(KAC20243作品)箱の魔人

猫寝

不思議な箱で手に入れたもの。

「これは、中に入れたものを1ランク上の品物にレベルアップしてくれる箱だ」

 箱の中から出てきた箱の魔人が言うには、そういうことらしい。

「そんな魔法のアイテムみたいなものがあるのかい?」

「あるさ、疑うのなら試してみたらいい」

 僕は疑い深い性格なので、どうにも信じられない。

「そもそもそんな素晴らしいアイテムなら、どうしてゴミ捨て場に捨ててあったんだ?」

 そう、僕はこの箱をゴミ捨て場から拾ってきた。

 見た目的に奇麗だったし、小物入れにちょうどいいかなぁと貧乏根性丸出しで拾ってきただけなので、「ごみとして潰されるところを救ってくれたから、お礼としてこの箱を自由に使っていいよ」といきなり箱から出てきた謎の存在に言われたとて、ラッキー!とはならない。

「そこはまあいろいろあったのさ。居るだろう?物の価値がわからない人間というのはさ。ただの箱だと思って捨てられたのさ。開いてもくれなかったから、私が出て説明も出来なかったよ」

 ……信じるかどうかはともかくしては、あり得ないと断言出来るほどの話でもない。

「まあともかく試してみてくれよ。悪いことにはならないはずだぞ?」

 確かに、このまま箱とにらめっこしていても話は進まない。

 とりあえず要らないもので試してみるか。

「……一応聞いておくけど、回数制限とか無いよね?」

「ないよ」

 こういうのは結構回数制限があって、試しでしょうもないことに使ってしまって後悔するものだが、無いとは有り難い。

 ……とは言え、回数制限がないというのは逆に言うと、いくら使っても問題ない程度の変化しか起きないのでは?という疑惑も残る。

 まあその辺りも含めて、やってみるか。

 辺りを見回すと、鉛筆が一本見える。

 初手としては手頃なアイテムだろう。

 僕は恐る恐る箱の中にアイテムを投げ入れ、念のために距離を離す。

 箱は特に爆発するようなことも無く、一度蓋が締まると、ピカッと一瞬光を放った。

「さあ、今ので一段階レベルアップしたよ。見てごらん」

 警戒しつつ近づき、ビックリ箱みたいに何かが飛び出してきてもいいように体を離しつつ蓋を跳ねるように開ける。

 中には―――――一本のシャープペンシルが入っていた。

 ……これが、レベルアップ……?

「どうだい?凄いだろう!鉛筆がシャーペンになったぞ!これは間違いなくレベルアップだ!」

 自慢げに胸を張り、どや顔を見せつけて来る箱の魔人だが……僕には疑問が残る。

「これ、レベルアップかい?」

「どうしてだい?鉛筆がシャーペンになったんだよ!便利なアイテムに変わったじゃないか」

「いや……鉛筆とシャーペンは用途が違うだけで、どっちが上とか下とかないよ。確かにシャーペンは「便利」という一点においては上だけど、鉛筆は絵を描くときに使ったりするし、書き心地の柔らかさとか、線の太さの幅が自由に出来たりとか、子供の頃とかは削るのもそれはそれで楽しかったし、シャーペンが1ランク上かと言われると違うんじゃないの?」

「―――――そんな理詰めで来られても困るな……なんとなく雰囲気で良いじゃん?」

 僕の疑問に明確な回答は返してくれない箱の魔人。

 うーん……ちょっといろいろ試して法則を探るしかないな。

 再び辺りを見回すと、音楽を聴くときに使うイヤホンがあった。

 100均で買ったやつだから音は良くないけど、予備として持っておくには悪くないやつだ。

 それを、ポイっと入れてみる。

 ……ヘッドホンが出て来た。

「いやこれは解釈違いだな!!」

「ええ!?な、なんでだい!?」

「イヤホンとヘッドホンは別でしょうよ!世間的にはヘッドホンの方が音が良いみたいなイメージは確かにあるけど、こちとら100均で買ってる時点で音質よりも使い勝手重視なんだから! 外に出かける時にヘッドホンはファッションアイテムとして強すぎて使いづらいよ!」

 なんかズレてるなこの箱……。

 それから、消しゴムを入れては修正液が出て来たり、ハンカチを入れたらタオルが出て来たリ、スマホを入れたらノートパソコンが出て来たりした。

「いやー……違うなぁ、これ違うよ魔人」

「ええー、そうかい?おかしいなぁ……」

 どうも魔人の価値観としてはこれが1ランク上にレベルアップで正しいらしいが、全然納得がいかない。

「じゃあ、これ入れてみるか」

 ある意味最終手段、お金を入れてみる。

 10円玉を入れると―――――50円玉になった。

「どうだい?これはちゃんとレベルアップしただろ?」

 魔人が賛同を求めて来るが、果たしてそうだろうか。

「確かに金額は上がったけど……これをレベルアップと言われてもなぁ……まあでも、これを繰り返せば最終的には1万円になるとかだったらまあ……」

「あっ、それはダメだよ。一度レベルアップしたアイテムはもう一度レベルアップできない。それだけは明確なルールなんだ」

 それはまあ、なるほど納得は出来る。

 そうじゃなかったら石ころを何回も入れたらダイヤモンドになるみたいな錬金術が出来てしまうものな。

 けどそうなると、やっぱりイマイチ使い勝手が悪いな……このタイプのワンランクアップって、別に頑張れば買えるもんな……。

 元々高価なものを入れれば、それがさらに高価なものになるのかもしれないけど……ゴミ捨て場から箱を拾ってくる人間の家だぞ。推して知るべしだ。

 それに、値段が高ければいいというものでもない。

 家電や家具、電化製品にしても、安くても自分の用途に合った使いやすさがあったりするし、服とかも好きな色や形もある、投資目的に芸術品とか入れるにしても、売るときは買値より落ちるのが当たり前なので、この「1ランクアップ」が手間に見合うだけの利益を生み出せるか怪しいものだ。

「結論を言おう、要らない。また捨てよう」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよそりゃないよ!!そうだ、とっておきの情報があるんだ!」

「とっておき?」

「そうさ、実はその箱に人間を入れると……魔人になるんだ!私みたいにね!」

「――――それこそ、レベルアップなの?」

「もちろん!魔人は不老不死だし、力も強いし、少しなら魔法も使えるんだ!凄いだろう!?君も魔人にならないか?」

 それを聞いた途端、僕の頭に一つの考えが浮かび、おもむろに箱を閉じてみた。

「うわっ、待って待って!開けて!開けてよ!」

 魔人は箱の中に閉じ込められて、出てこられない様子。

 何か別の物を入れて閉じたらレベルアップに使えるけど、何も入れずに閉めるとそれは魔人を閉じ込める箱になる……と。

 なるほどね、そもそも自由に出入り出来たら捨てられることも無かったし、拾われるのを待つことも無かったはず……ということは自由に出入りできないのでは?という推理は的中したようだ。

「開けて欲しいかい?」

「開けてよーお願いだよー不老不死とはいえ箱が壊れたら出られなくなるし、永遠にこんな箱の中はいやだよー」

「そうだねぇ、じゃあ……条件があるのだけど―――――」


 それから、魔人は僕の家で家事手伝いなどをしながら生活している。

 掃除洗濯連絡事項に細かい雑務。まるで執事か秘書のようだ。

 逆らうようなら箱を閉じたり、そのまま捨てると脅せば向こうはいう事を聞く以外の選択肢がない。

 もちろん、反逆されないようにちゃんと休みは与えてるし感謝の気持ちも伝えてるし、時にはお小遣いも上げている。

 使役したつもりが殺される、なんてベタな落ちにならないようにしっかり警戒することも忘れない。

 僕はそういう人間だからね。



 結局、全ての物は意味と価値があってそこに存在しているのであって、どっちのランクが上だとかそんなことは実に意味のないくだらない話だという事がよくわかるな、というのが、この出来事で得た教訓だ。


 1ランク上の存在になったはずの魔人が、人間に使われる立場になってしまったと考えると……実に皮肉な話だと思わないかい?

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