【短編】箱入り娘【3,000字以内】

石矢天

箱入り娘


 世には様々な嗜好品がございますが、『甘い食べ物』は千年以上も昔から多くの人に求められてきました。

 しかし、甘味というものは人の心と体を癒す反面、摂りすぎれば体にとって毒でもあります。


 肥満、糖尿病、虫歯、動脈硬化に骨粗しょう症まで。

 甘いものを好めば好むほど、心配されて周りからは止められてしまうのはいつの時代も同じ。


 ある地を治める代官も、それはそれは甘いものに目がなく、日に五回は甘味を食べなければ気が収まらないというほどでした。しかし、ある日ついに病に倒れた代官は奥方様に甘味を止められてしまいました。


 三日、五日、七日。

 こんなにも甘味を食べずにいたのは何年ぶりか。


「もう無理じゃ! すぐに甘いものを寄越せ!!」


 代官は大いに騒ぎますが、彼の身を案じる奥方様の指示によって、屋敷へと持ち込まれる荷物を厳しく調べるための番屋が建てられました。


 番屋では全ての荷が解かれ、中身が検査されてしまう。

 これではコッソリと甘味を届けさせることもできません。


 これに困ったのは代官だけではありません。

 これまで代官に甘味を届けていた菓子屋の主人も頭を抱えておりました。


「困った、困った。これでは店が潰れてしまう」


 そもそも菓子というものは嗜好品でございます。

 庶民はたまの贅沢に買うくらいで、一部のお金持ちによって支えられておりました。そんな中で大得意先である代官が一切買ってくれない、となってしまっては一大事。困り果てた菓子屋は庄屋さんに泣きつきました。


「なるほど、なるほど。それは困ったことだ。いきなり甘味断ちとはなあ」


 庄屋さんは親身になって話を聞いてくれました。

 何より代官本人は甘味を欲しているのです。


「過ぎたるは猶及ばざるが如し。ちょっとだけ、ということであれば持ち込む方法をお教えしよう」


 庄屋さんは菓子屋にコッソリと耳打ちします。


「ふんふん、ほほほおお。なるほど、そんな手が!」


 みるみるうちに紅潮していく菓子屋の顔。

 そこに襖の向こう側から「もし」と透き通るような声がしました。


「ん。入んなさい」


 襖の向こうから現れたのは年頃の娘さん。

 しずしずと頭を下げます。


「庄屋さん、この娘さんは?」

「おっと、会うのは初めてだったかね。うちの娘だよ」


 菓子屋は驚きました。

 庄屋さんにこんな大きな娘さんがいるなんて知らなかったからです。


 ここはそんなに大きな街ではありません。

 こんなに若く美しく、しかも庄屋さんの娘さんともなれば噂になるものです。


「へええぇぇ。知りませんでした」

「いやあ、恥ずかしいねえ。大切に大切に育てていたら、ほとんど家から出すこともなくてね。箱入り娘ってやつさ」

「はああぁぁぁ。箱入りですか」


 なんとなく相槌を打っていると、娘さんがおずおずと口を開きます。


「お父様。お客様がいらっしゃいました」

「おっと、もうそんな時間かい」


 どうやら来客の予定があったらしい庄屋さんに追い出されるように、菓子屋は庄屋さんの屋敷を後にしました。


 その後、代官と文で連絡を交わした菓子屋は、菓子を持っていく約束をすると、大きな箱を持って代官の元を訪れました。

 そして当然、番屋で役人に止められます。


「何者だ?」

「へえ、箱屋でございます」

「箱屋だあ? 聞いたことないぞ。何の用だ?」

「代官様に呼ばれまして、箱を持って参りました」

「箱だと? ふむ。開けても良いか?」

「もちろんでございます」


 役人が大きな箱を開けると、そこには少し小さな箱が入っていました。


「これも開けるぞ」

「へい」


 二つ目の箱の中には三つ目の箱。


「また箱か。これも開けるぞ」

「へい」


 三つ目の箱の中には四つ目の箱。


「ええい! 開けるぞ」

「へい」

「これも!」

「へい」

「これもじゃ!!」

「へい」


 四つ、五つ、六つ、七つ。

 箱を二十も開けたところで、ついに箱の中身が無くなった。


「何も入っておらん。なんじゃ、これは」

「ですから、箱でございます」

「そうか。そうじゃったな。うむ、行け」


 こうして菓子屋は、無事に代官の元へとたどり着きました。


「よう来た、よう来た」


 相好を崩す代官でしたが、箱の中身を見てガッカリします。


「なんじゃ、なんじゃ。空っぽではないか。甘味はどこじゃ?」

「へえ、ここに」


 菓子屋は一番外の大きな箱から全ての箱を取り出すと、二重底を開けます。

 そこにはびっしりと詰まったお饅頭が二十個。


「おおおおほっほっほっほ!!」


 代官は大喜び。菓子屋は大層な褒美を貰って帰りました。



 しかし、それからしばらくして。

 菓子屋はもっと褒美が欲しくなりました。


 お饅頭二十個であんなに褒美を貰えたのだから、もっとたくさん、珍しい甘味を詰めて持っていけば、きっとたくさんの褒美を貰えるに違いない。


 菓子屋は珍しいお菓子をたくさん集めました。

 南蛮からの輸入品にも手を出しました。


「お父ちゃん! それなあに?」

「これは南蛮の菓子、カステイラとコンフェイトだ」

「なにそれ!? あたしも食べたい!!」

「ダメだ、ダメだ。これは代官様に持っていく大切な商品だ。触るんじゃないぞ」


 菓子屋が前回と同じようにお菓子を箱に詰めていると、そこを娘に見つかってしまいました。まだ五歳だというのに、菓子屋の娘らしく、菓子に目がないのです。


「ヤダヤダヤダ! あたしも食べたい! たーべーたーい!!」


 ごねて騒ぐ娘を見て、菓子屋は深いため息をつきます。


「いい加減に聞き分けなさい!」


 庄屋さんの娘とは全く違う、自分の娘の大暴れっぷりに頭が痛くなりました。



「ん、重い。ちょっと菓子を欲張りすぎたか」


 後日、大きな箱を携えて代官の元を訪れます。同じ手を使って番屋を通過した菓子屋は再び代官の前へ。


「本日はすごいものをお持ちしました」

「なんとっ!! それは楽しみじゃ!!」


 ニコニコ顔の代官の前で、菓子屋が箱の二重底を開けると……そこには散らかった菓子のゴミと気持ちよさそうに眠るわが娘。菓子屋は目を疑いました。


「なんじゃ……これは?」


 混乱した菓子屋は平伏して言いました。


「ははっ。我が家の箱入り娘にございます」



      【了】

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