」
「はいよ」
量の割に安い。
庶民の味方の【魔食】に感謝し、私は店を出てダンジョンに向かって車を動かすのだった。
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